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夢とうつつで聞く声は  作者: 石和久
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第14話 光の射す方へ ~第三夜は終わった~

 石和の前に映像となって現れたのは、子供の頃に捕獲しようとして失敗したあの時の猫に酷似していた。四十年以上も前の事だが、あの出来事は強烈な映像として脳裏に焼き付いている。顔も毛色も忘れてはいない。


「お前、あの時の猫だよな? そうだよな?」


 角を曲がってから現れた沢山の人影に見え隠れする猫、その後ろ姿を見失わないように後を追いながら声を掛ける。すれ違う人々は石和をさらりとかわしながら横をすり抜けていく。まるでこちらの存在を認識しているかのようだ。


 ふと、前を歩いていた猫が階段の手前で立ち止まりこちらを振り返った。「ついて来いよ」ということだろう。それから軽やかな足取りで階段を上り始めた。


 『地獄段』・・・・・・十六号棟の壁沿いにある狭くて急なこの階段にそんな呼び名があったことを知ったのは文木達と出会ってからだった。友達の家に行くにも、そしていつもの遊び場に行くのにも使っていた階段だ。


 人の波から離れ、猫の後を追って地獄段に足を踏み入れた。階段を上って建物の中に入り、暗く細い通路を通り抜け、上へ上へと歩を進める。実際に歩いているわけではないが何故だか息が切れる。地獄と名付けられても仕方がない急こう配だ。子供だった自分にはなんてことはなかったこの階段も、大人たちにとっては地獄だったのかもしれない。しかし、五階建てや十階建てが立ち並ぶこの島のどの建物にもエレベータやエスカレータがあった訳ではないし、あちらこちらに心臓破りの地獄はあったのだから何もここだけを地獄と呼ぶことはないだろうに。


 猫の後を追って進んでいると視界に光が射し込んできたことに気が付き、見上げた上空から青空が飛び込んできた。島を成す小山の頂上に近づいたのだ。


 狭い島の中は、どこも子供達の遊び場だ。運動場や公園は当たり前、屋上庭園、映画館前にあったちょっとした空き地、建物そのものがかくれんぼうの場所にもなっていた。それから今たどり着いた神社の境内だ。島の高台にあり周り一面の海を見渡せるこの場所は石和のお気に入りの場所でもあった。


「端島神社か懐かしいなぁ。よくここで遊んだなぁ」


 石和が上下左右と首を回し、三百六十度の景色を思いのままに懐かしんでいると、しばらく姿を消していた猫が背後からゆっくりと歩いてきた。石和の足元を通り過ぎ、正面に見える拝殿の前に座り込んだ。視線は石和を捕らえている。


「どうです? 堪能できましたか?」


「うわっ、しゃべった」


 目の前の猫が石和に向かて話しかけてきた。声は現実世界にいる門野の声ではない。


「四十年以上も前、あなたとは忘れられない時間を過ごしました」


「やはり、あの時の猫? 恨んでいる?」


「さあ、どうでしょう。まあ、あまり関心できる出来事でなかったことは事実ですが、好奇心旺盛な子供の悪戯だと割り切ってますけど」


「・・・・・・リアル過ぎ」


「それより、懐かしい島の風景はどうでしたか? 昔のことを思い出したんじゃないですか?」


「そうですね。しかし、これ、どんな仕組みでできているのか不思議で仕方ないです」


「そんなことより島に帰りたいとは思いませんでしたか?」


「ん~、今見たのは仮想世界であって現実ではないから。現実は酷いもんだ」


「帰ってみてはいかがですか?」


「帰る? 観光で故郷に? それもおかしな話だ」


 軍艦島は今、世界文化遺産の島として外国人にも人気の観光地となっている。


「そうやって嘆いていても何も変わらないですよ。あなたの大切な故郷は朽ち果てていくだけです」


「そうは言ってもね・・・・・・島の存続に尽力されている人達も沢山いることは知っているけど、私にはそんな知恵もパワーはない」


「あなたの周りには島に関心を持っている人が沢山いるじゃないですか。力を借りて、知恵を絞り、あなたらしく、あなたのやり方で」


「私のやり方?」


「そう、あなたらしいやり方で・・・・・・チャンスを逃さないように」猫が笑っているように見える。


「どういうこと?」



「おい、石和、石和」


 聞き覚えのある声が鼓膜に響く。原澤の声だ。背中をゆすられている。一瞬暗くなった視界が明るくなって、居酒屋の風景がぼんやりと現れてきた。


「ん? あれ?」


「あれ? じゃないよ。もう起きないと」


 石和の横で腰をかがめた状態の原澤が、背中に手を置いたまま声を掛けていた。


「珍しいね。石和さんがそんなに酔い潰れるなんて」


 石和の正面に座った文木が笑っている。お店の柱にかかっている大きな時計を見ると既に二十二時を過ぎている。


「門野さんは?」


「もうとっくに帰ったよ。早良君が送っていった」


「あいつ、本当にちゃんと送っているのかな? 二人で二次会に行ってないだろうな」


 文木の笑い顔がニヤニヤ顔に変わった。


「ゴーグルを返さないと。あれ? ゴーグルは?」


 顔や頭を触っても、 足元を探してもゴーグルが見当たらない。


「なんだゴーグルって、何を寝ぼけているんだ。お前、門野さんのタブレットで暫く遊んでいたと思ったらいつの間にか寝ていたんだよ」


「えっ?」


「門野さんは、もう一時間も前に帰ったよ」


「じゃ、俺が見たのは全部が夢? ええ~っ」



「さぁ、俺たちもそろそろ帰るか」


「そうですね」


「おっ、そうだ。石和さん、この写真を見てよ」


 そういって、文木が一枚の写真を石和の前にポンと投げ出した。


「石和が寝ちゃった後、みんなで写真を見ながら盛り上がったていたんだけど、ほら、この猫、こんなところにも写っていたんだよ。完全に文木さんを追いかけていたんだろうな、登場しすぎだよ。しかもこれも完全にカメラ目線」


「こっ、これ・・・・・・」


 石和は絶句した。神社の拝殿前に腰かけたあの猫がこちらを見据えている。仮想世界で見たあの時の格好のままだ。しかも心なしか笑っているように見える。


「それがさ、文木さんが言うには、前に見たときは絶対に猫なんか写っていなかったと言うんだよな」


「えっ」


「勘違いかなぁ~」


「でな、お前が寝ている間、もの言いたげなこの猫がなんて言おうとしているか、みんなでアフレコして盛り上がっていたんだ。『いい天気だニャー』なんてのもあったけどな」


「原澤さん、それ言わないでよ」


「でさ、やっぱりプロなんだよ、門野さん。猫に合わせた可愛い声で感情たっぷりに、本当にこの猫が言いそうなことを物語にして話しするんだから驚いたよ。早良君なんか感激しちゃって目が潤んでいたもんな」


「『そう、あなたらしいやり方で・・・・・・チャンスを逃さないように』あの最後の言葉は忘れられないよ」


「そっ、それって!」


 門野はどんな物語を話ししたのだろう。現実世界の物語が耳に入り、自分は夢の中であの仮想世界を旅したのだろうか・・・・・・。


「チャンスを逃すなって・・・・・・」


 仮想と現実世界で起こった不思議な出来事。


 夢か現か。


「よし、じゃ帰るとするか」


「帰ろうか、帰ってみようか・・・・・・」

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