誕生
俺の意識は消えて…そのまま永遠に戻ることは無かった…
と思ったのに、ぼんやりといま意識がある。元野球部だった
藤巻球児としての意識が。
意識がある、そして五感は…無い。なんとなく触覚はある。でも全身がなにかに包まれているってことくらいしかわからない。
視覚も嗅覚もない、というかそもそも息をしていないっぽい。でも聴覚はなんとなくある、ような気がする。時々よくわからない音のようなものが聞こえている、気がする。
もしかしてこれは、いま妊娠しているのではないだろうか。俺が、ではなく俺の異世界での母が。人間と同じなら胎児にも聴覚はうっすらとあるらしいし、このよくわからない感覚はお腹のなかにいるということではないだろうか。
しっかりと命の温かみを感じる。卵生ではなく胎生のようだ。これはなんというか人間のころの感覚では説明できない感覚で「母とつながっている。」という感覚がある。
胎生、そして記憶があるということはもしや…神さまがうっかり人間に転生させちゃったのだろうか…!少し、希望が湧いてきた。
そんなことをゆらゆらと考えている。時間の感覚が薄いのでどれくらいの時間が立ったのかわからないけど、かなり意識がはっきりしてきたので産まれるときが近い気がする。というより本能的にわかる。命ってすげー。
突然、周りから押し出され始めた。ついに…産まれるときがきたか…。そして母は……一息で俺を産んだ。スポン、と出た。
光が、眩しい。視覚はまだほとんどない。それでも母の顔はうっすらとみえた。
ぼんやりとした中で命の光を灯すまっくろな眼。そして俺をまっすぐと見つめる顔のその黒い肌。顔を覆うフサフサの黒い毛。
はい、人間じゃないですね。ありがとうございました希望なくなりました!
結果的に言うと、母は人間ではなかった。ゴリラのようなものだった。太く短いツノが額に一本生えた、ゴリラだった。こんにちわ赤ちゃん、あなたはゴリラ!
母がゴリラなら子もゴリラ。俺もゴリラとして異世界に生を受けたのだ!!
でもそれなら謎が残る。なぜ俺の魂はゴリラになっても記憶を失わなかったのか。
それについてはなんとなく仮説をたてた。
俺は小学生のころから体格に恵まれた。高い身長に太い四肢、全身には大きな筋肉がついていた。そんな俺についたあだ名は「ゴリラ」。俺もゴリラは嫌いではなかったからその呼び方を受け入れてたし、友達もスポーツ万能で強靭な肉体の俺に尊敬とユーモアを込めてそう呼んでいた。
「ゴリラ」のあだ名は中学校でも高校でも定着し、監督やコーチからもゴリと呼ばれていた。「あれ、ゴリラって名前なんだっけ。苗字も名前も忘れたわ。」「おいゴリ、お前の名前がわからなくてメンバー表が書けん。」などとも時々言われ、こんなに野球をやるべくしてつけられた名前なのに忘れられがちだった。
そうしてゴリラゴリラ呼ばれるうちに、俺の魂は自分が本当にゴリラになってもゴリラであることを受け入れてしまったのではないだろうか…という仮説を立てた。
こんな適当なことあってたまるか。でも実際記憶が残っているのだからそういうことにしておこう。
考えても仕方のないことを考えるのはやめにした。そしてゴリラとして生きる決意を決めるのだった。
そんなことを考えているうちに、視界がだんだんとはっきりしてきた。そして、なんか気合を出せば立てそうな感じがしてきた。野生、すごい。
「ウホ、ウホ…」(アカ…チャン…)
母が口を挟む開いた。ウホ、しか言ってないはずなのに。なんとなく言ってることがわかってしまった。ゴリラ…
「ウホ、ウホホホ…」(ゴメ…ンネ…)
母ゴリラは俺を優しく掴み。軽く握り、握り!?
俺を投げた。
全身が浮遊感に包まれ、視界が回っていたので、最初は何が起こっているのかわからなかった。
しかし、景色が見えるようになると、崖の上から自分を投げた母ゴリラが見えた。
そして崖の下の森に真っ逆さまに落ちていくことを、流れる景色の中で理解した。
ちなみにこのゴリラは飛べないっぽい。