第13話 文化祭
────何てことのない、いつも通りの日常が過ぎていき、早くも一週間が経過していた。
そして、ついにこの日がやって来たのだ。
高校の二大イベントの一つ──『文化祭』。
クラスの展示、体育館での舞台公演……と、一時学生の本分を忘れ去り、ひたすらに楽しむことの出来る時間だ。
そして、もちろん新太も心の底から楽しんでいるわけで…………
「グェァアアアアア──ッ!!」
「きゃぁあああッ!?」
「うぉわぁあああッ!?」
一寸先がおぼろげに見える程度の暗い教室は、段ボールの壁で入り組んだ迷路と化しており、その角から顔面にグロテスクなペイントをし、ボロボロの衣装を着込んだ新太が、飛び出して来場者を脅かす。
そう。ここはお化け屋敷────
意味不明な心理で恐怖を求める物好きな人間が、その欲求を満たすために訪れる場所であり、カップルの王道デートコースである。
今新太がやけに気合を入れて脅かしたのは、腕を組んだカップルだった。
所詮学生のやるお化け屋敷──そう侮った、彼氏はここまで怯える彼女の隣で悠然としていただろう。
しかし、新太はそれを許さなかった。
新太の迫真のゾンビ演技に、彼氏の済ました面は崩壊し、彼女と一緒に駆け出していった。
そんな二人の背を見て、うっすらと笑みを浮かべた新太。
「フッ……リア充よ、爆発しろ……」
────完全な私情であった。
そして、ポケットに入れていたトランシーバーで、先に待機するオバケ──仲の良い二人の男子友達──に、連絡する。
「こちら《デス・ゾンビ》。《ボーン・ゴーレム》《ブラッド・リッチー》応答せよ」
『どうした《デス・ゾンビ》』
と、《ブラッド・リッチー》の声がトランシーバー越しに聞こえる。
「そっちにリア充接近中……プラン『ハートブレイカー』で頼む」
『な、何っ……本当にやるんだな……?』
「当たり前だろ? それとも《ボーン・ゴーレム》貴様……怖じ気づいたのか?」
『そ、そんなわけないだろ!? これは、そう……死してなお残った最期の情けってやつだよ……』
「安心しろ、情けは要らない。相手はリア充だ!」
『『了解ッ!』』
覚悟の決まった二人の返事を聞いた《デス・ゾンビ》──もとい新太は、トランシーバーを切りポケットに仕舞い込むと、髪を掻き上げ、ニヒルに笑う。
「……お化け屋敷をデートプランに組み込んだ愚か者どもよ。思い通りにいくと考えないことだな……ククク……」
そんな不気味なゾンビの笑い声が、暗い部屋に怪しく響くのだった────
□■□■□■
「さてと……交代時間まで良く頑張った、俺」
完全にメイクを落とし、制服に着直した新太は、なぜか胸の中に虚しさを覚えながら、そう呟く。
そして、ポケットからスマホを取り出すとリメを開き……
『新太君! でっかいイチョウの木の近くで待っています!』
という、詩葉からのメッセージを確認する。
新太は今日、詩葉とこの文化祭を回る約束をしていたのだ。
現在不登校の詩葉が別の学校とはいえ、果たして来ることに抵抗はないのだろうかと心配していた新太であるが、詩葉が「新太となら大丈夫」と言ったのだ。
だが、一人で長時間いさせるのは良くないと思い、新太は小走りに目的地へ向かう。
そして────
「あ、新太君! こっちですよ~!」
丸いキャスケット帽子に赤いフレームの伊達眼鏡──初めて出掛けに行ったとき以来のその変装をした詩葉が、駆けてきた新太に可愛らしく手を振る。
「悪い、待たせたな」
「いえいえ、全然。もうこのイチョウさんと一緒に風景に溶け込んでいたので、誰にも怪しまれることなかったです!」
「そりゃ、将来スパイか暗殺者として期待が持てるな」
「そりゃもちろん天才ですから……って、なりませんよッ!」
そんな他愛のないボケとツッコミを終え、二人は並んで歩く。
校舎へと続いていく道の両サイドには、色んなクラスの屋台が出ている。
ソースの香り、ソースの香り、ソースの香り…………
「いや、屋台被ってんじゃん……」
「でも、どれも美味しそうですよ?」
「んじゃ、あとで食べるか?」
「そうですね! 新太君には私が食べさせて上げます!」
「いや……俺はまだ介護を必要とするおじいちゃんじゃないからな?」
「そ、そうではなくてですね……」
詩葉は小声で「何でわからないかなぁ……」と溢しながら、ため息を溢す。
新太はそんな詩葉の様子に、首を傾げていた。
「ところで、最初にどこへ行きましょうか?」
「ふっふっふ、それならもう決めてある──」
詩葉がパンフレットを手に新太に尋ねると、新太はニヤリと笑って────
「──ここだッ!」
「……なんとなく、わかっていました」
と、詩葉に呆れたようなジト目を向けられる新太が入ったのは、新太の隣のクラスの出し物──『メイド喫茶』だ。
そして、ここは琴音が在籍するクラス。
つまり、ただのメイド喫茶ではなく、琴音がメイドを務めるメイド喫茶なのだ。
既に恋人関係ではないとはいえ、そうそう見られるものではない琴音のメイド姿を、新太が見逃すはずないのだ。
店内を見渡せば、ほぼ満席。
もう少し新太と詩葉が来るのが遅ければ、恐らく廊下に行列が出来ていただろう。
「お帰りなさいませご主人さ──って、新太ッ!? それに詩葉もッ!?」
と、都合の良いことに二人の接客にあたったのは琴音だった。
頭にはカチューシャ。黒いドレスの上から可愛らしいフリルの付いた白エプロン。スカートはやや短めで、ハイソックスとの間に絶体領域なるものが展開されている。
「よ、琴音。そして、これは想像以上……」
「じ、ジロジロ見ないのッ!」
新太がニヤつきを隠すため手で口許を覆いながら、琴音のメイド姿を凝視する。
しかし、そんな琴音の姿には詩葉もビックリしているようで…………
「お、お姉ちゃん……だだだ大胆……!」
「詩葉までー!」
「ほらほら、早く席に案内したまえ?」
「くっ……!」
新太が偉そうにふんぞり返って微笑を浮かべ、メイドである琴音に指示を出す。
琴音は羞恥と屈辱から顔を真っ赤にしつつも、メイドとしての本分をわきまえる。
「か、かしこまりましたご主人様っ……こちらへどうぞぉ……!」
「うむ」
「あ、新太君……」
完璧に『ご主人様』になりきっている新太に、詩葉は苦笑いを禁じ得なかった。
そして、席に案内された新太と詩葉は向かい合うように着席し、メニュー表を開く。
「ご、ご注文は何にいたしましょうかご主人様、お嬢様?」
「お、だいぶ板についてるな、琴音?」
「う、うるさいわね! さっさと選んでちょうだい!」
「はははっ! 悪い悪い」
固く握り締められた拳で肩をグリグリされる新太は、さして悪びれる様子もなくメニューを見る。
すると…………
「見てください新太君! このメニュー表の最後のところにある『メイド全力ご奉仕オムライス』の値段!」
「ん……って、一万円ッ!?」
思わず新太の声がひっくり返る。
文化祭の出し物で一万円の値段を付けるとは何事だと思った新太は、一体どういうメニューなのか説明文に目を通す。
「指定するメイド一人がつきっきりでご主人様(お嬢様)のお世話……な、何じゃこりゃ……!?」
「ば、バカ見るなッ!」
バァン! とそのメニューを隠すように手を勢い良く振り下ろしてきた琴音の顔は真っ赤だ。
「お、お姉ちゃん……これは具体的に何をしてもらえるんですか……?」
「そ、それは……」
一万円の値を付けたからには、それ相応のサービスがあるはずだ──詩葉は戦々恐々としながら琴音に尋ねる。
琴音はしばらく口ごもっていたが、店員として流石に説明しないわけにはいかないので、小声で答える。
「た、例えば……お酌をしたり、あ、あーんしたり……ううぅ……!」
そんな説明を受けて、詩葉までも恥ずかしさが伝染し、火を吹きそうな勢いで顔を赤らめていく。
「なるほどわかった。んじゃ──ンモッ!?」
「──これはダメぇ~!!」
新太を黙らせるために、琴音がその口を手で押さえる。
「まがまが! おーまんまっめ!(バカバカ! 冗談だって!)」
と、こもった言葉と身振り手振りで何とか意思を伝えた新太。
それをかろうじて聞き取れた琴音はジト目を向けて「ホントでしょうね……?」と確認する。
「じゃ、この普通のオムライスで……」
「わ、私はミートソーススパゲティで!」
二人の注文を書き込み、琴音は心を落ち着かせるためか、それともため息か……一度息を吐くと、ニコッと可愛らしい笑顔を作る。
「かしこまりましたっ! では、お待ちください!」
そう言って、黒板側に設置された調理場へ去っていく琴音。
そんな琴音の背中を呆然と眺めている新太。
(特に、あれから何ともないけど……大丈夫か……?)
そう新太が思い返すのは、一週間前に詩葉が熱を出したときの帰り際に琴音が見せた涙。
琴音は新太との“別れ”を選ぶことが最善だったと頭では理解出来ていても、心の奥底では溜め込んでいる何かがある──そして、そのことは新太もわかっているわけで、こうして心配してるのだが…………
「むぅ! 新太君!」
「は、はいっ!?」
「……知りませんッ!」
「な、何が……?」
新太が琴音のメイド姿に見惚れてるのだと受け取った詩葉は、不満げに頬を膨らませて、プイッとそっぽを向いてしまった。
新太は一体どうしたんだと戸惑いながら、頭を掻くのだった────
お待たせしました!
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