第三話 受付嬢リーリア 後
リーリアは見なかったことにした。
あまり深く人の関係に入ることは良くない。例えそれが不倫や浮気と言った犯罪行為だとしても。友人として叱るべきだとしても。それで友人との関係が壊れるぐらいなら、見なかったことにした方が良い。
それぐらいリーリアにとって友人は大切だ。
「エマぐらいだもの」
昔からリーリアに友人と呼べる相手が少なかった。
生まれ故郷に歳の近い同性が少なかったこともそうだが、こちらに来てからもどこか同性から恨まれ、妬まれていた。
そんな中、こちらに来て初めてできた友人。
だから大切にしたい。
「それに少しだけ分かるから」
リーリアはあの日のことを思い出す。
呪いの装備を着た冒険者。
魅力的に見えた。初めての感情だった。これが恋なのか、もっと別の何かなのかは分からないけども、リーリアは彼しか見えなかった。
そして、彼に会うために、リーリアは冒険者組合に入った。
リーリアは少しだけ遠回りをして、冒険者組合を目指した。
見えてきた目的の古びた建物はどこか町に馴染んでいない。周囲の建物から浮いている。
そんな建物にリーリアは裏から入る。
表から入れば、仕事の邪魔をしてしまう。今回は問題の発見、改善ではなく、どういった支部かを見るだけである。
待合室は遠めから、どんな形か見れたら十分だ。
裏の扉をノックすると、慌てたように一人の男が扉を開けた。
「これは、これは。リーリアさん、どうぞ良く来てくださいました」
室長として、この支部を任された初老の男性。その後ろには一人の女性の姿が見える。奥に受付で業務を行う別の女性の姿も。
受付の女性は二人で交代制だ。一人で業務を行うのが基本だが、リーリアが来るからだろう。もう一人の受付の女性もいた。
本来であれば目上の相手だが、敬語で話してくる室長に、リーリアは微笑みを向けて頭を下げた。
「初めまして。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。どうぞ、どうぞ」
室長に招かれて、中に入る。
外見はあまり良くないが、中はそれほど悪くなく、細かいところまで丁寧に掃除が行き届いていた。
室長はまっすぐに、応接室の代わりでもある室長室に向かう。
開かれた扉の先。リーリアは上座に座らされる。その向かいに室長。受付の女性がカップとポットを持ってきて、リーリアの前にカップを置く。
受付の女性がカップに紅茶を注ぐ。そこに一杯の砂糖を入れて、かきまぜた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
甘い香りが部屋に漂う。
リーリアはカップを両手で持ち、一口飲んだ。
少しだけ、気持ちが落ち着くようだった。
「本日はどちらかというと、見学ですかな」
「はい。そうなります。本日は建物内の雰囲気、様子を見させていただきます。それといくつか質問を」
「質問とは、例えばどんなものですか?」
「ノロイという冒険者について、です」
ノロイという名が出た時、室長は一瞬険しい表情をした。
支部にではなく、一冒険者に対して。考えられなかった質問に、室長は聞く。
「なぜ、彼のことを?」
「呪いの装備を着ているからです。理由として、それ以上ありますか?」
「まあ、確かに。呪いというだけで、あまり良いものではない。ただ、彼は周囲に馴染んでいるようですよ。沢山の他の冒険者から話しかけられていますし、パートナーもできたみたいです」
喋らない男がどうして、周囲に馴染んでいるのか、リーリアにとって疑問だったが、室長がそういうということは、事実なのだろう。
「ちょうど、今日来ています」
受付の女性が言った。
「おお、そうなのか。どうですか。遠目から少し見てみたら」
「わかりました。そうさせていただきます」
室長が立ち上がり、リーリアも立ち上がる。室長室を出てすぐ、廊下の角でリーリアは待合室の様子を遠目で見た。
盛り上がっているのか、沢山の男が奥のテーブル付近に集まっている。
「さあ、さあ。ノロイに挑む男は他にいないかー? 今なら、勝利した男に銀貨二十枚。さあさあさあさあ」
そんな知らない冒険者の声が聞こえてくる。
「…………あの、馬鹿たちが」
室長がリーリアの隣で、そう小さく呟く。リーリアはしっかりとその声を聴いた。
「あれは、何をしているのでしょうか?」
リーリアは室長に聞く。
「よくあることです。腕相撲です。参加料は銀貨一枚。勝ち抜き戦で、最後まで勝ち続けた男が、参加料をすべて貰う。そんなルールです」
「なるほど。もちろん」
「もちろん認めていませんよ。ちょっと失礼、止めてきます」
室長は慌てたように、その集団へ向かった。
その程度、別に良いのでは、とリーリアは思う。室長も、黙認していたはずだ。ただ、組織として、認めることはもちろんできない。すれば、各地で表立って行われてしまう。
室長が冒険者たちを解散させる中。
ノロイが周囲の冒険者に馴染んでいるのが見える。
リーリアは一瞬。
ノロイがあの日見た、呪いを着た男に見えた。
「すいません。今日、あったことは内密にお願いします」
見学を終えたリーリアが帰ろうとすると、室長が心配そうに言った。今日あったこととは、先ほどの賭け事のことだろう。
それにリーリアは考え込み。
「立場上、上に報告するべきでしょうが、今日は見なかったことにします。まだ私はただの受付ですから。ただ次、発見した時は上に報告させていただきます」
「肝に銘じます。ありがとうございます」
室長が頭を下げる。
「それでは、私はこれで失礼します。本日はありがとうございました」
扉を開けた先、路地裏でリーリアは頭を下げる。
室長と、その後ろに立つ受付の女性も同様に頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
そんな声を背中から聞きながら、リーリアは冒険者組合から離れた。最後に振り替えると、リーリアが見えなくなるまで見送る二人の姿が見えた。それに微笑みと、手を振り返す。
大通りに出たリーリアは冒険者組合から離れるように歩き出す。思ったよりも短時間で済み、日は明るい。
このまま真っすぐ帰るのも味気ない。ただ、友人はエマぐらいなものだ。だからちょっとだけ食事でもしていこう。そう思っていた矢先。
「リーリア?」
偶然にもエマと出会った。その隣にはノロイの姿。
どんな顔をすればいいか分からなかったリーリアは、何とか笑顔を作り。
「久しぶり、エマ」
そう返す。
「どうしたの、こんなところで」
「冒険者組合の見学」
「ふーん、そうなんだ。あ、そうだ。紹介するね。見た目で分かると思うけども、彼がノロイさん」
「初めまして。地方支部の受付嬢をしているリーリアと言います」
「初めまして。ノロイと言います。今後ともよろしくお願いします」
はきはきと答えたノロイにリーリアはとくに驚かない。喋らないと聞いていたが、喋るじゃないかと少し残念な気持ちになる。
第一印象は、外見は怖いが、声から明るい感じのよさそうな人に見えた。
「これからどうするの?」
食事に行く、と言えばエマも着いてきそうだ。
あまり二人の邪魔をしたくないリーリアは首を横に振る。
「このまま帰るつもり。あ、そうだ。エマ」
「なに?」
リーリアはエマに助言した。
「決して彼に近すぎないように」
呪いの装備に対して知識があれば、近づかないようにするはずだ。
呪いの装備は周囲にも影響を与える。
だから、例えばだが、呪いの装備を着た人は集合住宅に住まないほうが良い。妻はもちろんのこと、友人も持たないほうが良い。
なるべく殺生もしない。すれば、さらに呪いが強くなる懸念がある。
それでも呪いの装備が持つ魅力に他人が惹かれてしまうから問題だ。