無常
恐れていたことが起こった。
父が会社をクビになった。
祖父が亡くなってから、わずか二年しか経っていないと言うのに…。
祖父の死を境に、父は徐々に酒量が増え、週末には決まって深酒して暴れるようになり、祖父の居なくなった女ばかりの家族は、その都度、二階へ逃げて鍵のかかる部屋へ避難し、父が寝るまでそこで過ごした。
そのうち、酒なしでは手が震えるようになり、朝から一杯引っかけてから出勤するようになってしまった。次第に、ビジネスバックに酒の入ったカンを入れて行くようになり、さすがにバレて会社をクビになったのだった。
それでも、父は、病院に行こうと言う母や私たち娘たちの言う事も全く聞かなかった。
祖母は、祖父を亡くしたショックと息子の不甲斐なさの両方で寝込んでしまった。
その知らせを聞いた、父の姉(叔母さん)が祖母を気の毒がり、父のことを(こんな親不孝な弟で本当に情け無いわ)と罵って、祖母を引き取って帰っていった。
環は、短大生になっていて、私も仕事なので、昼間は父と母と二人きりになり、母は散々、暴力、暴言を受けることになり毎日泣いていた。
私は、父に何とか立ち直って昔の父に戻って欲しくて、宥めだり透かしたりしてみたが、最後はいつも喧嘩になった。
母は、その度、楓が女の子で良かった。もし、男の子だったら警察沙汰になっていた、と言うのが口癖になった。
愛犬リックも具合が悪そうだった。次第に、食事を食べなくなってしまった。時折、苦しそうな表情を見せるので、しばらく背中を摩ってやったり、声を掛けたりした。
ある夜のこと、私は仕事の帰りに友達と食事に行き、帰宅が一番遅くなった。
玄関から上がって、リックのいる勝手口へ回ると、リックがまだ起きていた。私は、水を勧めてみたが、リックはそっぽを向いた。私はリックを抱きしめると、いつものように背中を摩った。
リックは嬉しそうに、ゆっくりと尻尾を振って笑っているような表情を見せた。
「じゃあね、リック、もう寝るね。また、明日ね」
「クゥーーーンッ…」
リックは、それに応えるように、寂しげに泣いた。
次の朝、リックは眠るような穏やかに亡くなっていた。
「リック…」
私は、その姿を見て呆然とした。
「リック、頑張ったね、偉かったね…」
と、母は、段ボール箱に入ったリックに声をかけていた。
「リックね…昨日の晩、一番遅く帰ってきた私を待っててくれたんだね…」
私はそう言って号泣した。
涙で、リックが見えなくなった。
再び訪れた地獄のような日々に、私たちも疲弊していった。一年くらいして、私たちは、昼間の母が心配で心配で、別にアパートを借りることにした。
家庭は、あっけなく崩壊するもんなんだなぁ、家族って一体なんなんだろう?
また、先の見えない混沌とした空に向かって心の中で呟いた。
1DKのアパートを借りた私たち女3人は、鳴りを潜めるように暮らし始めた。見つからないように少しずつ荷物を運び出し、必要最小限の家財道具を揃えた。
3人とも身体が丈夫ではないので、毎日必死だった。けれと、誰もが怯えることなく、ゆっくり眠ることが出来る穏やかなタンポポみたいな日々が嬉しかった。
私は仕事へ行き、環は短大に通い、母は仕事を探しながら家事をしていた。
そんな普通の暮らしが本当に嬉しかった。
しかし、その幸せも束の間…また悲劇が始まってしまった。
環が寝込んだ。
その後、環は、半年間も寝たきりになる。人生で長く寝込むのは三度目だ。
私たちは、どうしてこんなについていなんだろう?まるで、何かに呪われているよう。
私は何か悪いことをしたに違いない。でないと、次から次へとこんなに不幸が訪れる訳がない。不孝の無限ループ。神様、助けてください。どうしたらいいですか?
もう限界だった。
それでも、世の中もっと不孝な人はいる、と自分を叱咤し、都度思い直して歯を食いしばって一日、また一日と過ごしていた。
そんな矢先、叔母さんから連絡が来た。
あの広い家に、父が一人で暮らしてるのはおかしい、家を売ってお金を分けるべきだ、と言ってきた。
しかも、お金は、父と母と、祖母の面倒をみている叔母さんとの三等分する、とういう内容だった。
家は、父名義になっていた。
叔母さんは、父が家を相続するときに、祖父に現在住んでいる家の半分の金額を受取った。その代わり、祖父名義の家は、父に相続させると言う条件を飲んだらしい。
それなのに、三分の一も持って行くなんて…。
理不尽な話だ…。
それでも、母の今後の為にお金の必要だった私たちは、泣く泣く承知した。
蓄えが底をついてきたのか?思ったより、あっさりと父も承知した。
そして、家を売り、お金を分けて、正式に父と母は離婚した。
父は、アパートへの引っ越し作業を、私に手伝ってくれと言ってきた。父の知り合いの軽トラで1Kのアパートに入るだけの荷物を運び入れ、荷解きを少し手伝って精魂尽きた。
1Kのアパートは、カビ臭く、かなり年季が入っていた。共同住宅の一階で靴を脱ぐタイプで、共同の下駄箱に靴を入れて廊下を歩くと、木の床がギーギーと音がした。
帰りがけ、私の背中に父が言った。
「いつでも、遊びにおいで」
「来れなら…ね」
私は、うまく表情を作ることが出来なかった。
惨めだった。父も、私も…。
叔母さんは、なんと、家を売って三分の一畝しめたそのお金を頭金にして、息子夫婦と暮らす二世帯住宅を建て、その頭金に使った。
寝込んでいる祖母に、その一部屋を与えて、帳尻を合わせたつもりだったのだろうが、私たちの怒りは憎しみへと変わった。
母方の兄妹たちにも反感も買った。母方の兄妹だちは、真面目で優しくて、冷蔵庫や洗濯機などの大物家電などを揃えてくれたと言うのに…。
環は、その間もずっと布団から出ようとしなかった。
そんな、ある日の早朝、叔母さんから連絡が来た。こんな早くからの電話には、ロクなことはない。
案の定、それは的中した。
祖母が、息を引き取った、と言う知らせだった。
また一人、家族が逝った。
その電話を切った直後、うぐいすが美しい声で、ホーホケキョ、ホーホケキョ、ホーホケキョ、と3回鳴くのを聞いた。
「あー、おばあちゃんだ!おばあちゃんが知らせに来てくれたよ」
私は、咄嗟にそう感じて思わず口に出した。
「ほんと…だね」
と、母もしみじみそう言った。
不思議なことは、本当にあるもんだ。
そう言えば、レイチェルは全然見ないな、ちゃんと見守ってくれているのかな?
私は、深い溜め息をついた。
そして、その知らせだけで、私たちは祖母のお葬式に呼ばれることはなかった。
父も呼ばれなかったらしい……。
環は、騒動が落ち着いた頃に、ようやく布団から出て、また短大に通い出した。
全く…環は、どうして助けて欲しい時に、こうも都合の良く寝込むのだろう?
それでも、元気に起きて生活してくれるだけで精神的にもかなり助かる。母も私も、喉元すぎれば熱さ忘れるが如く、環には何も言わず、何も触れず、何事も無かったかのように、暗黙の了解で日常を送った。
やっとこれで、また安寧の日々が送れると思っていた矢先、私の携帯電話には、度々、父からの呼び出しをくらうことになる。
用事は、様々だった。
ある日は、郵便物が届いてるから取りに来い、だとか、また、ある時は、具合が悪いから、会社の帰りに薬と食べる物を買ってきてくれ、だとか、そんな内容だ。
なんだかんだ言って寂しいんだろう、と察しはついた。
母とは、もう離婚しているので、頼み事は全部私にお鉢が回ってくる。
環の携帯番号を父には知らせていないからだ。
もう、以前のように呑んだくれている風ではなかったのが、救いではあった。
せめて、あの家があるうちに、呑まないようになっていてくれたなら、自体は好転していたかも…。父と母も離婚することなく、普通に暮らせていたのでは?
いつも、物事は取り返しのつかないようになってから…だね。諸行無常の響きなり…か。
そして、また、私はいつものように父から電話で呼ばれた。
「もしもし?今度はなに?」
私はつっけんどんに電話に出た。
「ああ、楓。実は、入院した。持ってきて欲しいものがあるんだ」
「え?入院?どこか悪いの?」
「病気になった。糖尿病らしい」
「自業自得だね…。で、何が居るの?」
「お金。銀行に行けないから少し貸してくれ」
「はぁ?私たちは、生活貧窮してるんだよ。ママもまだ働いてないし」
「分かってる。貸してくれるだけでいいから」
「仕方ないなぁ、分かったよ。いくら?」
「十万」
「え?大金じゃん!」
「返すから」
「分かったよ。じゃ、明日行くよ。病院どこ?」
私は、入院先の住所と電話番号を聞いて電話を切った。そして、あることを思い出していた。
父が、あの広い家に一人で住んでいた頃のこと。私が、こっそり自分の部屋から洋服を持ち出そうと、玄関の鍵を開けて、そっと居間を覗くと父は居なかった。
自分の部屋まで駆け上がって、持って帰るものを物色していたら、貯金箱が目に入った。
私は、500円玉貯金をしていたのだった。すっかり忘れていた。せっせと貯めていたから、ほぼいっぱい近くまで貯まっていたはずだ。満杯だったら10 万円だ。やったー!
私は、勇んで貯金箱へ小走りした。
「あ…」
思わず、声が漏れた。
口が缶切りで開けられていた。まさか、と思って手に取ると、
空っぽだった。
私の脳裏に、言葉が浮かんだ。
酒代。
自然に涙が溢れていた。
私は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔をしながら、洋服を紙袋に詰められるだけ詰めた。
あの時のお金、返してもらって、
ないなぁ。




