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第6話 結論

 これほどまでに一人が怖いと思ったのは、生まれてこの方、初めての経験かもしれない。それ程までに、物音一つしない博麗神社は今にも私を押しつぶそうとしている。

 私は、力をもって全てを振り切ってきた。迫る困難にも正面からぶつかり、競り勝ちながら切り抜けてきた。それに見合う程の力や技術も磨いてきたつもりだし、思い出せる限り精進を欠かしたことは、ない。…ただ、それが自分にとっての精一杯というだけであって、他人から見ればどうということもない位の努力なのかもしれないが。


 何故、私が正面からぶつかるのか。その理由の一つに、それを美徳と受け止める私の性格がある。力と力がぶつかり合い、それに勝利する。確かにそれは格好の良いことであると思うし、他人に誇れることでもあるだろう。だが私の場合、裏を返せばそれしか攻め方を知らないと言うことも出来る。

 “真っ直ぐで剛直”と“応用が利かず不器用”は、多少の差はあれど同義に当たるだろう。運が良いことに私は前者の捉えられ方をしているようだが、同義なのだから当然、私は後者にも当てはまるのだ。

 今回の一件がまさに良い例である。霊夢が連れ去られ、その連れ去られた場所すらわからない状態。たったのそれだけで、私は何一つ行動を起こすことが出来ないでいるのだ。つまりは、一つのことがわからなくなるだけで、面白いまでに応用が利かなくなる。…こんな時、心の底から私は“不器用な奴なのだ”と、改めて実感させられる。

 霊夢なら、こんな取っ掛かりも無いような異変が起きた時、どうするだろうか…?

 おおよそだが、ただひたすらに自らの勘を信じ、真相を突き止めるだろう。彼女の勘は、恐ろしいまでに的中するのだ。例をだすならば、霊夢からしてみれば何の根拠もない戯言であったとしても、それが見事に的中することなんて日常茶飯事である。そのことが、霊夢に隠し事が出来ないとされる一つの所以となっているのだが。

 …霊夢がもしもこんな展開に遭遇したのなら、私のように鬱ぎ込んで考えずに、間違いなく行動を起こしているだろう。いつも通りに能力を駆使して空を飛び回り、勘を頼りに異変が起こる箇所にたどり着き、博麗の巫女に相応しい絶対的な力を持って異変を解決する。そんな彼女が結界を守り、異変を解決するからこそ、幻想郷の平和が保たれるのであり、妖怪と人間の秩序や安定が取れている。

 …さっき“何故私が霊夢を助けるのか”という、紫が投げかけてきた質問。これを、今の考え方で捉えるならば、霊夢を助けることは結界を守ることとなり、ひいては幻想郷を救うことになる。突き詰めると、幻想郷の中に住む、全ての生物を守ることに繋がるのだ。いかなる理由があれど、幻想郷に住む者ならば、絶対にこれだけは誰も否定することは出来ないだろう。



「失礼致します」


 不意に、辺りに声が響いた。そのことにより、自分が顔を隠すようにして俯いていたことに気付く。私は目を覆うように深くかぶっていた帽子を通常の位置まで直し、声の主を捜した。

 自らの体よりも大きく見えるほどの九尾を持ち、青と白を基調とした服に耳の形を模した黄色い帽子をかぶる妖獣。声の主は、事の発端人、紫の式の藍だった。


「随分とお困りのようですね」


 藍は、柔らかな声色で話しかけてくる。まぁ落ち込んでいるように見えるであろう人に声をかけるのだから、なるべく緊張感を和らげるように声をかけるのが定石だろう。ただ、その内容は世間話などの遠回しな内容ではなく、こちらの返答によっては核心をも突きかねないような言い方だった。


「………あぁ。

お前の主人のおかげで、私はもう八方塞がりだぜ」


「えぇ。そうでしょうね」


 なるべく明るく、肩をすくめながら言ってみたが、声が掠れてしまった為に藍の目に私は酷く滑稽に映ったことだろう。普段ならば高笑いまで付けるところだが、今日ばかりはそんな気分にはなれなかった。

 そのせいか、私の意見は特に感情を隠されることもなく、露骨にそして簡単に肯定された。いくら自分でそれを理解しているとはいえ、あそこまであからさまに肯定されると流石にこちらとしてもカチンとくる。それにより頭に血が流れ込み、頬が熱くなるのを感じたが、弁明するのも億劫になり、私は大きく溜息をつくだけに終わった。…どうせここで藍を説き伏せたとしても、霊夢が帰ってくる訳ではないのだ。


「…さて、事の発端を作った、我が主人である紫様から言を預かっておりますので、お伝え致します」


 私の中で、藍にはもう興味がなくなっていた。どうせ私をからかいにきただけならば、これ以上話していてもこちらの気が荒れるだけなのだ。だが、藍が最後に発した言葉には、強く惹かれるものがある。…惹かれない訳がない。これが、霊夢を探す唯一の手がかりになる可能性が高いのだから。


「…紫は、何て言ったんだ?」


「“白玉楼にて待つ。答えを持ち参ぜよ。”以上です」


 一言と言うに相応しいような、本当に短な言葉だった。だがその中には、私の求める答えの半数以上が含まれていた。

 場所と、条件。それだけがわかれば十分だ。それに、条件である霊夢を助ける理由の答えは一応さっき出た訳だし、距離こそ離れているが白玉楼もけして行くのが難しい場所ではない。


「…期限は?」


「特に指示はありませんでしたから、期限は無期だと思われます。ただ、霊夢様のお体のことを考えれば、なるべく急いだ方がよろしいかと」


 事は一刻を争う。今からすぐに行くことに越したことはないが、それでも期限を聞いておいて損になることは無い。時間的な余裕は、精神的な余裕にも繋がるからだ。

 …余裕と言えば、藍には相当の余裕が見える。それが何からくる余裕なのかまではわからないが、とりあえず私の問いに対して心が揺らいだようには見えなかった。想定していない質問に普段通りに返すことが出来、それに加え自分の意見まで挟むことが出来るのだ。かなりの余裕があるに違いない。


「…それでは、この辺りで私は失礼いたします」


「藍は、紫のやったことは正しいと思うか?」


 藍は軽く会釈をした後で、鳥居の方に向かって歩き出した。その背中に向かって、私はぽつりと一言問いた。その答えが返ってくるとは思えなかったが、参考までに聞いておこうと思ったのだ。

 その言葉に、歩いていた藍の足がぴたりと止まる。それ以外の違いは見受けられないが、どうやら答えを必死に考えているようにも見える。


「…そうですね

いかなることになろうとも、それが正しいことであろうとなかろうと、私は紫様について行きます。紫様は私の主人であり、そして…」


 そこまで言うと、藍は空を見上げた。表情は伺い知ることは出来ないが、その後ろ姿からは憂愁の感が漂っている気がする。

 しばらくの沈黙の後、藍は“失礼します”と一言残し、何事も無かったかのように再度歩き始めた。藍の言いかけた言葉はとても中途半端なものとなったが、その答えは、彼女の心の中に閉まっておきたいような答えだったのかもしれない。彼女の背中からは、“これよりは踏み込まれたくない”という感情をひしひしと感じる。その言葉の続きを追求することは、とてもではないが私には出来なかった。


 藍の去った博麗神社は、またしても静寂に包まれた。だが、同じ静寂にしても、前のそれとは種類が違う。今は、重圧もなければ失意もない。それどころか先に進む手懸かりを得られて、私はむしろ期待まで感じ始めているのかもしれない。

 霊夢を助ける条件は、助ける理由を答えることだということがわかった。そして、それは幻想郷を救うためだと、自分の中で答えが出た。しかし、念には念を入れて、もしもの時の為に戦闘が出来るような準備をしておいた方が良いだろう。もし私の出した答えが間違いならば当然霊夢は返してもらえないだろうし、あの紫のことだ。正解したとしてもおとなしく霊夢を返してくれるとは思わない。


 “戦闘”と一括りにいっても、拳で相手を殴ったりする訳ではない。幻想郷の中では、戦闘をしたり順位をつけたい時に用いる“スペルカードルール”というものがあるため、それに則って事を起こす方が好ましいだろう。

 スペルカードルールとは、双方が合意したルールを遵守した上で、実際の戦闘を模して相手と戦うことにより順位をつける方法である。幻想郷においては、力がある方が絶対的に優位に立てるの訳なのだが、妖怪や人間、幽霊などが混在する幻想郷では、人間は身体能力からみて妖怪や幽霊にはどう足掻こうとも勝つことは出来ない。また、妖怪同士の争いにしても、お互いに本気でぶつかれば負けた方は最低でも重傷を負い、運が悪ければ死滅する。昔はそんな戦いが幻想郷のあちこちで頻発していたのだ。その状態が延々と続けば、幻想郷にはほんの一握りの生物しか生きることが出来ないことになってしまう。その事態を重く見た幻想郷の重鎮は、このスペルカードを用いて勝敗を決め、それを疑似的な戦闘とすることを提案した。それは博麗の巫女によって正式に採用され、それからは、誰かが死ぬような争いはなくなるどころか、皆が皆楽しむように、疑似戦闘を繰り返している。まぁ、このルールの採用によって、絶対的な弱者でも生死に関係なく強者に勝つ可能性が生まれたのだ。むしろ、活発にならない方が不思議である。ちなみに、このスペルカードを用いた疑似戦闘は

、多くの弾を撃って行われる為に、“弾幕”とか“弾幕ごっこ”などと俗に言われている。

 今回の一件も、穏便に済まなかった場合はこのスペルカードを用いて決着をつけることになるだろう。霊夢も異変を解決するときにはスペルカードを使う訳だし、特に問題は起こらないはず。簡単に言うと、紫と私が段幕戦をして私が勝てば、霊夢は返してもらえるのだ。

 この一件は、幻想郷を揺るがす異変と言っても過言ではない。それを解決する博麗の巫女がいないのだ。誰かがその役目を代行するしかないだろう。そして、この異変を知っているのは今のところ私だけ。つまり、私が今行動を起こさなければ、手遅れになってしまう可能性が非常に高い。 だが、私一人で本当に紫に勝てるだろうか。今までの戦歴から言えば勝率は五分五分程度だが、そもそも紫が本気で戦っていたのかは甚だ疑問である。また、場所が白玉楼ということは冥界の幽霊管理人、西行寺幽々子とも戦わなくてはならないだろうし、その西行寺家の庭師である魂魄妖夢も例外ではないだろう。個々と戦うのなら問題はないかもしれない。ただ、三対一になった場合に、こちらは分が悪い。というよりは、絶対に勝つことは出来ないだろう。

 もしもの時に備え、私が勝つ為にすべきこと。それは、仲間を募ることだけだ。最早この一件は私の手に負える問題ではない。それならば、人海戦術を用いるしかないのだ。

 一緒に来てくれそうな人と言えば…。アリスは来てくれるかもしれない。昔からの知り合いだし、多少の融通も利くだろう。それと、パチュリーもそれに然り、もしかしたら、頼み込めば紅魔館の何人かも協力してくれるかもしれない。もしレミリアが来てくれるのなら、かなりの戦力になるだろう。

 他にも何人かの候補は浮かぶものの、これと言った私との接点が見当たらない。時間的な見ても、協力を仰げるのは紅魔館の面々とアリスくらいのものか…。

 ただ、アリスやパチュリーでさえ、協力してくれるとは断言出来ない。相手が幻想郷で一、二を争う強者であるが為に、断られたとて不思議ではない。それでも、声をかける価値は十分にある。


 …よし、行こう。霊夢を助ける為に。まずは紅魔館に行くのが時間的効率が良いだろう。一箇所で複数の戦力が得られる可能性が高いからだ。アリスの家は、紅魔館から冥界に行く途中にあるから、その時に声をかければいいだろう。

 そこまで決めると、私は箒にまたがり、一刻でも早く紅魔館に着く為に速度を最大に上げる。

 …頬を擦る風が少し生温い。心無しか、空気が一段と重たくなった気もする。

 何か、嫌なことが起こりそうな、そんな気配が辺りに立ちこめている気がして、ならない。


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