第二話 初めての冒険 後
下の階層の方が過ごしやすい。
なんてエマは思う。
人と人の関係がギスギスしていない。協力して生きている。同じ人でも、住む階層が違うだけでこうも違うのかと、エマは思わず思ってしまう。
六層は窮屈で仕方なかった。貴族に気に入られたい国民の巣窟みたいで。大勢の人々が他人を蹴落とすことだけを考えている。
それは子供の世界でも同じこと。学業がすべてであり、小さいころから学校に通わされる。冒険者を夢見る子供なんてまずいない。目指すとすれば、それは貴族になり騎士を目指すこと。ただ、これも珍しい。
ほとんどの子供は未来を見ている。夢を見ない。目指すのは貴族に気に入られる職業。兵や医者、弁護士など。そんな職に就いて、有名な貴族の家に招かれたら、将来は安泰なのだから。
世界なんて、そんなもの。
冒険者が国民を守り、下の階層から様々な物を持ち帰る中、兵は貴族を守り、騎士は王族を守る。
兵は、騎士は、国民がどうなろうと気にならない。
エマとノロイが町に戻るころには辺りは暗くなっていた。
全長三メートル級の洞海亀は金貨一枚ほど。四メートル級になると金貨一枚にプラスして銀貨数十枚増える。
今回、エマが討伐した洞海亀は三メートル級なため、金貨一枚。それが二体いるため合計で金貨二枚になる。ただ、このすべてをもらえるわけではない。
冒険者組合を通さずに売ることを冒険者は許されていない。そして、冒険者組合を通すため、いくらか仲介料として差し引かれる。合計金額によるが、だいたい二割ほどが引かれる。
町の隅にある、小さな建物、そこにエマとノロイは向かう。
素材などを売る方法は冒険者組合が認めている買取屋か、冒険者組合の建物に直接持っていく二つがある。手に持てる程度の小さな物ならば直接、冒険者組合に持っていくのも手だが、流石に洞海亀は大きすぎる。
町の隅にある買取屋は、町を守る壁の外に建てられている。そこで解体して、中に持っていくことが一般的だ。
「洞海亀二体か?」
買取屋に入ると、受付の男が、窓の外に見える二体の洞海亀を見て先に声をかけてくる。
「はい。お願いします」
「洞海亀二体で、金貨一枚と銀貨五十二枚。片方は処理してあるけども、もう片方は処理していないから、少し安めだ。おい、お前ら」
受付の男の呼ぶ声で、奥から若い男が二人出てきた。建物を出て、ノロイから洞海亀を引き取り、その場で解体を始める。ばらした素材、肉を中へと運び込む。
ノロイも建物の中に入る。
受付の男はノロイを一瞬見た後、カウンターの下から袋を取り出す。中から硬貨を取り出し、カウンターの上に適当にばらまいた。
「ありがとう」
お礼を言って、エマはそのお金を拾い上げる。数えながら袋に一枚ずつ入れていく。
ノロイはじっとエマの後ろに立つ。それに少し緊張しながら、袋に入れて帰ろうとすると受付の男はノロイに話しかけた。
「それは呪いの装備か? あんた呪われているのか?」
その問いかけに、エマとノロイは立ち止まり、振り返る。
配慮にかける言葉、だとエマは思った。ただ、ノロイは怒りを見せずに、頷く。それに受付の男はまるで、察するかのように。
「そうか。気を付けろよ」
再びノロイは頷く。
気を付けろ、とはどういう意味なのだろう。
エマは聞きたかった。
ただ聞いてはいけないような気がした。もしかしたら、良くないことなのではないか、そんな不安が押し寄せた。
ノロイに押されるように、エマは買取屋を出た。
買取屋から、町の入口まで少し距離がある。
その道を歩く中、エマは使っていない袋を取り出し、先ほど報酬として貰った硬貨から銀貨を二十枚ほど移す。そして、大量に入った袋をノロイに押し付けるように渡した。
「これノロイさんの分」
エマの取り分は銀貨二十枚。枚数に意味はなく。自分が受け取れる硬貨はこの程度だろうと、なんとなく思った結果である。
ノロイは受け取った袋を振り、中の硬貨が多いことに気づく。
袋を開けて、銀貨を一枚取り出す。
そして、残りが入った袋をエマに押し付けた。
「いいよ。ノロイさんの方が大変だったから」
エマはその袋を跳ね返す。
報酬の押し付け合い。
相手に良いように思われたいからか、あるいは本心でか。エマは自分自身どうなのだろうと考えると、多分前者になる。
「それに、銀貨一枚でどうやって生活するつもり?」
エマの言葉にノロイは首を横に振る。
生活できると言いたいのだろう。
エマはノロイの経済状況など知らない。ただ、首を横に振るということは、もしかしたら裕福なのかもしれない。
エマが月に費やす硬貨は、金貨五枚ほど。三メートル級洞海亀を五体で済む。ただこれは、実際にはそううまくいかない。今回のように一度にすべて持ち帰れば良いが、そうでなければハイエナどもが残していったものを奪うことはよくあることだ。
だから仮にも、エマが洞海亀だけで生活するとなると、十体はほぼ確実に必要だ。あとはどれだけ貯蓄をしたいかによる。
だから、金貨一枚、大金だ。少しでもほしい。甘えたい。
そんな気持ちをエマは心の奥底にしまう。
「良いから、先輩冒険者からの気持ちと思って」
ノロイはそんなエマの言葉に納得しない様子ながら、受け取ってくれた。
しばらくして見えてきた西の門。
今日のように洞海亀を討伐した時は、あの買取屋を使うことはある。ただ、買取屋は他にもあり、毎回決まってこことは決まっていない。
エマの部屋は東の門近くにある。八層へ直に向かう道のりでは北の門を使う。西の門と南の門は最も使わない門かもしれない。
少し部屋まで距離がある、なんて憂鬱に考えていると、ふとエマはノロイが住む部屋に興味を沸いた。
噂では12番街らしい。それは西の門近くになる。
パートナーとして、教えてもらった方が良いのではないだろうか。
「さっきのお礼、というわけじゃないけども。お互い部屋を知らないのは何かと問題があるから。どこに住んでいるか教えてくれない?」
そう上目遣いで聞くエマにノロイは首を縦に振った。
こっちだと言わんばかりに、手招きをする。エマはそんなノロイの後ろを追いかける。
大通りから離れ小さな小道に入る。汚い建物が目立つ。
近道なのだろう、なんて思っていると、エマとノロイの視線先に馬小屋が見えた。
屋根と柵の壁。小さな区画がいくつもあり、ほし草が辺りに散らばっている。そんなありきたりの馬小屋。
その区画に流馬と呼ばれる馬が何頭も見えた。綺麗な黒い毛と、真っ赤な瞳が特徴の小さな動物である。大きさはせいぜい一メートルほど。
流馬は荷物運搬で活躍する。小さいが馬力はあり、燃費が良い。
流馬特有の匂いがない。臭くなく、無臭に近いことにエマは違和感を覚えた。
そんな馬小屋の前でノロイは立ち止まった。
「ここが私の家です」
そう言って、照れたように家を、馬小屋を紹介する。
「…………嘘、だよね?」
エマは信じられないと言った様子で後ずさる。久々に喋ったことなど気にならないほどにその光景に引いていた。
「いやだって、ここ、馬小屋、だよね?」
ノロイは頷く。
「馬小屋に住んでいるの?」
ノロイは力強く頷く。
「どうして?」
エマの質問にノロイは首を傾げる。
深い理由はないらしい。あるとすれば、家賃が安いあるいは家賃そもそもがないとかそんな理由だろうとエマは考える。
はぁと大きくため息をつき。
「流石にこれはどうかと思う」
エマはノロイの手を無理やりに取った。そして、自分側に引っ張る。そうすることでノロイを馬小屋から離した。
そして、こう続けた。
「ノロイさんは私の部屋に住んで」