第三話 受付嬢リーリア 前
リーリアが冒険者組合で働くこうと思ったのは17のころの話だ。
リーリアの生まれは第七層の奥地にある小さな村。決して裕福ではなかった。父と歳の離れた二人の兄が冒険者だったため、冒険者と関わりの多い人生だった。
だからと冒険者になりたいと思ったことは一度もなかった。むしろ、なぜ父と二人の兄はそこまでして冒険者として生きようとしたのか不思議でなかった。
リーリアが17になって、まだ日が浅い時。誕生日の祝いを含めて、父が貴金属を買いに行こうと提案した。それに乗り気ではないリーリアとは別に二人の兄も多いに賛成し、半ば無理やりに大きな街へ行かされた。
偶然にもその日は町で祭りがあった。
その日は年に一度の感謝祭。たくさんの人が大通りに出て、歌ったり、騒いだり。とにかく何かをして楽しみ、感謝する祭り。
そんな中、大きな集まりが見えた。大勢の人が誰かを囲んでいる。リーリアはどんな人が囲まれているのか見たくて、少し高台に上った。
その中央に見えたのは一人の冒険者。
まるで動く石造のような、全身が鎧で固められた冒険者の姿。その冒険者は人々から愛されているのか、たくさんの感謝の声と称賛の声が聞こえた。
その光景が、ずっと。リーリアの頭から離れなかった。
数日前、久しぶりにも、親友のエマが遊びに来た。
冒険者組合地方支部の受付嬢となったリーリアが働く街は、エマが住む町の二つ隣にある。地方支部は複数の支部をまとめる立場であり、支部では扱えないこと、昇級試験や高額で高難易度の依頼を扱っている。
「ねぇ、聞いて。リーリア」
客が少ない時間帯を狙って、エマはリーリアと会話をするために、わざわざ二つ隣の街へ来る。
エマとの出会いは、エマが昇級試験でこの建物に来た時だ。第一印象は、こんな子が冒険者になれるんだ、なんてリーリアは思ってしまった。しかし、すぐに考えを改めてしまう。
エマは才能がある。冒険者になって僅か二年で二つ階級を上げることはそうそうできない。次の昇級は冒険者にとって大きな壁だが、エマならばいつか達成できるだろう。
「なに?」
リーリアはエマに聞く。
「少し前の話になるけども、リーリアが面白そうに話してたノロイさんに出会った」
ノロイ、と名乗る新しい冒険者。その情報はエマが住む町にある支部の受付の女性から届いた。
受付嬢がそんな話を友人とは言え冒険者に伝えるのはあまりよくない。ただ、リーリアはその時だけ、そのことを忘れて教えてしまった。
「そんなに面白そうに話していたかな。それで、どうだった?」
「強くて、優しかった」
「だと思った」
「どうしてそう思っていたの?」
エマの質問にリーリアはどう答えるべきか、少し考えこみ、こう答えた。
「呪いの装備を着ているから」
そんな答えに、エマは不思議そうにする。
呪いの装備は、大きな障害を持つ代わりに圧倒的な力を得る。ただ、誰でも装備できるわけではない。呪われる価値のある人のみが身に着けることができる。
あの日見た冒険者。彼もそうだった。だから、まるで双子のように似たノロイもまたそうであろうと、リーリアは思っていた。
「それで。出会ったことを教えるためにここに来たの?」
「ううん。ちょっとした報告」
「報告?」
リーリアの言葉にエマは自信満々に答えた。
「ノロイさんとパートナーになった」
「…………パートナー?」
冒険者においてパートナーとは、二人だけのパーティーの際に相方を差す言葉として使われる。
ただ、冒険者以外では恋人あるいは夫、妻を意味することの方が多いため、冒険者内でもこちらの意味で使われることが多い。
だから、そんな意味だと勘違いしたリーリアは動揺を隠せず、髪を触りながら。
「え? え? 付き合い始めたの? 本当に?」
「ううん。そっちの意味じゃなくて、パーティー相方の意味」
「なんだ。驚かさないでよ」
安心したようにリーリアは呟く。
でも男女二人のパーティーだとそのまま付き合い始めたり、結婚することも多い。何よりエマのようなかわいい子をほっとく男はまずいないはずだ。
「そのまま付き合い始めた、とか言わないでよ?」
だからそう冗談っぽく言うと、エマは首を横に振った。
「大丈夫だよ。ノロイさん、妻子いるから」
「…………え? そうなの?」
リーリアは驚きの声をあげた。
意外そうにリーリアはもう一度そうなんだと呟く。
「多分、冒険者の中で一番私がノロイさんのこと詳しいと思う。まあ、明日初めて冒険に行くけどね」
そう誇らしげにエマは言った。
そんな出来事をリーリアは揺れる馬車の中で思い出していた。
リーリアはエマとノロイが住む町を目指していた。
何も、エマに会うためでも、ノロイに会うためでもない。仕事である。
受付嬢として採用されたリーリアだが、一生を受付嬢で過ごすわけではない。歳を取れば、あるいは結婚をすれば、受付嬢としての価値はなくなる。世の中には非情なところもあるものだ。
何時か、リーリアが受付嬢として相応しくなくなったとき、冒険者組合はリーリアを別の部署へ移動させ、若い子を新しく受付嬢にする。そして、リーリアはその新しい部署で一から業務を学ぶことになる。これでは業務が滞る可能性がある。
だからリーリアは今の内に配属される予定の部署の業務を学ぶよう命じられた。
その内容は支部の視察である。
これは請け負う支部の問題を解決、改善を目指す部署の仕事である。リーリアはエマとノロイが住む町の支部をお願いしたが、意外にもその希望は通った。
数時間かけて、リーリアはエマとノロイが住む町に到着する。
「ありがとうございました」
「どうもー」
馬車の運転手に礼とともに銀貨を5枚ほど渡し、馬車を引いた馬の頭を撫でた。嬉しそうに馬は鼻息を鳴らす。
流馬とは違う種類の馬。走馬と呼ばれている。全長は尾を含めると三メートル近くあり、流馬以上に多くの人や荷物の運搬ができる。
新しい乗客を乗せ、去っていく馬車を見届けて、リーリアは門を見た。
立派な門に門番の仕事をする冒険者が3人。魔獣が町に来ないか監視をしている。全員一度どこかで見た人だった。
「お、リーリアちゃん。こんな町に何用だい?」
一人が話しかけてくる。リーリアは笑顔で答える。
「視察です」
「視察か。わざわざ大変だねぇ」
「こんなへんぴな町に来ることなんてそうそうないだろうから、楽しんでいけよ。まあ楽しめるところなんて全然ないがな。飯と酒ぐらいなものさ」
「違いねぇ」
他の二人がそう言って笑いあう。
「そうでしょうか? この町も素敵なところはありますよ」
「お、そうかい?」
「まあ、俺という素敵な男がいるからな」
一人の男が決め顔で言った。
「外見は悪いかもしれねぇが、男は度胸だ。度胸なら負けねぇぞ」
「浮遊鳥が怖くて逃げかえったお前が何を言ってんだ」
「はっはっは。確かにそうだ。何も言えねぇ」
そういって笑い声が再びあがる。リーリアも思わず笑ってしまう。
だから好きだ、と心の奥底でリーリアは思う。
町に温かみがある。もちろん、中には悪い人がいる。ただ、他の町では聞こえないような笑い声がよく聞こえる。
こんな町に住みたいと思うほどに。
「あなたたちは素敵だと思いますよ?」
そうリーリアは半分お世辞、半分本心で言った。
「お、そうかい。うれしいねぇ。俺のことを素敵なんて言ったの、妻ぐらいなものだ」
「俺も。いや、近所のばあちゃんにも言われたことあるな」
「それは含めたらダメだろう」
なんて言って再び笑いが上がる。
すると、一人の男が言うタイミングを見計らったように言った。
「おっといけね。流石に立ち止まらせ過ぎたな」
「悪いな。こんなおっさんたちの話し相手してもらってよ」
「楽しんで行けよ。それと、変な男にはついていくなよ」
「はい。ありがとうございます。楽しんでいきますね」
リーリアはお礼を言って、門を通る。
懐かしい匂いがした。ずっと眺めていたい、そんな気持ちにさせる。
門の先には大きな噴水。その奥に大小様々なレンガ造りの建物が見える。そしてこの町で最も店が並ぶ商店街の大通りが一つ。
右手に肉屋、八百屋が並べば、左手には呉服店や冒険者向けの道具を販売する店。日用品を販売する店や水を販売する店。様々な店が見える。
活気あふれる商店街を見て回りたい気持ちをぐっと抑えて、リーリアは曖昧な記憶を頼りに目的地を目指す。
大通りを抜けた先に、あったと記憶している。すぐに見つかるはずだ。
人込みをかき分けながら、リーリアはやっとで大通りを抜ける。立ち止まり、辺りを見渡す。
ふと、見慣れた建物が見えた。
エマが住む集合住宅。
先にエマに会いたい気もした。しかし仕事で来ている以上、寄り道は良くない。仕事を終えてから行くべきだ。
そう考えて、リーリアは集合住宅を横切ろうとした時。
見てしまった。
「まさかベランダの外に紐で括り付けて、空中で寝てるとは思わなかったよ」
「すみません。同じ部屋はちょっと。浮気になりますから」
「ああ、確かに、そうなるの、かな。外で寝れば大丈夫ってわけでもないと思うけども。まあとにかく、今日は馬小屋じゃない普通の部屋探そう。良い? そして、ちゃんと人として恥ずかしくない生活をしよう。分かった?」
子供を叱るように話すエマの姿。
その隣には呪いの装備を着た噂で聞いたノロイ。
二人が同じ部屋から出ていく光景を、リーリアは見てしまった。