01.神様、はじめまして。
_バチっ!
目を開けると真っ白で、ほんのり輝く空間が広がっていた。空じゃない…多分天井でもない…気がする。
起き上がって周りを見渡すけど何もない。進んでも進んでも同じ景色が広がっていそうな感じ。
……はて?
夢?
試しに歩いてみたけど、景色が変わらないせいか進んでるのか進んでないのか分からない。
そして私何で裸足?さっきまで何してたっけ?んー……なんだか上手く頭が働かない……。
「……なんか、穴に落ちた様な…気がす__」
「ピンポーーーーーン!!」
「ギャッッッ__!? 痛っ……」
突然目の前に知らない人が現れた。マジックみたいにいきなり。ビックリして尻餅でお尻を強打……ダサすぎる……。
てか……
「誰!?」
目の前にいる男の子が首を傾げると、肩まであるプラチナブロンドの髪の毛がサラッと揺れた。ニコッと微笑む姿は人とは思えない神々しさ。
え……もしかしてこれが天使とかいうやつ?羽ないけど。
「僕は世界の守り神、オクタヴィアン」
「え、待って……神? 神ってあの神? ん? 天使じゃないの?」
「あはは! 僕は天使じゃないよ。 神にも色んな神が居るから、美桜がどの神のことを言っているのかは分からないけど、僕が神であることは間違いないよ」
「何で私の名前知ってんの!? 初対面だよね!?」
「あはは! 本当に面白い人だね。 僕は神だよ? 名前を知ることなど造作も無いことさ。 君の言動は面白く興味深いね」
今褒められた…んだよね?じゃなくて!!
「これどういう状況!?」
こっちはこんなにテンパってるっていうのに、オクタヴィアンさんは落ち着いている。まぁ、そりゃそうか。
手を差し出され、咄嗟にその手を取ると立ち上がらせてくれた。立って向かい合うと、オクタヴィアンさんは私の目線よりも少し低いところにいた。普通に出会ってれば、見た目中学一年生くらいかな?
「座って話そう」
「え? うぉっ!!」
何処に?と思ってたら突然白くて丸いテーブルと、それを挟んで座る様に同じく白い椅子が二脚現れた。
促されるまま椅子に腰掛け向かい合った。
「紅茶、コーヒー、緑茶……飲み物は何が好き?」
「じゃあ……コーヒーで……」
まさか……と思っていたら、やっぱり目の前にコーヒーが入ったカップが現れた。
ご丁寧にソーサーに乗せられたカップ、そしてカップの手前にはツヤッツヤの銀色のスプーンが添えてある。
「ミルクとシュガーはお好みでどうぞ」
「あ、どうも……」
なんだろ……一大事な筈なのに、相手の呑気な空気にのまれてなのか、焦ってる自分がバカらしく思えてきた。
私はミルクを入れたコーヒーに口をつけた。普通に美味しい。
「オクタヴィアンさんは何飲んでるんですか?」
「僕は生姜湯だよ」
「……生姜湯美味しいですよね」
「最近のお気に入りなんだ」
ココアとか飲んでそうな感じなのに、見た目によらず渋いチョイス。
コーヒーカップを置き、一呼吸。
「それで? 説明してもらえます?」
「穴に落ちたことは思い出したんだよね?」
そう!穴に落ちた!あるはずもないところにあったよ!今思えば道路にあんな穴があくはずないのに!
「確か穴に落ちそうになってる女の子を助けようとして落ちた気がするんですけど……」
「そうなんだよ。 本当だったらその子がこちらの世界に来る予定だったのに、まさか助ける人がいるとは思わなくて驚いたよ」
それって……
「私お節介やっちゃったってことですかね!?」
「……簡単に言えばそういうことかな」
ニコッと笑われ項垂れた。なんてことしちゃったんだろ……大馬鹿じゃん。それに段々と記憶が蘇ってきた。そしてムカついてきた。というか、泣きそうになってきた。
「電車に乗ろうとしてヒールは折れるし! 遅刻ギリギリだし! 人のミスを押し付けられて訳わかんないまま怒られるし! 5年付き合った彼氏からは記念日に振られるし! 私の年齢知っててふるか!? 普通!! しかも記念日に! バカなの!? さんざんな日だとは思ってたけど、人を助けて自分が知らないところに飛ばされるって!! なんなの!? どうなってんの!?」
オクタヴィアンさんはビックリした顔してる。それでも止まらない。止まるはずない。
「32歳の本厄なのに厄払いに行かなかったから!? だからこんな仕打ち受けたわけ!? これまで私なりに頑張って生きてきたのに……あんまりじゃないですかね!?」
「取り敢えず落ち着いて……」
そう言ってどこから出したのか分からないティッシュを受け取った。思い切り鼻をかむと、足元に真っ白なゴミ箱らしき筒になった箱が現れた。次はハンカチを受け取って涙を拭った。
なんて人生だ!
ようやく涙と鼻水が止まった頃には既に瞼が重かった。
こんなに恥ずかしげもなく泣いたのっていつぶりだっけ?それも人の目の前で……一人の時でもこんなに泣いたことってないかもしれない。声を押し殺しながら泣く方法しか知らなかったから。感情任せに泣くことでこれ程スッキリするなら、生きてるうちにこの方法をとればよかった。いや……死んだからこそ何も気にせず子供みたいに泣けたのかもしれない。
……ん?
「あの……私って死んだんですよね?」
事故っちゃ事故だけど、穴に落ちただけで死んではないかもしれないよね?
「さっきも言ったけど、美桜は手違いで違う世界に来ることになったんだ。 それで、死んだんじゃなくて、存在自体移動させたんだよ」
「へ? どういうことですか?」
「生まれ育った世界では、美桜は存在しなかったことになってる。 だから君がいなくなったことで悲しむ人はいないから安心してほしい」
つまり家族は私がいないことに違和感なんて感じないってことね。私が死んだことになってたとしても、特別親しい友達もいなかったし、家族だって悲しんだかどうか……。
「存在自体なかったことにしてくれて、家族的には良かったのかも……」
「美桜__」
「おっと! ごめんなさい。 なんだか辛気臭くなっちゃった。 で? 私の今後はどうなるんですかね?」
いくら考えても何も解決しなかった問題を今更考えたくもないし、晴れて自由の身になれたんだからこれからのことに目を向けないとね。
「本来こちらに来るはずだった女の子は、聖女として迎え入れられることになってたんだよ」
ん?なんですと?聖女だなんてよくある小説のストーリーみたいじゃん!
「あはは、冗談ですよね?」
「冗談じゃないさ」
崩れない笑顔に私は笑えなくなってしまった。
どんな小説に出てくる聖女様も、重要な役割を担っている。そんな重要な役割の人が来られなくなったって…私はとんでもないことしちゃったんじゃないの!?
「なんか…ごめんなさい……」
悪いことしたわけじゃないんだけど、悪いことをした気分になる。
「責めてはいないんだ。 だから謝らないでほしい。 寧ろ謝るべきは我々の方だよ。 本当なら周りに人がいない状態で召喚が行われる予定だったんだ。 けど召喚の儀でどうやら不具合が起こってしまってね。 それで慌てて僕たち神が干渉する事になってしまったんだが、手遅れだったというわけ」
「干渉って……オクタヴィアンさんが呼んだんじゃないんですか?」
「世界の乱れを正す為、聖女の召喚を試みたのはアルファード王国という人間の国だよ。 僕たちは基本的には世界に干渉することはないけど、見守ってはいるんだ。 だから今回不穏な空気を感じとって対処しようとしたけど、どうにもできなかった。 そのせいで本来召喚されるはずのなかった美桜たちをこちらの世界に呼んでしまった……本当にすまない」
真剣な目、そして顔つきで謝られては何も言えなくなってしまう。
ん?"たち"って言わなかった?
「私の他にもこっちに来ちゃった人いるんですか?」
「覚えていないの? もう一人女の子を助けようとしていた子がいたでしょ?」
目をギュッと閉じて人差し指でこめかみをトントン叩いた。こうしてると早く思い出せそうな気がする。記憶を手繰り寄せていく。そして少しずつ、あの時のことを冷静に思い出してきた。
「……確かに。 女の子を穴から引きずりあげようとして…でも中々持ち上げられなかった時に女の子が手伝ってくれたんだった」
顔とか髪型とかは全く覚えてないけど、制服は何となく覚えてる。半袖の白のブラウスに紺っぽいプリーツスカートを着ていた女の子。
「まさか…っ、その子も落ちちゃったんですか!?」
「ご名答。 その子はもう一人の神に今別空間で説明を受けているよ」
「どうせ説明するなら一緒にすればいいと思うんですけど……」
その方が私的にはホッとするし、歳は離れてるけど同じ日本人同士仲良くやっていけるかもしれないし……一人で知らないところで生活始めるよりも不安が少なくていい。
「美桜と彼女では立場が違うから、一緒に説明するよりも別々の方がいいだろうってことになったんだ」