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第4話 思いやり

「アーリスーー!!」


 …そう言えば“いつになったらノックをすることを覚えるのか”と言われたばかりだったはずだ。ということで、それも実行することにする。


「…どこに、そんなに強くおまけに連続でノックする人がいるのかしら?」


 どうやら、私が思いっ切りにドアを叩き続けたことがアリスはお気に召さないらしい。ドアの向こうから現れたアリスの顔からは、いかにも怪訝そうな感じが伺える。


「どこにって、アリスの目の前にいるじゃないか!」


 …予測通り、元々不機嫌そうだった表情か、見る見る内に険悪なものへと変わっていく。いや、呆れ顔、と言った方がいいのかもしれない。どうやら、自分の方を指さしながらステキな笑顔で言ってはみたのだが、それはなんの効果ももたらさなかったようだ。


「それにしても、アリスが直々に出迎えてくれるなんて、珍しいこともあるもんだな。

いつもドアを開けてくれるのは人形だった気がするが…?」


「へ?

べ、別に珍しくなんかないわよ!

ちょっと今日は人形たちに色々仕事させてるから、私が代わりに出ただけよ!」


 ちょっと探りを入れただけにも関わらず、アリスの焦りようときたら…。言葉を噛むくらいは許されるとしても、そんな顔を赤らめながら下向いてもじもじしてると、嫌でも嘘ついてるってバレるぞ…。

 ただ、一つ危惧しなければならないのは、アリスの言っていることが本当で、人形たちに仕事をさせているという場合である。そんな、こちらに回すほどの人形も残らないほどの仕事をしているのならば、比例してアリス自身も忙しいということになる。いくら人形が勝手に動いているとはいえ、所詮は操られて動いているだけ。つまり、アリスという頭脳を欠くと全く機能しなくなると言っても過言ではないはずだ。

 そうなれば、今日私が遊びに来たことはあまり喜ばしいことではないだろう。それどころか、作業の邪魔をする厄介者と思われてもおかしくない。とすれば、私はこのままアリスと別れるのが得策となるだろう。

 嘘なのか本当なのか…。現段階で推測した結果としては間違いなく嘘ということになっているのだが、それを元に行動を起こすのには、少しばかり信憑性が薄い。もしも私がこのままここに居座り続けるのだとするならば、アリスが嘘をついているという確証が欲しい所だ。…よし、少し“かま”をかけてみるか。


「そうか…

ならアリスも忙しいみたいだし、今日の所はおいとまするぜ!」


 その言葉を言い終わるか終わらないかの時には、アリスの顔の赤らみは消え、普段の肌の色に戻っていた。ただ、先程よりも明らかに表情が焦っているし、反論する前に数回口をパクパクさせたのも見逃してはいない。…既にこの段階で、私の中の嘘発見器は激しく反応していた。


「っな…!?

そんなにあっさり帰るなんて、魔理沙一体どうしたの!?」


 アリスの、まさしく予測通りの焦りよう。甲斐があると言うと語弊があるのかもしれないが、かまをかけたのだからそれくらいの反応の方が見ていて楽しい。


「え? そんなのもちろん嘘に決まってるだろ?

と言う訳で、勝手に上がらせてもらうぜ?」


 そう言いながら、あたふたと戸惑っているアリスの頭をポンポンと叩く。

少しウェーブがかった髪はさわり心地が柔らかく、気持ちがよい。

本人がどのように思っているのかはわからないが、少し強めにかかっているウェーブは、アリスらしさを引き出していると思っている。そんなことを思いながら、私は日頃と同じように部屋に入った。もしかしたら本当に用事があって忙しいのかとも思ったが、私が部屋に入っても文句一つ言わないので気にしないことにした。


「…で、今日は何しにきたの?

また読書?」


 各々がいつものソファに腰掛けると、いつの間にか落ち着きを取り戻しているアリスが聞いてきた。

 まぁそう聞きたくなるのも無理もない。私が誰かの所を尋ねるときに許可を取ることなんて極稀にしかない。もしかしたら、極稀どころか許可を取ったことなど一度もないのかもしれないが、それすらも覚えていない程私は自由に人を尋ねる。これは、アリスでもパチュリーでも、霊夢ですら同じことで、尋ねられる側からしてみれば、唐突すぎて迷惑なことこの上ないだろう。


「この家に泊まりに来た」


 アリスの口があんぐりと開く。そりゃあ、目の前に座っている人間が、自分が質問をしたとはいえ、その答えがいきなり“泊まる”なんて突飛なものだったのだから、そんな表情になっても無理はない。…でも、泊まっても良いみたいなことを言っていたのはアリスだし、そこまで突拍子もない話ではないはず…である。


「泊まるって……ここに?」


「そうだぜ?

ちゃんと着替えも持ってきた」


 眉間にしわを寄せ、溜め息をつきながらうなだれるアリス。そこから流れ出る雰囲気は、無茶苦茶を言われて困っていると言うよりは、呆れて物も言えないと言った感じだろうか。とりあえず、先程から呆れられ続けているみたいだし、あまり歓迎されている様子ではない。


「…なんで、このタイミングなのよ。あまり食材も残ってない上に、部屋も片付いてないのに…」


 前言撤回。呆れているのではなくて、頭の中でシナリオを組んでいる途中のようだ。その様子を見るに、とりあえず泊まることに問題はなさそうである。


「まぁ気休めかもしれないが、来る途中にキノコなら取ってきたぜ?」


 その瞬間、アリスの表情が一瞬にして強ばった。先程の曖昧な表情とは違い、明らかに忌避したがっていることが見ただけでわかる。

 …確かに私は魔法の研究で魔法を使うし、かなりアブナイ実験もキノコを使っているから警戒されても仕方ないと言えば仕方ないが…。それでも、他の人にあげたり、自分たちが食べたりするものくらいは、安全なものを選んでいるつもりである。日頃が日頃とはいえ、もう少し信用してもらいたいものだ。

 そんなことを考えていたら、どうやらそれが表情に出てしまったらしい。アリスが少し慌てながら二言三言謝罪の言葉を述べている。私は手を伸ばして未だに続くアリスの謝罪文を遮り、黙った所を見計らう。


「大丈夫さアリス。今日はちゃんと食べられて、しかも美味しいキノコだけを採ってきたから。それに調理も私がやるぜ。アリスのキノコ嫌いを治してやるよ」


 実際にアリスがキノコを嫌っているのかはわからない。

だが、少なくとも研究にキノコを使うことはないようだ。それに従い、キノコと接する時間も短いようで、どうにも抵抗が大きい部分があるようだ。“キノコ嫌いを治す”と大口を叩いてはみたものの、本当にアリスの気に入る料理が出来るのかはわからない。ただ、キノコ料理に関しては私は自信を持っている。


「いや、別にキノコは嫌いじゃないし。どちらかと言えば、種類によっては好きなんだけど…

魔理沙がキノコと関わると、ろくなことがないからなぁ…」


 …やっぱりそこか。“私+キノコ=危険”という方程式が、どうやら幻想郷には蔓延しているらしい。確かに実験は失敗することが主であるし、そのせいで大爆発が起こったり辺りに紫煙が立ちこめることもままあるが、それはあくまで実験の話である。何とも、思いこみとは怖いものだ。


「大丈夫だって! もしも私が作るキノコ料理が危ないなら、既に私はもう冥界で幽々子の世話になってるって!

もうそろそろ飯の時間だし、キッチン、借りるぜ?」


 私はそう言い残し、奥にあるキッチンを目指した。後ろからアリスが何かを言いながらついて来ているが、いつものことだし特に気にすることもないだろう。

 ざっと手を洗い、流しに採ってきたキノコを移す。念のためにもう一度食べられるキノコかを確認してみたが、どれも問題ないものばかりで、安全だと言い切れる。私は服の紐を締め直し、料理の邪魔にならないようにすると、キノコを洗うことから始めた。

 その横で、なにやらアリスもごそごそと何かを作っているようだ。どこからか大きな鍋を引っ張り出してきて、水やら何やらを入れて火にかけている。


「アリスも何か作るのか?」


「押し掛けてきたとはいえ、お客様には違いないでしょ?

任せっきりにするのも悪いし、私にも少しくらい料理を作らせてよ」


 確かに、自分の家で客人にご飯を作らせるだけ作らせるのも、やりづらく感じられるのかもしれない。


「アリスは何を作るんだ?」


「一応、汁物を作るつもりだけど」


「そうか、なら頼んだぜ!」


 そんなこんなで、アリスとちょこちょこと協力しながら、二人分を軽々と超す量の料理が出来上がっていった。結局アリスも汁物を作るとか言っておきながら他の物まで作り出すし、私も調子に乗って作りすぎたせいか、この量は流石に一食では食べきることは無理だろう。十中八九、明日もこれらの料理の処理をしなければ、無くなることはまずないだろう。



「…作りすぎたな」


「…作りすぎたわね」


 テーブルに料理を運び、席について後は食べるだけなのだが、テーブルから溢れんとばかりに並ぶ皿に少しばかり圧倒される。それでも、食べなければ何も満たされることはないし、減ることもない。とりあえず、目の前に置かれた椀に入ったスープを啜る。

 スープは透き通っていて、今までにおったこともないような香りが放たれている。多分、香りからしても見た目からしても、私が未だ飲んだことのないスープではあるのだろうが、食欲を増させるような、とても良いにおいである。味についても同じだった。未知ではあるものの嫌悪感は湧かず、むしろもう一口飲みたいと思わせる。そんな、どことなく不思議さを感じるスープだ。


「一体このスープはどうやって作ったんだ?」


「このキノコは、どうやって調理したの?」


 お互いに、質問がぶつかりあう。

魔法の研究をするときでもそうだが、私たちはこうして意見を素直にぶつけあうことが多い。

今回は厳密に言えば意見がぶつかっている訳ではないが、思ったことをストレートにぶつけていることに違いはない。

ただ、料理のような個々の個性が出やすいものをお互いに披露するような形となったために、もしかしたら相手の以外な一面を同時に見つけてしまったのかもしれない。少なくとも、私はアリスの料理の上手さに正直驚いた。口には出さないが、料理の腕を少し見くびっていただけに、申し訳ないという気持ちが心を過ぎった。



 そんな、楽しくも騒がしい食事もあっという間に終わってしまった。予想通り、ご飯は余ってしまったが、それでもこれくらいならあともう一食で無くなってしまうだろう。

 ひとまず片付けも終わり、一段落ついた。料理がなくなった机の上には紅茶のセットが置かれ、暖かな湯気を立てている。今はとりあえず、食後のティータイムとでもいったところだろうか。


「…さて、食事も済んだことだし、今からは何をするの?」


 眉間にうっすらとしわを寄せながら紅茶を啜るアリスが聞いてきた。“眉間にしわ”といっても、原因は見当がつく。紅茶が口に合わないのだ。…そんなに嫌なら別のを買えばいいのに。まぁ私はこれが好きだから文句も言わないが…。


「読書。アリスが本を貸してくれない以上、ここで読むしかないからな」


 そこまでいうと、私は帽子の中に隠していた本を取り出してぱらぱらとページをめくる。もちろん、本はこの間ここで途中まで読み解いたあの難しい本だ。

 記憶を頼りに、しおりを挟んだ場所を探す。確か、そこまでは読み込んでなかったはず……あった!


「……魔理沙。一体いつの間に本を取ったの?」


「ん?

この家に来てすぐだぜ? やっぱり、狙いの品は初めに狙わないとな!」


「はぁ…

手癖の悪さだけは直らないのね」


 …まぁ、その手癖の悪さが私の取得だったりするのかなぁ、とも思う。いや、決して褒められたことではないが、何か他の良いことに役立てることは……無理だろうなぁ。


「そんな堅いこと言うなよアリス〜

別にそのまま持って帰るって訳じゃないんだからさ」


 そんな会話を続ける内に、アリスは溜め息をつきながら席を立った。その姿がどこか悲しげに感じ、思わず目で後ろ姿を追ってしまう。

 だが、私の心配は見事に空振りに終わった。何せ、アリスが向かった先が本棚で、一冊の本を抜き取って帰ってきたからだ。つまりは、アリスも読書タイムに突入するようだ。それなら、私も引け目を感じることなく本を読み耽ることが出来るな。

 アリスが本を開いたことを確認してから、私は膝の上に開いた本に目を落とした。相変わらず難しいことに変わりはない本だが、前に読んだ時から少し間が開いたからか、幾ばくか読みやすくなっている気がする。それに気を良くした私は、あっという間に本に没頭してしまった。



「……!」


 首から、何か嫌な音が響いた。ふと時間が気になり、時計を見るために顔を上げた時に、どうやら首の関節に不都合が生じたらしい。笑って済ませられることならば大声で笑い飛ばすが、こればかりはそうはいかない。仕方ないので、首のストレッチをすることにする。

 ストレッチをしながら時計を見ると、日付変更線を優に過ぎていた。そう言えば“暗くなったから”と言ってアリスがろうそくに火を灯したのも、もう大分前の話だ。そのろうそくも今では背もすっかり低くなり、役目を果たそうとしている。…いくら集中していたとはいえ、こんな時間まで気付かないとは。自らに感心もするが、少し呆れている気もする。


「アリ………」


 共に読書をしていた人の名前を呼ぼうとしたが、止めた。無論、そろそろ寝ないかと声をかけようと思ったのだが、その心配もいらず軽い寝息を立てながら眠るアリスの姿があった。本が膝の上に開きっぱなしになっていることから、どうにも眠気に耐えられずに眠ってしまったといったところだろうか。

 気持ちよさそうに寝ているが、時刻は深夜。温度も下がり、段々と冷え込んできているのを肌で感じる。もしもこのまま放っておいたら風邪を引きかねない。

 私は極力音を立てないように玄関へと向かい、そこに立て掛けてあった愛用の箒を手に取る。そして家の中をゆっくりと飛行し、元いた部屋に戻ると静かに床へと着地した。

 そのおかげか、アリスは先程と何も変わらない格好で眠っていた。これを起こさずに運ぶのはかなり骨が折れるだろうが、まぁ箒の力を併用すれば、何とか出来ないこともないだろう。それに、アリスは一度寝るとなかなか起きることはない。別に早起きが苦手という訳ではないようだが、こうした時にいくら起こしても起きないのがアリスである。多分、起こさずに運べるはず。

 少し投げやりに前に出された足の膝の裏の部分に、そっと箒の柄を通す。そして箒を左手で持ちながら右手をアリスの背中に回し、抱くようにして重心を前へと持ってくるようにして、慎重かつ素早く、アリスの体を抱き上げた。

 箒の浮力でアリスの下半身を持ち上げながら、バランスを見て上半身にも浮力がかかるようにする。それにより、私にあまり負荷がかかることなくアリスを持ち上げることが出来た。肝心のアリスだが、予測通り気持ちよさそうに寝息を立てている。後は、この調子で静かにベッドまで運ぶだけだ。

 アリスの家の構造は、家捜しをした時に念入りに調べたためによく知っている。あれから部屋の構造が変わってないならば、このドアを出てすぐわきの階段を上った所にある部屋が寝室だったはずだ。

 歩くという、ごく当たり前の行動に全神経を注ぐ。だが、別にそこまでせずとも、アリスが起きても特に問題は起こらない。“あ、起きた?”と一声かけて、そのままそれぞれ就寝すれば良い話である。それでも、始めてしまったからには最後までやり抜きたいと思うのが私の性。それに従い、爪の先まで神経を集中させ、二階を目指した。

 こういうことをしていると、なぜ自分は飛べないのだろうと考えてしまう。

細かく言えば飛べないこともないのだが、それは箒の力を借りての話。私単体では、空を飛ぶどころか高速で移動することすらままならない。とはいえ箒があれば移動で困ることはないし、速度も幻想郷の中でも上位に入る自信がある。…それでも、こういうことをするときには、私も飛ぶ能力があれば良いのに、なんて思ってしまう。

 まぁ、アリスやパチュリーはれっきとした魔法使いな訳で空を飛ぶ方法か魔法を知っているのだろうし、妖怪に関してはそもそもの構造が人間とは異なる部分も多いと思うので比較しても意味はないだろう。

 ただ、同じ人間という立場にありながら空を飛べる能力を有する人間がいる。…霊夢だ。

 彼女の能力は、空を飛ぶこと。少し難しく言えば、彼女は重さという重さに干渉されない。重力はもちろん、いかなる重圧や脅迫にも屈することはない。だからこそ、博麗の巫女という大役が務まるのかもしれないが。

 別に、私がそれに嫉妬している訳ではないと思う。それが彼女の能力である訳だし、私は空を飛べない代わりに魔法を使うことが出来る。おあいこと言えばおあいこだ。…と思ってみても、私だけ飛べないというのは、少し寂しかったりもする。


 そんな自分の世界に浸る内に、寝室の前にいつの間にやら到着していた。全く意識していなかっただけに少し焦りはしたが、アリスの寝顔を確認して、安心することができた。

 ここまでくれば、後はベッドまで運んで寝かせるだけだ。そんなに難しいことではない。

 足を使ってドアノブを回し、ドアを開く。

いつぞや人の前でこれをやった時には、“どれだけ器用なのか?”と聞かれたこともあったが、私からしてみればなぜ足で開けられないのかが疑問である。

…そんなことはさておき、部屋の片隅に置かれたアリスのベッドに、静かにアリスを寝かせる。抱き上げる時とは違いアリスの体勢が後方にずれるために、ゆっくりと寝かせるには骨が折れる。だが、その苦労のおかげか、アリスは最後まで目を覚ますことはなかった。そんな気持ちよさそうな寝顔を一通り鑑賞した後、掛け布団をかけて私は寝室を後にした。


 私は一階に戻り、今まで座っていたソファに深々と腰掛ける。そしてその勢いのまま横になった。このソファは横幅が広く、寝っ転がりやすい設計になっているのだと思う。大きさとしても三人掛け用の大きなものなので、一人が寝るには余るほどの大きさがある。とりあえずアリスの家には客間がないので、私はここに眠ることにした。

 足を胴体に寄せ、丸くなるようにして体勢を固める。布団の代わりとして、着ていた上着を脱いでそれを掛けることにした。着たままでも十分暖かいのだが、なぜか掛けた方がより暖かい気がするのだ。


 少し時間が経ち、眠気に意識を持って行かれそうになり始めた頃、とある出来事の記憶が唐突に思い出された。

 あれは、博麗神社で酒を飲んでいた時だったと思う。確か、桜が綺麗だから、みたいな理由で私が飲もうと無理矢理誘ったのだ。いつも通り、その日も渋々ながら霊夢は誘いに応じて、二人で白昼堂々酒をあおっていた。私も霊夢も酒においてはかなり強い部類にあたる。白昼堂々飲み始めても、終わりを迎えるのは結局深夜ということはざらだ。

 ただ、その日は私の体調が悪かったのか、夜が更け始める頃に酔いつぶれてしまい、私は寝てしまった。当然、その頃の記憶なんて無いに等しい。というよりも、記憶なんてものはその数時間前から喪失してしまっているのだが…。

 そんな私の記憶は、真夜中にふと目を覚ました所から繋がる。

大量の酒を飲んでいた為か、喉が乾いて目を覚ましたのだ。私は未だ酔いが残るふらつく足で台所へと向かった。流しまで何とかたどり着き、コップに水を汲んで一気に胃へ送り込む。その冷たい感触が、火照った体には気持ちよく、残っていた酔いを吹き飛ばしてくれた。私は大きく一息つくと、残っていた水を飲み干して部屋へと戻ることにした。

 この辺りで、何かの違和感に気付く。“私はどうやって布団までたどり着き、寝たのか”と。もちろん、酔いつぶれた私が自らの力で動いて布団など敷ける訳がない。となれば、霊夢が運んでくれたとしか考えようがない。

 霊夢は、この博麗神社に一人で暮らしている。

まぁ一人といえども、私が来たり様々な妖怪が来たりと、なかなか賑わっていることから、寂しいということはないだろう。ただ、集まる者全てが賽銭を入れないのが問題なのだろうが…。ただ、そんながやがやとした博麗神社も、霊夢が寝る夜には誰もいなくなる訳で、神社には寝具が一式しかない。正確にいえば、その日に寝具が一式しかないことを知った。

 酔いが覚めた私は、帰り道の廊下を歩きながら、ふと今日の飲み会の会場となった部屋を覗いた。

昼から飲んでいると、流石に酒瓶や皿などが大量に出てくる。私の最後の記憶もそれに違わず、かなり散乱した部屋となっていたはずだった。だが、その時には綺麗さっぱり部屋は片付いていて、飲み会があったなんて痕跡は一つも見当たらない。何事も無かったかのように家具が整然と並んでいるだけだった。

 まさか、霊夢はあれだけの酒を飲んでおきながら、片付けまでこなしたのだろうか…。いまいち信じられないが、この部屋の様子を見る限り、それは疑いようもないことだろう。…そう言えば、さっき台所に行った時には、流しには皿一つ残っていなかった。ということは、皿を下げるだけに留まらず、洗い物までやってのけたのか…。

 そう思った時に、申し訳なさが心に浮かんできた。自分から誘っておきながら、片付けすら押し付けて自分だけ寝ているなんて…。だが、後悔しても仕方がない。とりあえずさっきは霊夢の好意に甘えるしか無かったのだ。…何か、後で私に出来ることを探そう。

 そう決めた時に、一つの疑問が浮かんだ。一体今、霊夢はどこにいるのか。台所にも、飲み会会場にもいなかった。そして、今現在人が動いているような気配がない。つまり、寝ている可能性が高いということだろう。ならば、どこで寝ているのだろうか。

 博麗神社はそこそこに大きい建物だが、実際の居住空間はそこまで広いものではない。寝るところといったって、場所は自然と限られてくる。つまりは、私がさっきまで寝ていた部屋、あそこしか思い浮かばない。確か霊夢もそこで寝ていると言っていた気がするし、布団があることが何よりの証拠だろう。わざわざ重たい布団を、しまってある部屋から別の部屋に移すとは考え難い。

 そんなことを考えていると、私はいつの間にかさっきまで寝ていた部屋の前まで戻っていた。諸々の疑問が解決せぬまま、私は部屋のふすまに手をかけ、開いた。

 部屋に差し込む月明かり。それはぼんやりとしたわずかなものだったが、暗闇に目が慣れた私には十分すぎる光だった。その光で見えたのは、部屋の片隅で小さくなって寝ている霊夢の姿だった。

 いくら季節が春とはいえ、まだ夜の気温は低い。特にその日は雲一つなく、一段と冷え込んだ日だった。そんな中、畳の上に雑魚寝をし、何かの服を布団代わりに眠る霊夢の姿はとても小さく、物悲しくも見えた。…私が寝ていた布団は、霊夢のものだったのか。そう思うと、今までに輪をかけて申し訳なく感じてしまう。私なんてほっとけばよかったのに、とその時に何度思ったことか。ただ、やっぱり後悔は先に立たない。いくら嘆いた所で、現実が変わることはないのだ。

 私は掛け布団を霊夢にそっとかけてあげた。霊夢を布団まで運ぼうかとも思ったが、それで起こしてしまうのも悪い気がする。私には、これくらいしか霊夢にしてあげられることはなかった。


「ぅ…ん…?」


 …まずい。霊夢が目を覚ますかもしれない。なるべく優しくかけたはずだったが…


「魔理…沙…?

うん…あったかい…ありがとう…」


 そう言って、霊夢はまた寝息をかきはじめた。

 ………正直、この言葉には、こたえた。申し訳なさなんて通り越して、今すぐ大声で謝りたい感覚にさえ陥った。

 こんな、自己中心的に動いているやつにありがとうなんて、そんな言葉が似合うはずもない。もっと厳しく、状況が状況のだけに辛辣な言葉を言われても仕方がない。それなのに、“ありがとう”なんて言葉は反則だ。それを言われると、もう一言すら言葉を返すことも出来ない。その後、私はうなだれることしか出来なかった。


 …結局、私はその後敷き布団にくるまって寝た。特に暖かくも無かったが、寒くも無かったのを覚えている。



 今、霊夢が私にしてくれたことを私がアリスにやってあげている。いろいろと違っている部分はあるが、それでも本質にそこまでの違いはないだろう。

 …もしかしたら、私も少しは成長しているのかもしれないな。

 そう考えると、思わず笑みがこぼれた。それが嬉しさを表すのか、それとも何を表すのかはわからないが、多分今の私は本当に良い表情で笑っているのだと思う。その笑みが顔から抜け終わる頃、私は襲いかかってくる睡魔に負けたのだった。

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