37.やりたい事ができました。
一度宿に戻って準備をした。食事にお呼ばれなので、凪の身体もブラッシングした。ブラシを出して近づくと怪訝な顔をされたけど、撫でる様にブラシを通してあげると満更でもなさそうな顔になった。
元々綺麗な毛並みをしていたけど、絡んでいた部分がなくなったから更に綺麗になった。
「そういえばさ、凪はいつもどのくらいの頻度でお風呂に入ってたの?」
ペット飼った事がないから、どのくらいの頻度で体を洗ってあげるものなのかさっぱりだったし、今まで考えた事なかった。ペットと一緒にしちゃったら悪いんだけど。
「気が向いたときに水浴びに行ったり温泉に行ったりしていた」
「え!? この世界にも温泉あるの!?」
「自然に湧いた天然の温泉がある」
「えー! 入りたい!」
やっぱ日本人といえばお風呂! 温泉最高!
「言っておくが、温泉宿ではないぞ」
「え?」
「山の中に勝手に湧いている湯だ。 基本人よりも動物や魔物が浸かっている」
どんな感じなのか想像してみたけど、一緒に浸かってる動物といえばどうしても猿しか思いつかない。
「まー凪も一緒だし問題ないでしょ。 見つけたら入りたい!」
「では湧き出ている場所を近くに感じたら行ってみるか」
「うん!」
私も準備を済ませて、宿の入り口に立ってラウルさんが来るのを待った。
スカートのポケットから懐中時計を出して時間を確認した。この世界の携帯用の時計は懐中時計だ。腕時計は売ってない。懐中時計はおしゃれだなって思うけど、腕時計に慣れてたらちょっと不便。わざわざ出さなきゃいけないのが面倒くさい。
懐中時計の秒針を見てたらドキドキしてきた。
懐中時計をポケットに戻して、落ち着かせる様に胸に手を当てた。別に今からデートってわけじゃないけど、人と待ち合わせてると思うとドキドキしてしまう。相手は男の人だけどラウルさんだから緊張する事ないのに。
「部屋で待ってりゃ良かったのに」
「あ、ラウルさん! わざわざ迎えに来て頂いてすみません」
「気にすんな」
ラウルさんと話をしていると、どうしても冒険者ギルド関係の話になる。「無理してないか?」とか「順調か?」とか、意外と心配性だ。私の中では、口は悪いけど面倒見の良いお兄ちゃんっていう位置づけになってる。
_ドンドンドンッ!!
マルティナさんのお家に着くと、ラウルさんは拳を縦に雑にノックした。
「いらっしゃーい!」
「確認せずに開けんなっていつも言ってんだろ」
「あのね、気配とその乱暴な叩き方でラウルだって分かるっていつも言ってるでしょうが」
こういうちょっとしたやりとりでも二人が仲良しなんだって直ぐわかる。
「ミオ、入って」
「はい、お邪魔します」
「おい!」
「あ、ごめん」
ラウルさんが入ろうとしたら、マルティナさんは態とらしくドアを閉めようとした。笑っていると「笑ってんじゃねー」と突っ込まれたけど、笑いは止まらなかった。
リビングに行くと、テオさんとシモンさんがソファーに座って寛いでいた。
いい匂いにお腹がグルルと反応する。音鳴らなくて良かったと思ったのも束の間。ラウルさんから笑われた。獣人は耳や鼻、いろんな部分が人間よりも優れているらしく、私にとっては小さな音でも結構はっきり聞こえてしまうみたいだ。
「いてっ!」
ラウルさんはマルティナさんにデコピンされて、涙目でおでこを両手で押さえた。
「あんたのそういうところがダメなのよ。 さっ! 食事にしましょう!」
「あ、あの! これ良かったら!」
「えー!? わざわざ良かったのに。 でもせっかくだから頂くね。 ありがとね」
教会からの帰りに買ったクッキーを手土産に持ってきていた。お呼ばれされて何も持ってこないのはな……っていう考えはこの世界でもあるかは分からないけど、日本人としては何もないのは落ち着かない。
テーブルの上に並んだ食事は全てマルティナさんの手作りだって聞いて驚いた。
鶏の丸焼きの中には野菜をふんだんに使ったご飯が詰められている。厚切りベーコンと玉ねぎのシンプルなトマトスープ。色とりどりなサラダ。何種類かのサラミを乗せたお皿。料理が苦手な身としては尊敬の一言につきる。
「えぇ!? パンも手作りなんですか!?」
「こう見えて家庭的なんだよな」
「あんたはいつも一言多いのよ」
「せっかくかっこいいのに残念だよね」
テオさんの言葉にシモンさんは無言で頷いている。
テオさんの言葉には私も確かになと思う。ラウルさんって残念イケメンだよね。それでもモテるのは人の良さとカリスマ性があるからだろう。




