第10話 コスプレ警官の質問
今日も新太は放課後、日比谷家に訪れていた。
いつものように詩葉に勉強を教え、少しお茶やお菓子を楽しんで、そして────
「……で、なぜ俺は手錠を嵌められてるんだ?」
新太の両手首は、手錠によって拘束されていた。
そして、その当然の疑問に答えるのは、新太の前に立つ詩葉──青を基調とした警察官の制服を纏ってコスプレをしている。
なぜ家にこんな衣装があるのか……子役をやっていたことと関わりがあるのかどうかは不明だが、腰にはオモチャの拳銃までしっかりとある。
そして、やはりこういった格好は恥ずかしいのか、頬が少し赤く染まっている。
「取り調べを行うためです!」
「俺、何かやらかしましたかね?」
「それを今から確かめます」
「罪状はあとってかッ!? 酷い警官だ!」
床に腰を下ろしてわめく新太の前に椅子を運んできた詩葉はそこに腰掛ける。そして、腕と脚を組む。
そこで新太が咄嗟に視線を逸らしたのは、床に座った新太の目の前には詩葉の組まれた脚があり、見えてはいけないモノまで見えてしまいそうだったからである。
「ズバリ聞きますが……新太君はまだ、お姉ちゃんのことが好きですか?」
「ん……?」
何を思って急にそんなことを聞くのだろうかと、到底新太にはわからないことだ。
しかし、別に隠すようなことでもないだろうと思い、新太は詩葉の目を真っ直ぐ見て答える。
「ああ、好きだぞ」
「──ッ!?」
詩葉はストレートなその答えに、思わず目を見開いた。
そして同時に、どこか胸の奥がズキンと痛む……そんな感覚が詩葉を襲った。
「ど、どんなところが……?」
「そうだなぁ……」
新太はうぅんと唸りながら、考え込むように天井を仰ぎ見る。
「まずなりより、めっちゃ美人」
「…………」
「待て待て、そんな目で見るなよ……大丈夫だって、別に外見だけで好きになったワケじゃないから」
詩葉の失望したかのようなジト目に、新太は釘を刺しておく。
「アイツさ、人には優しいが自分にはとびきり厳しいんだよな。人の見てないところでめちゃくちゃ努力してるっていうか……そういうのが、何か格好いいなって」
新太は「でもさ……」と続ける。
「自分に厳しすぎるがゆえに、凄く無理をしてる。
緩むことを知らない糸──常に引き伸ばし続けていたら、いつか千切れる……そんな危なっかしさがあって、もしアイツの支えになれる奴がいるなら、それは俺であって欲しいって思ったんだよ」
「……それ、お姉ちゃんに言ったことは?」
「ばっか! 言えるわけないだろこんな恥ずかしいこと!」
「えぇ、絶対喜ぶと思うんですけど……」
「ま、どうせ今さらだよ」
新太は自嘲気味に笑ってみせる。
しかし、詩葉にとったらなおさら疑問だった。
詩葉は知っている──琴音は恐らくまだ新太のことを想っている。そして、新太は自分で好きだと言っていた。
両想いであるはずの二人はなぜ別れてしまったのか…………
「その、ここまで踏み入って良いのかわからないんですが……どうして別れたんですか……?」
「そうだなぁ。俺も理由を本人から直接聞いたワケじゃないんだ。ただ一言『別れよう』と言われたから、俺はそれを受け入れた」
「な、何でですか!? そこがわかりません! 好きなのに……どうしてそこで首を縦に振ったんですか!?」
新太は肩をすくめて「ま、普通わからないよな」と呟いて、そのときのことを思い出すように虚空を見詰める。
「アイツは人のことを第一に考えてる。別れを告げてきたのは、恐らく声優の仕事が忙しくなってきたからだ。そっちに時間を割いていたら、俺に気を回す余裕がなくなるって思ったんだろうな……それで、そうなるくらいなら別れた方が俺のためだと」
「…………」
「もちろんそのとき俺が嫌だと言っていたら、今も俺と琴音は付き合ってただろうな。でも、声優の仕事にも体力を使って、俺にも時間を割いていたらアイツの身体は持たない。もしかしたら、声優の方を手放していたかもしれない。
俺は、アイツの支えになりたいんだ……付き合ったのはアイツに声優を辞めさせるためじゃない。アイツがこれからも声優に力をいれていけるというなら、俺が選ぶ選択肢は当然“別れ”だ」
それを聞いた詩葉は、複雑な表情を浮かべていた。
互いが互いを想い、相手のことを一番に考えた結果“別れ”。
人が人を好きになれば、距離は縮まるものではないのだろうか──今の詩葉には、新太と琴音の恋愛の全てを理解出来なかった。
しかし、一つだけ────
「でも、それじゃ……新太君は別れたまま、お姉ちゃんを好きでい続けるんですか?」
「……まぁ、人の気持ちは変わっていくものだし、これからもずっとそうかと言われれば頷き難いが……少なくとも、今はそうだな」
(そんなの……“呪縛”です……)
詩葉はそんなことを心の中で呟きながら、椅子から降りて床をはって新太に寄っていく。
「ちょ……詩葉?」
「……もし、もし私が……」
床に手と膝をついて寄ってくる詩葉との距離を確保しようと後退りする新太。
しかし、詩葉はそんな新太の胸に自身の片手を当てて、どこか熱を帯びた瞳で新太を見詰める。
「その“呪縛”を解いてあげます……って言ったら、新太君は──」
「っ……詩葉!?」
みるみる顔を寄せてきた詩葉に、新太は思わず立ち上がろうとする。
しかし────
ガタンッ!
手錠と、半ば身体にもたれ掛かるようになっている詩葉にバランスを取られ、立ち上がることが出来ず後ろの本棚に背中をぶつける。
すると、グラリと揺れた本棚の上の段の方から、いくつもの本が落ちてきて────
「危ないッ!」
「っ……!?」
新太は手錠で拘束された腕で詩葉の身体を抱き寄せ、自分を上にして床に倒れ込む。
新太の背中に落ちてきた本が殴り掛かるが、お陰で詩葉に本が当たることはなかった。
「いっててぇ……大丈夫か、詩葉?」
「は、はい……」
倒れ込んだ新太と詩葉の顔は、互いに吐息すら感じられる距離。
「あ……わ、悪い……!」
新太は顔を真っ赤にしている詩葉からすぐに手を離して飛び退く。
詩葉は若干呼吸を荒くして、その場に寝ころがっだまだ。
「お、おい、ホントに大丈夫か……?」
なかなか起き上がらない詩葉に、新太は違和感を覚えた。
そして、その顔を覗き込むと相変わらず真っ赤で、少し息も荒く、微かに汗もかいている。
(恥ずかしがってるとか……そんなんじゃないぞ……?)
新太は一言「ちょっと失礼」と断ってから、詩葉の額に自身の手を当てる。
すると、明らかに平熱よりも高かった。
「おい、詩葉お前……熱が!」
「あ、あれぇ……本当ですか? どうりでちょっと……身体がフワフワすると思いました……」
「いや、こっちのセリフだぞそれ……どうりでさっきもお前の行動がおかしいと思ったわ……具合悪いなら最初から言えよ」
「えへへ……すみません……」
「取り敢えずベッドに寝てろ。お手伝いさん呼んできてやる」
新太はそう言いながら、テーブルの上に置かれていた手錠の鍵を取って自分で解除すると、詩葉の背中と膝の裏に腕を回して横抱きに抱え上げる。
「あ、新太君……!?」
「おい、大丈夫か!? また顔が熱くなってるぞ!?」
「い、いや……これは新太君のせい……」
新太は急いで詩葉をベッドに寝かせ、布団を掛けると、部屋を出てお手伝いさんを呼びに行く。
一人取り残された静かな部屋の中で、詩葉は、自分の高鳴る鼓動だけを聞いていたのだった────




