xx.幻月
美桜を病院に連れて行った帰り、幻月の4人はシモン、マルティナ宅に集まっていた。誰もが疲れ切った顔をしているが、帰るわけにはいかなかった。
誰かが「話をしよう」と言ったわけではないが、話をしなければならないと誰もが思っていた。
「何飲む? 取り敢えずお酒でも飲んどく?」
「酒なんて飲む気分じゃねーよ」
「そうよね」
「そうだな」
「そうですね」
ラウルは大きなため息を吐きながらソファーに身体を沈めた。
重い空気が流れる。
「……ミオの髪の毛見たわよね?」
重苦しい空気を破ったのはマルティナだった。
「黒、でしたね。 それにミオさんがコレールバードに触れた瞬間、一瞬にして淀んだ空気が綺麗になりました」
「今思えば納得する事ばっかだな」
「ラウルの事を黒猫と言ったな」
「私たち獣人を初めて見た様な目をしてたわね」
「冒険者の事も何も知りませんでしたね」
冒険者ギルドはどの国にも必ず一つは存在する。生活の一部であり、成長しながら大抵のことは知っていく。美桜の様に何も知らないのは貴族の令嬢、もしくはお姫様くらいだ。
「アンガーバードを目の前にして、ミオは震えていた」
「そうですね……」
「あの子……あぁいう場面、初めてだったんじゃないかな……」
「でもあいつ、アルカンシエルを抜けて来たって言ってたぞ」
「え!? あのアルカンシエルですか!?」
アルカンシエルの森は基本ベテランの冒険者しか足を踏み入れない。瘴気が広がってからはそのベテランの冒険者でさえ、足を踏み入れるのを躊躇っていた。
「アルカンシエルの瘴気が消えた……と言っていたのはいつぐらいだった?」
シモンの問いに皆の視線がぶつかる。マルティナは頭を抱えた。
「確かミオと初めて会った時くらいよね」
「あいつ宿も決まってなかったし、ギルドも初めてみてーだったし……入国したばっかだったよな」
「アルカンシエルの浄化をしてから入国したって事ですよね? その時は問題なかったんでしょうか……?」
「あの凪と一緒だったんだ。 うまくやったに違いない」
「って事はよ、俺らがいなけりゃあいつ怪我してなかったのかもな」
ラウルの言葉にまた空気が重くなる。
「どうして……冒険者になんか……聖女様が……どうして……」
テオは涙ぐみながらそう言った。悔しそうに歯を食いしばり膝の上で拳を握る。マルティナはそんなテオの隣に座り、背中に手を当て寄り添った。
普通であれば国に保護され、大事に扱われる筈の聖女が何故危険な職業である冒険者になったのか、謎だった。
「事情があるのだろう」
「そうね」
「……ギルマスにはこのまま報告はしねー」
「ラウルさん……」
「だってよ、ミオ本人が言ったわけでもねーしな」
みなが頷いた。
「一つ気になるんだけど……」
「何だよ」
「聖女様ってアルファード王国に居るんじゃなかった?」
誰もがハッとした。アルファード王国が聖女の召喚に成功したという、いつかの記事を思い出したからだ。
「あいつ、もしかして逃げて来たのか!?」
「それか聖女が2人居るのかもしれないな」
「え!? 聖女様が2人なんて聞いた事ないですよ!?」
「どっちも憶測に過ぎねーけど、どっちもありえる話しなんじゃねーの?」
「確かにそうね。 仮に逃げ出してるとしてもアルファード王国はそんな事知られたくないでしょうから、絶対に秘密にすると思うわ。 それに聖女様が2人居るとして、もしかしたら1人はアルファード王国、そしてミオは違う場所に召喚されたのかもしれない」
「となると、アルファード王国以外にも聖女召喚の儀を行った国があるかもしれないな」
「可能性が色々あるって事ですね……僕たちに出来ることはないんでしょうか?」
暫しの沈黙が流れた。
ラウルは背中を起こし、ソファーにもたれかからない様座り直した。
「今まで通りで居てやることだろうな……」
「そんな……微力ながら浄化のお手伝__」
「テオ、私たちがいたところできっと足手纏いにしかならないわ」
「一緒にいる凪は俺たちとは比べ物にならない程強い。 あの禍々しい程の力、その上言葉を話すんだ、ただの魔獣ではないだろう。 それ程の強者と肩を並べられるほどの力は今の俺たちにはない。 旅を共にしたところで守られるだけの存在となるだろう」
テオの気持ちが分からない訳じゃない。それでも自分たちの力量が分かるからこそ、今できる選択肢は一つしかない。
みな誰もが悔しい想いを抱く中、人一倍悔しさを募らせているのはラウルだった。リーダーとして危うくチームを全滅させるところだった。そして美桜に大きな負担をかけ、危ない目に遭わせてしまった。自分一人では仲間を守る余裕もコレールバードに攻撃を仕掛ける余裕もなかった。コレールバードの攻撃を交わしながら、周りの魔物を薙ぎ払うだけで精一杯だった。
「今は今まで通りするしかねー……そうするしかねーけど、あいつが助けを必要とした時、そうじゃなくても力になれる様に、俺はもっと強くなる」
その言葉にみなが力強く頷いた。




