09.お腹が空きました。
フワッと意識が遠のき、次に目を開けると自分の合わせている手が目に入った。
顔を上げると猫耳の像、それから大きなステンドグラス。室内は来た時よりも少し薄暗い。
私以外誰もいない。
「変装をした方がいい」
「え?」
声がした方に顔を向けると、大型犬が一匹。
「え!? もしかして凪!?」
「俺以外何に見えると言うんだ」
呆れ顔を向けられ、誤魔化すように笑った。
いや、だってサイズが……。
「どっちが本当の大きさなの?」
「さっきの大きさが本来の姿だ。 あの姿のままではここでは目立つだろ」
「じゃあこの世界にいる時は今の大きさのままいるってこと?」
「基本はな。 必要とあらば元に戻る。 そこは臨機応変にやっていく」
おー、気持ちがいい程凛々しい受け答え。なんとも言えない安心感がある。
バッグの中からウィッグを取り出した。茶色のロングヘアのウィッグだった。よく見ると少しピンクがかってる?ピンクブラウンかな。企業勤めの人だと染められないくらいの明るさ。
本当だったら地毛をまとめて中に入れ込まないといけないんだろうけど、鏡もヘアピンもないし、家に帰るだけだしと思い、取り敢えずかぶるだけにした。
「ねぇ、変じゃない?」
「問題ない」
「本当に? 本当に変じゃない?」
「問題ないと言っているだろ」
鏡がないので凪に確認してもらった。安心感はあるし頼りになるけど、こういう時はいまいち信用できない。
大学生の頃、一度だけ明るい茶色に染めた事がある。その時物凄く違和感を感じて、落ち着かなくて直ぐに黒髪に戻した。その時以来、髪の毛を黒以外の色にした事はない。
「帰ろっか」
凪と一緒に教会を出ると、空は茜色に染まっていた。この世界で見る初めての夕陽。
それよりお腹すいた。
お腹に手を当てると、グルグル鳴っていた。
「そういえばご飯ってどうしたらいいんだろう……この辺お店とかあるのかな?」
「オクタヴィアン様が食料は家に用意してくれているはずだ」
「そうなの? それなら良かった」
帰り道、街の人にちらほら会ったけど、今度はちゃんと挨拶してくれた。驚く事なく普通に。『見ない顔だね』と言ってれる人もいた。
見た目って大事。
郷に入れば郷に従えとはよく言うが、こういう事なのかもしれない。
「ただいまー」
_シーン……。
ま、返事が返ってこないのは当たり前なんだけどさ。それでも1人だったら寂しいって思ってただろうな。
しゃがんで凪の首に手を回し抱きしめた。
「凪がいてくれて良かった。 オクタヴィアンさんに感謝だよ」
「一度断った奴がよく言うな」
「本当は喉から手が出る程魅力的な提案だったよ? 「いいんですか!?」って言っちゃいたいくらい。 でもね、凪を無視して話を進めたって私たちの仲が上手くいくとは思えなかったから」
体を離し、床に両膝をつけたまま凪と向き合った。
「俺自身と向き合おうとしてくれる姿勢を気に入ったんだ」
美しく、そして凛々しくかっこいい凪は、サイズが変わろうと変わらなかった。
「改めて……これから宜しくね」
「あぁ、宜しくな」
「よし! ご飯食べよう! 凪は何でも食べれるの?」
「俺は食べられるものなら何でも食べる」
好き嫌いがないって素晴らしい。私はどうしても玉ねぎが苦手で、大人になっても克服できなかった。調理方法によるんだけどね。生は絶対無理。
あれ?犬って玉ねぎダメなんじゃなかったっけ?って、そっか。今は大型犬にしか見えないけど、凪は狼だった。
「凪は適当に寛いでてね」
凪は暖炉前のマットの上でのんびりし始めた。
今は半袖でちょうどいいから、暖炉は使う必要がない。寒い時期になる前に暖炉の使い方を覚えよう。
広々としたアイランドキッチンの周りには、見慣れた家電製品が並べられていた。
冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、ポット、トースター、そしてオーブンまである。
食料用意してるって……まさかね……。
冷蔵庫を開けると文字が現れた。
【冷蔵庫の中は時間の経過がありません】
それってすごくない?買ったものを腐らせる心配がないって事でしょ?経済的にも大助かり!
冷蔵庫の中には食材がたくさん入っていた。そしてやっぱり思った通り、出来合いの物はひとっつもなかった。
私料理苦手なんだよね……いい思い出もないし……。
_グゥゥゥ〜。
そんなこと言ってる場合じゃないか。お腹空きすぎてやばい。それにこんだけお腹すいてるんだったら何食べても美味しいはず。
食料はオッケー。調味料とかキッチン用品はどこだろ。
棚や引き出しを開けたら、調味料、キッチン用品、食器類全て揃っていた。品揃えも豊富で、もう1人の女の子はちゃんと料理する子なんだろうなと思った。だって圧力鍋まである。私は使い方がさっぱり分からないので、それは最初から選択肢から外れてる。
料理できない人の定番といえばこれでしょ。ってことでフライパンを出した。