106.礼儀作法は分かりません。
客間に案内され、やっと一人になって全身から力が抜けていった。椅子の背もたれに思い切り背中を預け、ぼーっとした。シャノン様の容体が少しでも良くなってくれて嬉しいけど、凪にどう話そうかという事ばかりが頭の中をぐるぐると回っている。怒られるだろうけど、「後悔しているか?」と聞かれれば「全く後悔なんてしていない」と言い切れるだろう。
疲れた……。
_ッッ!?
ドアをノックされ緩み切っていたせいで心臓がビックリするくらい飛び跳ねた。ここが公爵家ということも忘れてどのくらいぼーっとしてたんだろうか……手に持ちっぱなしになっていたティーカップはすっかり冷めきっていた。
「はい」
「失礼します」
顔を出したのはラファエル様だった。
「ずっとお一人にしてしまって申し訳ありません」
「いいえ、気にしないでください」
「もう一度妹の部屋に来ていただいてもよろしいでしょうか」
「もしかしてシャノン様の体調が__」
「いえ! 妹の部屋に王太子殿下と大司祭様がお越しです。 聖女様にお会いしたいとの事なので、一緒に来ていただきたいのです」
「え!? でも……あの……」
「聖女様の地位は一国の王よりも上、と言っても過言ではありません。 それにお二人は貴女に害をなそうなどとは少しも思っていません。 ですから心配しないでください」
「分かりました。 ですが、私は貴族社会での礼儀作法は一切分かりません。 なのでもし粗相をしそうになれば止めていただけますか?」
「それについては心配しておりませんでしたが、もしそのようなことがあれば勿論補佐させていただきます」
椅子から立ち上がり、ラファエル様と部屋を出た。公爵家の廊下や階段は海外の美術館のように美しい。ゴミどころか誇り一つ落ちていない。絨毯やカーテンにだって染み一つない。これほど大きな屋敷を管理するのはとても大変だろうと思う。日本と違い海外のように土足で歩くのはやっぱり慣れないけど。ホテルのスタッフであれば笑顔と共に会釈してくれるが、使用人のみなさんはピクリとも表情は変えず会釈する。会釈をしてくれるのはとても丁寧に見えるけど、笑顔がないと少し冷たい印象になる。
ラファエル様が足を止め、とうとうついてしまったと緊張が大きくなっていった。王太子殿下も大司祭さまもものすごく偉い人。普段そんな人と会って話をすることなんてなかったから胸がバクバクする。公爵様と話してることだってまだ不思議な感じがするのに……落ち着かせるように胸に手を当て深呼吸をした。




