39.不安と覚悟の狭間です。
楽しい食事会の次の日、私は凪と一緒に森に来ていた。一定範囲に凪が結界を張ってくれているから、余程強い魔物じゃない限り破られる事はない。
草むらの上に座り込み、目を瞑ったまま鼻から息を吸い、口から静かにゆっくり吐き出す。それを何度も繰り返す。心を落ち着かせるように。
透明な半円を思い描く。透明な綺麗なガラス。イメージが固まったところで、自分の中の魔力を意識する。未だに魔力って何だ?って思ってるところはあるけど、私はちゃんとそれを持ってるんだと意識するだけで、身体に温もりが広がる不思議な感覚は確かにある。
眩しさと戦いながら、ゆっくり瞼を開けた。
透明で分かりにくいけど、よく見ると私1人分を覆っている半円が見える。
「できた!」
_ドンッッッ!!!!
「うお__っ!?」
あ……身体からフッと力が抜けた感じがした瞬間、弾けるように結界が無くなった。
「何度も言ってるがな、この程度で結界がとけるようでは実戦で使えないぞ」
どうやら今回も凪が脚で結界を叩いたようだ。結界を張るたびに突然叫ばれたり、尻尾もしくは脚で叩かれたりで驚いて結界が直ぐに壊れてしまう。集中力が続かないせいなのか、心が未熟すぎるのか……原因はその2つ……に加えてもっとたくさんの要因が考えられるだろう。
今日は朝早くから練習してるから少し疲れた。隣に座り込んだ凪の背中に倒れ込む。
「早く浄化して回らないといけないのに全然上達しなくてごめん」
凪の背中に顔を埋めて喋ったせいでくぐもった声になったけど、ちゃんと聞こえたはず。
「基礎はできているし筋もいい。 後は実戦で鍛えるしかないだろうな」
「実戦かぁ……」
弓の練習よりも、絶対防壁の練習を優先させようということになった。凪が私に結界を張りながら戦うことはできるらしいけど、それだと戦いながら私にも集中しなきゃいけないし、できれば凪には戦うことに力を使ってほしいから、私がある程度絶対防壁……まではいかないまでも、結界を使えるようになってから浄化に向かおうということになった。
マップに現れる赤い印の魔獣は徐々に瘴気が濃くなっていっている。最初はそんなのよく分からなかったけど、気付けば何となく感じるようになっていた。それは魔力がどういうものなのか私が理解し始めたからだって凪は言った。
「実際に魔物を前にして、どれだけ冷静で心を乱さずにいられるか……美桜がどこまで踏ん張れるのか俺にも分からん。 先ずは自分を信じるところからだろうな」
「自分を、信じる?」
頭を上げると凪と視線がぶつかった。
「信じていない力は一番信用出来ないぞ。 それは己の力に限らず、他者、武器、心……色んなものに当てはまる事だ」
「凪は自分を信じてる?」
「当たり前だ。 美桜、お前の事も信じている」
「私も凪のこと信じてるよ」
ギュッと抱きしめた。フワッと柔らかな毛が頬に当たる。お日様の良い匂い。
凪のことは勿論信じてる。でも、自分自身を胸を張って信じてるとは言えない。だって……ただのOLだった私が聖女なんて……ってまだ何処かで疑ってる。まだ地に足がついてない感じがする。
覚悟を決めたはずなのに、情けない事に泣いてしまいそうだった。凪の柔らかな毛に顔を埋めたまま暫く起き上がれなかった。私の気持ちに気付いてなのか、凪は無言のまま背中を貸してくれていた。
多少気持ちが落ち着き、結界の練習を再開した。凪は私に何かを聞く事なく、いつも通り練習に付き合ってくれた。
陽が落ちる前に私たちは街に戻った。
「ミオさん」
名前を呼ばれ振り返った。
「あれ? 今日はお仕事お休みなんですか?」
「いえ、商人ギルドに戻るところです」
言われてみれば、パブロさんは商人ギルドの制服を着てる。
「ミオさんは依頼帰りですか?」
「いえ、今日はちょっとお散歩に行ってました」
「お散歩、ですか?」
パブロさんは眉間にシワを寄せた。
何度か顔を合わせるうちに距離は縮まった気はするけど、相変わらず無表情か今みたいに眉間にシワを寄せる顔ばかり見る。私の言動がおかしいからなのかもしれないけど……。
「この物騒な時に散歩とは感心しませんね」
その顔はそういう事か。
「森の奥には行ってませんよ」
「それでもです。 何があるか分かりません。 あ、ミオさん」
「はい?」
「お売り頂けるポーションはありませんか? できれば再生ポーションだと有り難いのですが」
「えっと……材料がないので急ぎでしたら明日薬草取りに行って上手くいけば明後日納品出来ると思いますけど……その様子だと急ぎですよね?」
「えぇ、急ぎですね。 先程あんな事を申し上げたのに心苦しいですが、お願いできますか?」
パブロさんはまた眉と眉の間に深いシワを刻んだ。でも今度のは申し訳なさが滲み出る深いシワだ。
「そんなにポーション足りてないんですか?」
この前見たときはそこそこ置いてたと思ったんだけどな。
「瘴気のせいでいろんな魔物が凶暴化しています。 特に酷く汚された魔獣が冒険者だけではなく、商人や騎士などを襲っているようで、ポーションを買い求める方がここ最近は一気に増えています。 怪我人や死人も増える一方です」
「え……? 死人も……?」
「騎士団や傭兵団、そして冒険者の皆さんが寝る間も惜しんで魔物討伐に出てくれているお陰で、死者の数はまだ片手で数えられるくらいですが、この状況が続けば更に死者は増えるでしょう。 おっと、すみません、そろそろ戻ります。 それではポーションの件、可能な範囲でいいので宜しくお願いいたします」
商人ギルドへ戻るパブロさんの背中を見送った。その背中が小さく、そして見えなくなるまでその場を動くことが出来なかった。
バクバク煩く鳴る心臓を落ち着かせるように手を置いた。でもそんな事で治るわけもなく、暫く胸の苦しさはどうする事も出来なかった。




