42.ボロボロです。
身体どころか、瞼さえもいうことを聞かない。もうダメだ……そう思った時、アンガーバードが真っ二つに引き裂かれた。
目の前には大きな背中。逞しく太い腕の先には大剣が握られている。
「ミオ、助かった。 後は任せてくれ」
低く落ち着いた声は力強くも聞こえた。
「シモン、さん……」
薬を飲んだ時凄く辛そうな声を出したからもう助からない…遅かったのかもって思った。
「結界は僕が張ります。 ミオさんは安静にしていて下さい」
直ぐ隣にはいつの間にかテオさんが居た。こっちまで青ざめてしまいそうな程酷い顔色だったのに、その顔はスッカリ良くなっている。
私たちを包み込む様に結界が広がっていく。私の結界とは違い、四角い形をしている。
__っ!マルティナさんは!?
振り返ると地面に座り込んだマルティナさんは疲れきった顔で微笑んだ。
「ヴ__っっ!」
マルティナさんの側へ行こうと立ち上がろうとしたら、あまりの痛みに動けなくなった。怖くて触れられない左手が右腕の直ぐそばで震える。
歯を食いしばっても痛みは誤魔化せない。泣きたいわけじゃないのに、溢れる涙。
“「美桜、まだやれるな?」”
凪!
頭の中に凪の言葉が流れ、顔を上げた。少し離れた場所でどんどん集まってくるアンガーバードや他の魔物を相手にしながら、コレールバードを相手にしているラウルさんのサポートもしてくれている。
本当は私が頑張らないといけない使命なのに、凪も一緒に頑張ってくれてる。ううん、今はまだまだ未熟で、私以上に凪の方が頑張ってくれてる。危ない事も大変な事も引き受けてくれてる。
「アァァアアアァッッ!!!!」
「ミオさん!?」
痛みを誤魔化す様に気合を入れる様に声を張り上げ立ち上がった。
痛くなんかない!大丈夫!こんなのかすり傷!!気にしたら負け!!
私には夢がある!世界中の浄化をさっさと終わらせて結婚するんだから!
「テオさん!」
「は、はい!」
「結界の外に出るとしたら、一度結界を解いてもらわないとダメですか?」
「いえ、この結界は魔物を通さないだけで人は出入り自由ですけど……まさか出る気じゃないですよね!?」
「まだやる事がありますから」
テオさんには正気か!?みたいな顔をされた。
マルティナさんのところへ行き、体力回復と魔力回復のポーションを渡した。怪我もしてるからと思い、再生のポーションも渡そうとしたら掌で押し返す様に断られた。
「一気に3種類のポーションを飲むとどんな副作用が出るか分からないし、今は身体の傷よりも体力と魔法を使えるだけの魔力を回復させたいから、この2つにしておくわ。 それに再生ポーションは傷を癒す時に酷い痛みを伴うからね」
それでシモンさんはあんなに辛そうな声を漏らしたのか。
「再生ポーションはミオが飲んだ方がいいわ」
「その激痛がどれくらいのものなのか私には全く分からないので、飲むのは全てが終わってからにします」
マルティナさんさ困った様な顔をしながら2つのポーションを飲み干した。少しずつ顔色が良くなっていく。息をする度大きく動いていた肩も徐々に小さな動きになっていった。
「これで腕を縛ってもらえませんか?」
「…分かったわ」
「ッッ__」
渡したハンカチで右の二の腕をギュッと縛って貰った。直接傷に触れた訳じゃないのにこの痛さ……今までは転んで膝をすりむいたくらいの怪我しかした事ないけど、その時の痛みとは比べものにならないくらい痛い。
「マルティナさんとシモンさんにお願いがあります」
「私たちに出来ることなら。 シモン!!」
魔物の相手をしてくれていたシモンさんが結界の中へ入ってきた。
「マルティナさん、シモンさん、私たちの援護をお願いできますか?」
「どういう事だ」
「瘴気の素になっているコレールバードを浄化できれば、他の魔物は今程厄介な存在じゃなくなるでしょう? なので先ずはコレールバードを倒したいんです」
「浄化ってミオさん……」
「私と凪が浄化、そしてラウルさんが討伐できるように助けて頂けませんか」
「当たり前じゃないの! そんなのお願いされなくたって守るわよ。 今度はちゃんとミオを守るわ」
「ラウルと凪にも手出しはさせない」
「僕は3人を守るマルティナさんとシモンさんを守ります」
マルティナさんの手が頬に触れ、泣きそうになった。けどグッと堪えた。
「皆さんのこと頼りにしてます」
頭を下げ、凪の方へと向き直った。
「凪っ!!」
大きな声で名前を呼ぶと、凪は魔物を倒しながら私の方へと走ってきた。私も結界を飛び出し走った。向かってくる魔物はみんなが倒してくれる。
凪の背中に跨り、不安定ながらも左手だけでなんとか体勢を保った。
「あれだけ瘴気に呑まれた魔物相手によくやっている」
「ラウルさんじゃなかったら街も酷い被害にあってたかもしれないね」
ラウルさんとの距離を縮めながら大きく息を吸った。
「ラウルさん!!!!」
その息を勢いよく吐き出すように名前を呼んだ。
「ミオ!! おま__」
「話しは後です! ラウルさん、私がコレールバードを__」
「浄化するんだろ?」
今度は私が話を遮られた。
「俺は獣人で人間より耳が良いんだよ。 お前らの会話なんざ筒抜けなんだよ」
こんな状況でもいつも通りなラウルさんに安心した。
「それなら話が早いです。 浄化した後お願いしますね」
「あぁ、任せとけ」
「行こう、凪」
凪のスピードが加速する。身体を安定させる為身を低くした。右手は力が入らなくて、風にいいようにされている。
「コレールバードに近づくのに風の力を使う。 それでも避けられれば届かないかもしれない。 その時は__」
「その時は跳んででも触ってみせる」
「必ず受け止める」
「信じてるよ」
「あぁ、任せておけ」
凪が飛び上がると同時に突風が舞い上がり、跳ぶよりも先に空に投げ出されてしまいそうだった。
コレールバードの身体が僅かにさがり、距離を取られる。完全に届かなくなってしまう前に!!
立ち上がるのに片手だけじゃどうしてもバランスが取れなくて、痛くて使いたくない右手を身体を支える為に使った。グッと奥歯を食いしばり、凪の背中を踏み台にして跳び上がった。
足首迄は手が届かなかった。けど、指にギュッとしがみついた。身体は宙ぶらりんで今にも振り落とされそう。
「じ、じょ、浄化!!!! う、あ__っ!?」
落ちる!!
落ちていく私とは逆に、ラウルさんは空に向かっていった。獣人の身体能力はやっぱり凄いんだ……と能天気に考えてしまった。すれ違う時はとてもスローモーションで、不思議な感覚だった。事故に遭った人とかが全てがゆっくりだったって言ってるのって、こんな感じなのかな。
背中に温もりを感じ、身体に柔らかな感触。なんだかホッとして力が抜けていく。
ラウルさんが手に纏っていた大きな炎がコレールバードに直撃する……そう思った時には視界も意識も途切れてしまっていた。




