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第11話 今日は看病係


 キーンコーンカーンコーン……と、学校の終わりを告げるチャイムの音がスピーカーから響き渡る。

 そして、ほぼ同時────


 ガタンッ! と、突然椅子を跳ね除けるように立ち上がった新太は、鞄を手に持つと一気に教室の扉に向かって駆け出す。


「ちょ、おい新太ぁ~! 英語の宿題どっからどこまでか聞きたかったんだけど~!?」


 新太の友達の男子が急ぐ新太の背中にそう声を掛ける。

 すると、新太は教室の横開きの扉を開けながら────


「ワーク全部終わらせればオッケー。じゃ、俺急いでるから!」


「お、おい適当すぎるだろ……って、何であんなに急いでんだ……?」


「さぁ……?」


 男子友達二人が顔を見合わせて頭上にはてなマークを浮かべるのだった。



 □■□■□■



 バタァン!


「おい詩葉熱は大丈夫かッ!?」


「きゃぁ!?」


 ノックもせずに急に開いた扉。そして、そこから突然現れた新太に、ベッドで寝ていた詩葉は何事かと目を丸くして布団で顔半分を隠す。

 しかし、新太の顔を見て、安心したように息を吐く。


「もう……せめてノックはしてくださいよ……」


「あ、悪い……で、熱は?」


「……あんまり悪いって思ってないですよね?」


 詩葉は呆れたようにジト目を向けながらそう尋ねるが、新太はそんなことよりも詩葉の具合が気になるらしく、椅子を持ってきて詩葉のベッドの傍に座る。


「どれどれ……」


 新太は片手を伸ばし、詩葉の額に当てる。そして、もう片手で自分の額の温度と比べる。


「むぅ……子供扱いされてる気がします」


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ~? それに、子供だろうが大人だろうが病人は病人。俺は今、病人扱いをしています」


 新太の言い訳に納得していないように、詩葉は不満げに頬を膨らますが、どうにも意識が曖昧でいつものように勢いよく反論出来ない。


「というか新太君、学校から走ってきたんですか? こんな季節に汗なんかかいちゃってますよ?」


「い、いや……そこまで急いでたわけでもないけど……?」


 新太は少し気恥ずかしそうにそっぽを向いて頬を指で掻く。


 そして、詩葉はそんな新太の言葉が嘘だとすぐにわかった。

 新太がわかりやすいというのと、演技という点ではプロである詩葉の洞察力のお陰……いや、違う。

 部屋に入ってきたときの新太の様子を見たからだ。


 詩葉は、迷惑を掛けて申し訳ないと感じながらも、新太が自分の心配をしてくれているのが嬉しくてたまらなかった。


「って、そんなことより何度だ? 測ったか?」


「いえ、測ってませんよ? たいしたことないですし……」


「ダメだぞ、ちゃんと測らないと……体温計どこだ?」


 新太は詩葉から体温計の場所を教えてもらい、取り出す。


「起き上がれるか?」


「はい……」


 体温計を受け取った詩葉。

 ベッドの上で上体を起こし、パジャマの前ボタンを上から二つほど外して脇に挟む────


「……ッ!?」


 新太は目のやり場に困った。

 ボタンの外された胸元から、日焼けを知らぬ白い素肌が晒されている。パジャマの下には肌着を付けていないらしく、まだ成長途中の双丘がチラリと窺える。


(ったく……熱でそういうことまで意識がいってないのか……)


 一思春期男子としては見ていたい気もするが、体調を崩しているのを良いことに隙を突くのは不誠実だ。

 新太はそっと視線を逸らしておく。


 そして、ピピピとアラームを鳴らした温度計を確認してみると、三十七度九分。

 確かに大したことがないと言えばそうかもしれないが、辛いものは辛い。安静にしておくのが一番だろう。


 新太は再び詩葉をベッドに寝かせる。


「新太君……一緒にいるとうつっちゃうかもしれませんよ?」


「まあ、風邪だったらな?

 でも、多分熱が出たのは、季節の変わり目で急に寒くなりだしたからその気温差で……と、俺が来るようになってから、結構動くようになって疲れたんだろ」


「えへへ……確かに、新太君が来てくれるようになってからは、毎日楽しくてはしゃいじゃってます」


「ほどほどにな?」


 トロンととろけそうな笑顔を見せる詩葉。

 新太は笑って答えながらも、どこか気恥ずかしさを覚える。


「そうだ、何か俺にして欲しいこととかあるか?」


「何でも命令できるのは、病人の特権ですね」


「俺に出来ることだけな?」


 詩葉は「だったら……」と少し考え込むように目蓋を閉じると、思いついたのか小悪魔のような笑みを浮かべて、栗色の瞳を新太に向ける。


「汗かいてきたので、身体を拭いてくれませんか?」


「ブッ……!? ば、バカか!? 俺は男だっての!」


「別に私、新太君なら気にしませんよ……? 流石に前は……恥ずかしいですけど」


「後ろもダメだ! ……あのな、男にあんまりそういうこと言うなよな? 知ってるか? 男ってのは常に心の内に狼を飼ってんだよ」


「新太君も飼ってますか?」


「うぅん……飼ってんじゃね?」


「……なら、試してみますか?」


 詩葉はそう言って、自分の布団をフワリと広げて見せる。

 新太に「隣にどうぞ?」と言っているようなものだ。


「布団捲るな、身体が冷えるだろ?」


「つれないですね……」


 詩葉は残念そうにため息を吐いて、掛け布団を戻す。


(コイツ……熱で意識が朦朧としてて寝ぼけてんのか……?)


 やたらと色仕掛け染みたことをしてくる詩葉に、新太は困ったように心の中で呟く。


「なら、手を……握っててください」


「手?」


 詩葉は片手を布団から出し、新太に伸ばす。

 新太はしばらくその手を見詰めてから「わかったよ」と半ば諦めたように答えて、その手を取る。


「えへへ……少しひんやりしてますね」


「いや、お前の手が熱いんだよ」


 新太の手の中に、異様に温かく柔らかい詩葉の小さな手の感触。

 新太が少し握る力を弱めると、詩葉が離さないように力を僅かに込めてくる。だから、新太もそれに応えて握り返す。


 そして、新太と詩葉に睡魔が忍び寄ってくる。

 それは、徐々に徐々に二人の意識を深いところに沈めていき、目蓋を重たくしていき────


 それでも、二人の手が離れることはなかった────

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