プロローグ
地方大会の決勝戦、俺、藤巻球児は9回裏のマウンドに立っていた。点差は3-2、ツーアウトランナー満塁カウントツースリー、まさにここが正念場だ。
恵まれた体格、そして血のにじむような努力を重ね強豪校のエースとして今、相手の4番バッターと対峙している。しかしここまで9イニングを一人で投げ抜き、さらに途中から降り始めた雨に体力を奪われていた。
そんな状況でも少しも気を抜かず集中しているのはこの試合に勝てば甲子園に行けるという思い、そしてチームを背負うエースとしての矜持。それが彼を奮い立たせていた。
「絶対に…このバッターを抑える…俺ならできる…」
自己暗示をかけるように呟く。そして帽子のツバを見上げる。そこには「笑顔」の文字。どんなときでも野球を楽しむことを忘れずに、笑顔でプレイする。それを思い出してうっすらと笑う。マスクで隠れ表情がわからないはずのキャッチャーも笑った気がした。
だんだんと雨脚が強くなる地方球場のマウンドで、ピッチャーはサインに頷く。
少しぬかるんだ土を思い切り踏みしめて、セットポジションに入る。
キャッチャーのミットを見て、集中する。
足をあげて――――――――――瞬間、世界が光った。
雷が落ちるとき、一番危ない場所は何処か。
木の下である。
では、周りに木もなにも無いときに一番危ない場所は何処か。
最も高い場所である。
それでは、広い野球場の、グラウンドのなかで最も高い場所は何処か。
マウンドである。
雷鳴と同時に球場は光に包まれた。それまでの喧騒をすべて打ち壊すよう稲妻がマウンドに、ピッチャーに直撃した。
それまで応援の声や歌や楽器によって騒然たる様子だった球場は一瞬で沈黙に包まれた。誰もがダイヤモンドに注目していたが一層その注目を深め様子を伺った。
視線の先のグラウンドには、側撃雷にやられてしまったのか内野手が何人か倒れている。他の選手も四つん這いになっていたり目を覆って隠したりしていた。
そんな中、雷が直撃したマウンドには、人影も何も無かった。
雨の音だけが、9回裏の球場に響いていた。