第5話 期待外れ
更新がかなり遅れている理由をお伝えしようと思います。
最近、私生活にいろいろなことがあり、現在かなり多忙な日々を送っています。働く時間が一日に16時間に及ぶこともあり、“一日中休んだ”なんて日は、この数ヶ月間は皆無だと思います。
正直に言うと、今の私は小説を書くのにはかなり難しい状況にあります。執筆する時間が取れない上に、執筆する体力もほとんど残っていません。
ですが、ありがたいことに多くの読者様に読まれているようになり、最近では感想も届くようになりました。本当に感謝しております。
そんな中、多忙とは言え連載を休止するのはとても心苦しいことです。また、この小説も私の趣味でやっているものなので、書くこと自体はストレス発散になります。書く体力がないだけであり、気持ちは次話の更新のことでいっぱいです。
ということで、更新は遅くなると思いますが、少しづつでも書き進めようと思います。絶対とはいえませんが、出来れば一ヶ月に一話は更新したいと思っています。
ご迷惑をおかけしますが、これからもアリスとパチュリー、時々霊夢をよろしくお願いします。
長々と、失礼しました。
「…もう行くの?」
時間は、日の出から少し経ち、燦々と日光がさし始める頃。私はアリスの家の前で箒にまたがる。後ろには見送りに来たアリスが、少し悲しそうな表情を浮かべて立っていた。
「そうだな。今日は今日でする事があるし。泊めてもらったし飯も食わせてもらったからな」
なるべく笑顔で言ったつもりだったが、アリスの表情にこれといった変化はない。それどころか、もっと悲しくなった気もする。
「ホントに、忙しい人ね。どこかに落ち着いてじっとしてる、なんて日はないのかしら?」
「日がな一日、じっとしている私をアリスは想像出来るか?
少なくとも、私には想像は出来ないがな」
「…それもそうね。一日中じっとしてる魔理沙なんて、魔理沙であって魔理沙じゃないわね」
…そこまで言われると少し複雑な気分になるが…。まぁ確かに、今まで私がじっとしていたことなんて数える程度しかないし、あったとしても何かの行事があった時位しかじっとしていないだろうから、アリスの言葉はあながち間違ってはいない。私自身がそう思うのだから、他人から見れば尚更のことだろう。
「今日は今からどこに行くの?」
これは、予約も約束もしない私へのいつもの質問だ。私の中では何らかの法則に則っていたり、理論が組み上がった上での行動なのだが、どうにも他人から見ればそれは突拍子もない行動だったりするらしい。
特にアリスは、この私の予測出来ない行動を詮索するのが好きらしい。毎度のこと、私と別れる時にはその後の予定を尋ねてくる。それを知ったからといって、アリスが何か干渉してきたりそのことを否定してきたことはないが、何故そこまで私の行動が気になるのかということが、私には気になる所ではある。
「ちょっと友人の所に挨拶にでも行こうかと思ってな」
「…そうなんだ。気をつけてね」
…落胆が裏に見える、優しいようで暗い笑顔。
私はそれが一番苦手だ。
今のアリスがそうだが、その笑顔は私を無気力にさせる。
別に、その表情が悪いとは思わない。私だって、自分を抑えて無理矢理笑うときはそんな顔をするだろうし、今のアリスがそんな顔をするのも、決して理解出来ない訳ではない。ただ、それを見るとき、私の中で毎回のように葛藤が起こるのだ。“自分がしたいことをしたい”という願望と、“相手を悲しませたくない”という願望。この二つが、私の中で争いを始める。
私も無闇に他人を悲しませたくはない。私だって人の子である訳だし、人に喜んでもらいたいとも思う。ただ、人間である以上、湧き上がる欲求を抑えることも難しい。魔女であるアリスやパチュリーとは違い、人間である私の寿命は有限であり、短い。特に、妖怪や妖精といった寿命とは縁遠い者が集う幻想郷において、それはことさら際立って見えるのだろう。だからこそ、私は毎日を惜しむかのように生きているつもりなのだが、果たしてそれが私の人生にとって良い方向に繋がるのかは、私にはわからない。
「…なら、そろそろ行くぜ。世話になったな」
「じゃあね。
暇になったら、来てもいいからね。紅茶くらいなら淹れてあげるから」
そこまで聞いてから、私は地面を蹴って空中へと飛び出した。周囲に生える木から伸びた枝を縫うようにして、障害物のない森の上空へと舞い上がる。そして、片手をわずかにあげて手を振っているアリスに左手をあげて応えながら、私は目的地に向かって速度を上げた。
“私は正しいのだろうか”。最近、それを考えることが多くなった。アリスといいパチュリーといい、私とは仲良くしてくれている。特にパチュリーは、他の人の話だと気難しい人格らしく、紅魔館の主であるレミリアと私くらいにしか気を許していないらしい。アリスにしても、人との交流を嫌ってか魔法の森に閉じこもりっきりで、滅多に他人と話すこともないらしい。時に生活必需品の買い出しに人間の里に降りることもあるそうだが、それも極稀のようである。そんな二人と懇意な関係を結べているのは、言ってしまえばとても凄いことなのだと思う。
ただ、彼女らは本当の私を知った上で私と交流しているのだろうか。それとも、上辺の私だけを見て、好感を感じているのだろうか。
私は臆病者である。普段の自分に自信が持てないような奴である。だからこそ、他人に良く見られようと、笑顔を絶やさずに、時に先頭に立ちながら対人関係を進めてきた。だからこそ、今の私がある訳であり、今の関係があるのだが、そのせいで更に自分には自信が持てなくなった。
他人からしてみれば、“明るく元気で、笑顔を絶やさずに皆を引っ張って行くのが魔理沙である”となっているだろう。
本来はそれは私が望んだはずの、私の理想像であるはずだった。だが今となっては、それは私を苦しめるだけの鎖でしかない。とは言っても、別に自分の理想像を演じることが苦痛という訳ではない。他人から見て、演じている私が私であり、素の私が私でないように思われることが苦しい…いや、怖いのだ。素の私が出た時に、皆が離れていく…今までの輪が崩れることを、恐れているのだ。
私が播いた種だと言うことはわかっている。だからこそ後には引けない現実があるのだ。私が私を演じると決めた時に、後悔はしないと決めた。例えどんなことがあろうとも、演じることを止めることはしない、と。それを決めたのは、一体何年前の話だろうか。それすらも覚えてないくらい、昔の話だ。そんな話が今になって自分を縛っているのだから、どことなくおかしい話である。
最近の私は、パチュリーとアリスの所に入り浸っていた。特にこれといった理由は無いのだが、もしかしたら親密になりつつある関係を壊したくないと、私の本能がそうさせているのかもしれない。嫌われたくないから足繁く通う、と理論付けると合点がいく。
ただ、それも最近はだんだんと疲れてきた。“疲れた”とは言うものの、アリスやパチュリーのことが嫌いになった訳ではないし、飽きた訳でもない。それでも、毎日のように会いに行き、話し、本を読むことの繰り返しは流石に応えた。だからこそ、私は今博麗神社に向かっている。
霊夢は、私の素を見抜いた唯一の人間だ。私が意図して明るく振る舞っていることを、初対面から幾度か経った時に指摘された。多分、初対面の時から見抜かれてはいたのだが、ある程度仲が良くなってから言われたのだと思う。
本来であれば、それは赤面し、恥じることであるのだと思う。自分を良く見せるためについている嘘がばれたのだ。そんな格好の悪いことはない。それなのに、その時の私は何を思ったのかそのことを嬉しいと感じたのだ。いや、その時だけではない。今でも見抜いてくれてありがたいと感じている。…私の素と付き合ってくれているのは、霊夢しかいないのだから。
だからこそ、私が博麗神社に行くのは決まって何かに耐えられなくなり、辛くなった時だ。そんな、自業自得とも言われかねないようなことで特定の人を頼るのもどうかと思うが、現実的に私が愚痴れるのは霊夢しかいないのだ。つまり、こんな気持ちになった時には、私には博麗神社に行き、霊夢と話すことくらいしか解決方法がないといえる。
…駄目だ。こんな暗い気持ちで神社に入っちゃいけない。ただでさえ勘の良い彼女のことである。こんな状態なら一瞬で心が見抜かれてしまうに違いない。まぁ別にそれでも良いと言えば良いのだが、とりあえず最初くらいは明るく振る舞いたいものだ。
いろいろ考え事をしていたせいか、思ったより早くに神社の鳥居が見えてきた。私はあの鳥居を見ると、神社に来たと改めて実感する。本当の目的は霊夢に会うことだが、あの鳥居を潜った時から私は私の鎖から解放されるのだ。だからこそ、あの鳥居は私にとって特別なものになるのかもしれない。
…それなのに、今日は何だか雰囲気が違う。鳥居も景色も、周囲に生える木々にも何ら変化は見当たらない。今までに見慣れたいつもの神社であるはずなのに、何となく、それでいてはっきりと、違いがある。
鳥居の前に降りたった時に、その違いはより鮮明になる。…空気が重いのだ。
そもそもが神社ということもあり、博麗神社にはいつも神々しいような雰囲気は流れていた。だが、それはけして重たいものではなく、むしろ心地よさを感じるような、そんな雰囲気である。それに対し、今日の雰囲気はあまりにおかしい。重いだけでなく、全てのものを否定するような、負の感情が混ざっている気もする。まるで、“入ってくるな”と言わんばかりに。
…どうすればいいのだろう。こんな時は大概、関わらない方が身のためにはなる。相手からしてみても今は私事に踏み込まれたくない時間として、放っておかれるのが幸せだったりもする。ただ、それは普通の人が相手だった場合の話だ。だが今回は相手が霊夢なのだ。妖怪とも人間とも、言わば幻想郷に住む全ての者と平等に関わる霊夢が負の感情を流すなど、これまでは一度もなかった。…これはもしかしたら、かなり不味いことなのではないのだろうか。
“霊夢のことだから大丈夫”と、言うことは簡単だ。だが、何故か今のこの状況は、そんな軽く流せるものではない気がしてならない。言ってしまえば、幻想郷の危機とも言えるかもしれない。なんと言っても、この幻想郷を守る結界を管理しているのは彼女なのだから。
…やはり、ここは霊夢の所に行くしかないだろう。もしも霊夢が何かの出来事にでも巻き込まれているのであらば、私にも何か解決出来ることがあるかもしれない。何かのことに落ち込んでいるのなら、慰め、元気づけることも出来るだろう。…いつも私が元気づけられているのだ。たまにはそんなことがあっても良い。
そう意を決し、私は鳥居を潜り神社の境内へと足を進めた。
歩き慣れたはずのこの道が、重たい空気のせいかとても長く感じる。それに、神社に近づく度に、邪魔者を阻止しようとするような攻撃的な気配が強くなる。…こんな気配は、今まで一度も経験したことはない。それが示すのは、明らかな異変が神社で起きているということに他ならない。それと、ただ一つ言い切れることは、これは霊夢のだす雰囲気ではない。これだけは今までの経験から、間違いの無いものだ。もしこれが間違っているのなら、私は霊夢のことを何一つわかっていなかったことになる。…もしそうだったとしても、現実として受け止めることしか出来ないが…出来ればそうなってはほしくないものだ。
階段を上り、建物が徐々に見え始めてくる。少し苔が生えたような、古めかしい瓦葺きの屋根。時代を感じるような少し色あせた柱、廊下、そして落ち葉が少し溜まった石畳。この雰囲気さえなければ、いつもの神社と寸分違いもしない。
そんな神社の中央に置かれている、これまた古ぼけた賽銭箱。その横に、明らかに場違いのような紅白の巫女装束を身につけた少女がぽつんと一人寂しそうに座っている。それが霊夢だと認識するのに、長い時間はかからなかった。
歩みを進めて霊夢に近付くものの、彼女が私に気付く様子は見られない。未だ彼女とはそれなりの距離があり細かくはわからないが、どうやら鬱ぎ込んでいるようだ。…やはり、何か霊夢の身に起こったことは間違いないようである。
「………霊夢…?」
霊夢のすぐそばまで寄ってから、おずおずと声をかけた。本当はもっと明るく話しかけようと思ったが、俯き続ける霊夢にそんな軽い言葉はかけることは出来なかった。
ゆっくりと、霊夢が顔をあげる。その動きからは、まるで生気を感じることは出来ない。まるで何かに疲れ切っているような、そんな無気力状態にも見える。
「…魔理…沙?」
「大丈夫か霊夢! どこか体の具合でも悪いのか?」
霊夢の肩に手をかけ少し揺さぶりながら声をかけたが、どうにも効果がない。まるで私が見えていないような虚ろな目で、私の顔辺りを眺めているだけのようだ。
「大丈夫なはずがないわよね。なんたって、空が飛べないんだから」
神社の奥から突如聞こえた、嫌に落ち着いた声。その声の主は、日傘を片手にゆっくりとこちらに歩いて来た。どこから出てきたのかはわからない。それが彼女の能力なのだから。
彼女の名は八雲紫。金髪の髪にはゆるくウェーブがかかり、それに丸いふんわりとした帽子を被っている。服は全体的に白を基調としており、至る所についた蝶結びのリボンが印象的である。彼女はこの幻想郷に古くから住む妖怪で、境界を操る能力を持つ。つまり彼女は境界と境界の狭間をいじり、隙間を作ることや、そもそもの境界の線を変えることが出来る。それを利用して、瞬間移動するかのように現れたりする。それ故神出鬼没で、住む家も隙間に存在しているらしく彼女の私情を知る者は少ない。かく言う私も、紫のことはほとんどわからない。だが、あまり関わりたくない妖怪であることは事実だ。
「…空が飛べない…とは、どういうことだ?」
「…紫っ! 言っちゃ駄目!」
さっきまでの雰囲気とは打って変わり、霊夢は私の目の前から飛び出したかと思うと紫に縋りついた。その様子は、そのことがばれたら死んでしまうのではないかと思うほど必死で、何とも痛々しい。…一体霊夢は何をそんな必死になってまで隠そうとしているのだろう。
「言葉の通りよ。霊夢は空を飛ぶ能力を失ったのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。
つまり、今の霊夢はスペルカードが使える一般人と何ら差は無いわね」
「だめぇ…言っちゃ、だめ………」
ついには、霊夢は紫に縋ったまま膝をつき、泣き出してしまった。…その霊夢が、能力を失っただなんて、いささか信じがたい話である。また、紫が嘘を言っている可能性も否定はしきれない。幻想郷の古株である紫のことだ。真面目な顔をのまま嘘をつくことくらいは、いとも容易くこなすだろう。ただ、霊夢の過剰とも取れる反応が、紫の言葉を裏付けている、とも思えなくはない。
「昨日も空を飛べない癖に一人で妖怪を退治しに行って、死にかけていたのよね。私がいたから助かったようなものの、あのままだったらどうなっていたことか」
紫は、少しばかり微笑みながら霊夢を見下ろしている。その笑みが何か良からぬことをたくらんでいるような気がしてならない。
「もしかして、あのまま妖怪に食べられて死にたかったのかしら?
それだったら、私が今から霊夢を食べちゃってもいいのかしら?」
妖怪は、人の肉を食らう。細かく言うと“人の肉も食らう”だが、どちらにしても人間が食料であることには違いない。
ただ、この外の世界と隔離された幻想郷において、人間とは希少な存在に近い。
確かに妖怪に引けを取らないくらいの数はいるが、寿命が短かったり、能力的に見て絶対的な差があったりと、妖怪に比べて遥かに弱い存在である。それでも、人間は妖怪にとって必要な存在らしい。細かな理由は知らないが、力の均衡を取るとか取らないとか。まぁとにかく、結界を作るにあたり、人間を捕食しすぎないことと、妖怪の中で決まっているらしい。
その中でも、絶対に襲ってはいけない人間がいる。それは結界を管理する博麗の巫女だ。この幻想郷の結界は、端的に言うと妖怪を擁護していることに他ならない。つまり、結界が存在することは妖怪にとってプラスのことであり、今となっては結界は妖怪にとって必要不可欠なものとなりつつある。それを管理する博麗の巫女を殺すことは、ひいては自分を殺すことに繋がるのだ。妖怪はそれを理解しているようで、彼女を襲わないのは暗黙の了解になっているようだ。
しかし、今目の前でその暗黙の了解が破られようとしている。冗談だと思いたいが、紫の態度を見るに嘘をついているとは考え辛い。それならば霊夢を助けなければならないと思うのだが、一体どのようにして助ければ良いのだろう。
紫は強い。妖怪だからだとか、お世辞などではなく単純に強い。現在の幻想郷で戦闘の主流となっているスペルカード戦はもちろんのこと、およそ戦いという部分において彼女の右にでる者はいないだろう。そんな奴に正面から突っ込んでいくのは得策ではない。私もスペルカード戦にはそこそこの自信を持っているが、それでも紫には勝てる気はしない。…状況の打開策が……見つからない。
私がそんなことを考えている間、当然の如く時間は流れ続けている。だから、さっきの紫の言葉から時間が経ち、既に会話が成り立ってはいない。そんな中、紫はおもむろに顔をあげた。…その表情からは、先ほどまでの微笑みなんて一片も感じられない。かといって、憎悪や怒りの気も感じることは出来ない。ただただ無表情…いや、真面目な顔で私を捉えたまま離そうとしない。
紫は私に何かを求めているのだろうか? それとも、私が何かやってはいけないことでもしたのだろうか?
…断定する事は出来ないが、二択化するのならば、恐らく紫の求めていることは前者だと思う。この状況で、私に何か行動を起こすことを求めていると考えると、筋が通るからだ。最も、自分から霊夢を殺すと言っておきながら私に行動を起こさせるのはいささか矛盾した行為のようにも感じるが、それも幻想郷の古参である紫のすること。何か意図あってのことには違いないだろう。
「…止めろよ! 別に霊夢が悪い訳じゃないだろ!?」
ようやく出た言葉は、勢い任せのたったそれだけの言葉だった。状況を打破できるだけの力もなく、紫にダメージを与えた訳でもなく。ただ、現在行われようとしていることを、語尾を強めて止めるように言っただけだ。たぶん、この言葉だけだと、現状を静止させるくらいの効果しか、ない。
「…何で、霊夢を助けるの?」
「………?」
霊夢を助ける理由…? そりゃあ、友達だからに他ならないが、果たしてそれが答えなのだろうか。もしもそれだったら話は早い。だが、ここまで来てそんな理由で霊夢を見逃してもらえるほど、紫は甘くはないだろう。しかし、そうなればここでなんと答えるべきなのだろう…。
紫は、私が答えを導き出すのを待ってはくれなかった。一瞬の殺気を残し、刺すように私を睨みつけながら、隙間の中に霊夢を抱き抱えるようにして消えていった。私も手を伸ばして引き留めようとはしたが、それも悪足掻きにしかならなかった。
霊夢が、連れていかれた。紫の言動からして、もしかしたら今頃食べられているのかもしれない。…たぶん、一呑みにされることは無い。ゆっくりと、血肉から貪られ、それでも最後には跡形も残らないに違いない。
結局私は、何もする事が出来なかった。紫の力に怯え、あらがうことをしなかった。だから、霊夢は連れて行かれた。今はもう、霊夢がどこにいるのかさえわからない。助けようにも、追うことすら叶わないのだ。紫の家も、行きそうな所も思い浮かばない。…八方塞がりだ。
私は、さっきまで霊夢が座っていた賽銭箱の横に腰掛け、頭を抱えた。さっきまで目の前にいて、ぎこちないながらも言葉を交わしていた霊夢が、ほんの数瞬の間にいなくなった。…その霊夢の暖かさが未だに石段に残っていて、改めてそのことを実感させられる。
こんなつもりではなかった。
もっとどうでも良い世間話に花を咲かせ、他愛もないことに笑うつもりだった。一体、何故このようなことになってしまったのだろう。何故霊夢はあんなに落ち込んでいて、能力が使えなくなっていたのだろうか。何故紫はいつもは仲の良い霊夢に向かって、あんなことを言ったりしたのだろう。…今日という日が、わからない。
…霊夢を助けたいが、どうすることも出来ない。それに、紫から霊夢を取り返すことも、出来るかどうかはわからない。…私は一体、どうすればいいのだろうか…。