第14話 メイド喫茶事変
「──お待たせしましたご主人様、お嬢様」
プレートに料理を乗せてやって来た琴音が、新太の前にオムライス、詩葉の前にミートソーススパゲティを置く。
素晴らしいことに、スパゲティの上に乗っているミートソースは大きなハート形になっており、オムライスは…………
「おい、琴音。このケチャップの文字は何だ……? 流石に大好きハートマークは来ないと思っていたが、これは想像の斜め上だな……」
自信の前に置かれたオムライスに視線を落とした新太は微苦笑を湛えながらそう尋ねる。
すると、運んで来た当人──間違いなくケチャップ文字を書いた当人──は澄ました顔で…………
「あら、ご主人様はカタカナすら読めなくなってしまわれたのですか?」
「ちげぇーよ、読めるから聞いてんだろ!? 何だよ『バーカ』って!? お前、本当に俺がご主人様だったらすんごいお仕置き下ってるからな!?」
「そ、そういうこと言うから『バーカ』って書いたのよ! ほら、さっさと食べてとっとと帰りなさい!」
そう言い捨てて琴音は踵を返し、別のテーブルへと注文を取りに行ってしまう。
「とんだ不良メイドだ……なぁ、詩葉?」
「そうですか? 実に的を射たケチャップ文字だと思います」
先程からご機嫌斜めな詩葉が澄ました顔で答える。
「あ、あのぉ……何で怒ってらっしゃるので……?」
「知りません! というか、それがわからないから新太君は怒られてるんです!」
「えぇ……」
詩葉が焼き餅を妬いているなどこれっぽっちも思っていない新太は、いくら考えても詩葉を怒らせた理由がわからずにいた。
そんな視線の先で、ただでさえ大食いの詩葉は、やけ食いだと言わんばかりの速度でスパゲティーを口に運んでいく。それでも行儀良く食べられているのは流石と言ったところか。
そんなとき────
おぉぉ……と突然店内がざわめき始めた。
新太と詩葉もどうしたんだろうとざわつくみんなの視線の先を見てみれば、ある一つのテーブルに辿り着く。
黄色いネクタイの色から高三だとわかる、三人の男子生徒のテーブルで注文を取っているのは琴音だ。
その表情はあり得ないものでも見たかのように固まっていた。
「いや、だーかーらー。この『メイド全力ご奉仕オムライス』だって~」
そう注文したのは、三人の内の一人──明るく染められた髪の毛に、首にはシルバーのネックレス。
ヤンキーとまではいかないが、素行不良なのはすぐにわかる。
「あ……は、はいっ! かしこまりました!」
そんな会話を聞いた新太と詩葉。
「ま、マジかっ……あの一万円のメニュー注文するのか……ッ!?」
「わ、私……あのメニューはてっきりネタだとばかり……」
新太とすっかり怒りの感情を忘れた詩葉は、目をパチクリさせながら顔を合わせる。
そして、やはり気になるのは…………
「そ、それで……誰を指名しますか……?」
琴音が若干ひきつった笑顔で尋ねる。
すると、注文した男子が「うぅん……」と店内を見渡し、メイドの容姿を確認していく。
「んじゃ、君で」
「えっ……」
「ん~? どうしたのかな可愛いメイドちゃん? まさかご主人様にご奉仕出来ないとぉ?」
「い、いえ……そんなことはないですよ? あはは……で、では料理が出来上がるまでお待ちくだ──」
「──おっと、どこに行くんだい?」
調理スペースに下がろうとしていた琴音の腕を、その男子が掴む。
「一万円も払うんだ。料理が来るまでもご奉仕してもらおうかなぁ?」
「えっと……それはちょっと……」
「え、何!? 出来ないの!? 一万円も払ったのに~!?」
尻込みする琴音に対し、男子はおどけるように両手を広げ、騒ぎ立てる。
琴音はしばらく困ったように黙り込むが、確かに代金を払って相応の対価が返ってこないのは理不尽だ。何より、騒ぎを起こしてほしくない…………
「か、かしこまりましたご主人様! では、この琴音がご奉仕させていただきます!」
「ウンウン、それで良いよ~? んじゃ、ここ座って?」
「はい……」
仕方ないとばかりに──しかし、その感情は表情に出すことなく、男子の隣の席に腰を下ろす琴音。
そんな光景をジッと見ていた、ほとんどの生徒であったが、そのチャラい男子の連れの生徒が「見るな」と無言の圧を掛けたため、皆視線を外す。
しかし、新太と詩葉はそんな状況下でも横目で盗み見ており…………
「お、お姉ちゃん……」
「ありゃ、大変だなぁ……ってか、何かムカつく……」
別に新太は今、琴音と付き合ってるわけではない。しかし、元カノが別の男子の傍にいるというのはモヤモヤするものがある。
そして、そんな新太の気持ちなど知るよしもないチャラい男子生徒は────
「ねぇ、君。日比谷琴音ちゃんでしょ? 噂通り可愛いねぇ~?」
「──きゃ!? ちょ、どこ触ってるんですか!?」
男子はの右手が、隣に座る琴音の太股に置かれている。
流石にこれはサービス外だと、琴音はその手を掴もうとするが、そのとき男子が琴音にそっと耳打ちした。
何を言われたのか、琴音は悔しそうに下唇を噛み、男子生徒の手を離す。
ニヤリと笑みを浮かべた男子は、琴音が抵抗しないことを良いことに、スカートの裾をゆっくりゆっくりと目繰り上げていきつつ、その中へ手を滑り込ませていく。
肩をプルプルとさせ、ギュッと瞑った瞳の端にうっすらと涙を浮かべて我慢する琴音。
一体どこまで触る気なのか、どんどん男子の手が琴音の太股を這うように滑り込んで────
「──すみませんね、先輩?」
その手を、いつの間にかやって来ていた新太が掴んで持ち上げた。
「ここはそういう店じゃないんで、メイドへのお触りは禁止となっておりま~す」
「はぁ? 何だお前?」
新太に掴まれた腕を振りほどいた生徒が立ち上がる。
背丈は新太より頭一つ分ほど高く、そのチャラついた雰囲気も相まって、見下ろされるとそれなりの威圧感がある。
「あ、新太……?」
「ったく、我慢なんかするなよな」
「ちょ──ッ!?」
新太は琴音の腕を引き、立ち上がらせると、自身の背に隠す。
「悪いけど先輩。コイツは今俺の専属メイドなんで、取らないでくれますかね?」
そう言って新太が親指で差した自分の席には、オムライスが乗っている。
普通のオムライスも『メイド全力ご奉仕オムライス』も見た目は同じ。ただメイドのサービスがあるかどうか。
男子は一度舌打ちし、新太を忌々しそうに睨み付ける。
しかし、新太は一切物怖じすることなく、淡々と告げる。
「ここの会計は後払い。先輩のは俺が払っときますから、どうぞ気兼ねなくご退出を。それとも、先生に報告とかしておいた方が良いですかね? 『受験を控えたスケベな男子生徒がメイドに手を出しました~』って」
「……っ!?」
しばらく両者の間に緊張感漂う沈黙が流れるが、男子生徒は連れの二人に「帰るぞ……」と言ってからこの場を後にする。
そして────
「はぁ……怖かったぁ……」
新太は大きく息を吐きながら胸を撫で下ろす。
すると、そんな背中に隠れていた琴音が、キュッと新太の制服の裾を摘まむ。
「本当に……バカ……!」
「あはは……俺もそう思う……」
赤らんだ頬をした琴音が、上目遣いで新太を睨む。
新太自身も、あんなチャラい先輩に突っ掛かっていくのは危険だったなと反省しながら、曖昧に笑う。
「でも……ありがと……」
「お、おう……」
恥じらうように視線を斜め下に逃がした琴音。
そんな姿に少しドキッとしてしまった新太は、頬を指で掻く。
すると、琴音が新太の手を掴んで引っ張っていく。
「ちょちょちょ……!? どうした琴音?」
「私は貴方の専属メイドなんでしょ……? 早くご奉仕させなさいよ……」
(そ、そうでしたぁ……)
新太は、あとできちんと一万円支払わないとなと肩を落としながら、琴音に手を引かれるまま席へ戻っていくのだった────
 




