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第二話 初めての冒険 前

 洞海亀は数多の魔獣の中で唯一、七層にも住処がある魔獣だ。

 全長は成体で三メートルから四メートル。岩のような甲羅と巨大な牙を持つ。性格は温厚。全長の半分近くを尾が占め、顎の力は脅威だが、鈍足で知能は低い。

 そんな洞海亀の甲羅は様々な物に加工が可能で、肉も良質で美味なため、常に取引がある。

 そのため、冒険者になりたての頃は洞海亀を狩って生活をする者が多い。それと同時に洞海亀に敗れ死んだ冒険者も多いのだが。

 エマは今現在も洞海亀を狩って生計を立てている。

 エマのように小柄な冒険者であれば、洞海亀よりも、例えば人目の森と呼ばれる八層の森にのみ生息する骨虫などの方が効率が良い。

 常に取引があると言っても、生計を立てるためには量が必要となる。討伐後すぐに処理をしないと肉が腐る。その処理に時間がかかる。そして体重が一トン以上ある洞海亀を町まで運ぶのにエマでは何回と往復する必要がある。

 それでもエマが洞海亀を狩り続けるのは理由がある。

 一つ目に町から数十キロ圏内に住処があるのはうれしい。料理が好きなエマにとって洞海亀の処理も苦ではない。周囲に他に魔獣はいないため、警戒する必要がなく精神的な疲れが少ない。

 結局世の中、効率がすべてではない、とエマは思う。



「ん~」

 広がる快晴の下。エマは気持ちよさそうに背伸びをした。

 隣にはノロイの姿。エマはノロイとともに、町から二十キロほどしか離れていない巨大な湖にやって来た。

 目的は洞海亀の討伐。高台から湖の畔に数体の洞海亀の群れが見える。

「初めての冒険。冒険と言っても、七層内だけども。一緒に頑張ろう」

 エマの言葉にノロイは頷く。

 戦闘準備を済ませてから、崖を下りて、洞海亀の場所を目指す。

 冒険者がお金を稼ぐ方法は冒険者組合で発行される依頼を受けるか、魔獣を討伐し、その素材を持ち帰り売るかの二通りがある。依頼は主に警備か、特定の素材を求める内容だが、まず洞海亀を求める依頼はない。

 もしも洞海亀を求める依頼があれば、とエマは思う。

 依頼として素材を売った方が報酬が少し増える。素材が冒険者組合を通さずに売ることができれば、仲介料の方が高くつくのだが、残念ながらそれは許されていない。

 得られる報酬が増えたら、洋服や趣味にお金を使う余裕ができる。冒険者も楽ではない。

 なんて愚痴を心の中で思っていると、洞海亀が見えた。二体、群れから離れて雑草を食べている。雑草を食べたいのではなく、お腹の調子を整えるために、あえて体に悪いものを食べているらしい。

「ノロイさんはそっちの洞海亀をお願い」

 エマはノロイに指示を出す。

 エマクラスになると洞海亀に負けることはまずない。周囲を警戒する必要もない。エマは剣を抜き、ゆっくりと洞海亀に近づく。

 洞海亀がエマに気づく。警戒心を見せるが、エマはそんな洞海亀に正面から向かう。

「ごめんね」

 一つ謝罪を入れる。

 本気で謝罪をしているわけではない。

 ただ初めの頃、まだ殺すことに慣れていない頃。自分のために殺すという行為をこの言葉一つで正当化できる気がした。

 そのころから続く癖のようなもの。

 洞海亀が長い首を伸ばし、エマに噛みつこうと素早い動きを見せる。それを寸前のところで上に避ける。空中を一回転しながら、舞うように。エマは剣を洞海亀の頭に突き刺した。

 洞海亀の悲鳴が響く。血があふれる。

 エマの剣は確実に洞海亀の脳を貫き、洞海亀はしばらくして息絶えるように地面に倒れこんだ。そんな洞海亀からゆっくりと剣を抜く。

「ノロイさん、は…………」

 エマはノロイの方に視線を向ける。

 あの巨大な蛇を追い返したのだから、洞海亀を瞬殺するなんて朝飯前だろう。なんて思いながら。

 そうやって向けた視線の先。


 洞海亀に食べられているノロイの姿がそこにあった。


「負けてるっ!?」

 正確にはくわえられているが正しいのかもしれない。洞海亀の牙をもってしてもノロイの装備には傷一つつかない。

 何度も何度もかみ砕こうとして、それができないことが分かった洞海亀がノロイをくわえたまま群れの元へ持っていこうとする。

「ああ、もう」

 そんなノロイを助けるために、エマは剣を構え、ノロイをくわえた洞海亀に向かった。ノロイをくわえているがために、先ほどよりも隙だらけだった。

 尻尾の上を蹴り上がり、甲羅の上を走り、洞海亀の首元に剣を突き刺す。そのまま回転するように、首から頭の先まで斬り払う。

 倒れる洞海亀の口からノロイが吐き出される。

 エマはそんなノロイの元へ駆け寄った。

「大丈夫?」

 エマの言葉に気づいたノロイは、ゆっくりと上半身を起こす。そして、大丈夫と言いたいのだろう。親指をたてた。

 洞海亀の唾液がついたノロイには少し近寄りがたい。

「なら良かった」

 そんな気持ちを気づいたのだろうか、ノロイは起き上がると、湖に指を向ける。

「どうしたの? ああ、洗いに行くの?」

 エマの言葉にノロイは頷く。

 そうして起き上がると、湖に向けて歩き出す。その背中はどこか落ち込んでいた。

 負けたことを気にしているのだろうか。なんてエマは思う。

「あの巨大な蛇を追い返したのに、洞海亀に負けるなんて」

 そう考えて、ふとエマは気づく。

 あの時も殺しはしなかった。そして今回も。

 殺すという行為をしたくないように見えた。

「深く考えすぎかな」

 エマは考えることを止めることにした。

 そんなノロイを見届けて、エマは洞海亀の処理を始めることにした。

 血を抜き、内臓を取り出す。そのためには、甲羅を見せる洞海亀をひっくり返す必要がある。エマの力ではそんなことはできない。

 だから、先に甲羅を取り除く。剣を甲羅の隙間に突き刺す。八角形の模様に沿って切れ目を入れる。すると甲羅はその形に取り出すことができる。

 洞海亀の甲羅はどうも模様の中心が厚く、隙間に向けて薄くなるらしい。

 そうして、甲羅を取り除き、エマは甲羅が無くなった洞海亀の背中に剣を突き刺す。背中の骨を取り除き、内臓を次々と取り出す。

 幾度と行ってきた解体。慣れた手つきで手早く行っていく。エマの頬が、手が、冒険服が徐々に血に染まっていく。

 そんな中、ノロイが帰ってきた。

「あ、ノロイさんも、解体する?」

 そう聞くも、ノロイは首を横に振った。しかし、こんなことができると言いたいのか、まだ解体が行われていない洞海亀の尾を持ち、数メートル引きずった。洞海亀は一トンを超える。それを軽々と言った様子で引きずる。

「そのまま持っていくの?」

 ノロイは頷く。

 ただ、エマはこの程度なら、まだ驚きはしなかった。

 純粋な力で引きずれる冒険者も他にいるだろうし、魔法が使える者を含めたら、より大勢いるだろう。

 最高峰の冒険者の一人。クレアと呼ばれる魔法使いは、十を超える洞海亀を同時に運べると、聞いたことがある。

「じゃあ、そっちお願いね。私はこっちを持って帰るから」

 と言っても、エマはすべてを持ち帰ることはできない。

 そう思っていたら、ノロイが分解された甲羅を、解体されていない洞海亀の背中に乗せ始めた。甲羅の上に甲羅。そして、どこからともなく取り出した紐で縛りだした。

 それが終わると、エマの方を見る。

 洞海亀に指を差す。

「これも、持ち帰ってくれるの?」

 するとノロイは首を縦に振った。

 まだ解体は終わっていない。取り出した内臓と骨を森の隅に移動すると、ノロイはそれぞれの手で洞海亀の尾を掴む。そして、同時に引きずり出す。

「やっぱりノロイさんはすごいね」

 そう思わず褒めてしまった。


 あれほど大変だった往復が、たった一人のパートナーのおかげで一回で済む。

 それに感動しながら、エマはノロイに申し訳ない気持ちもあった。

 女の荷物は男が持つべき、なんて考えの女性はいるし、実際に荷物を持たせる女性も多くいる。でも、洞海亀二体を男に持たせる女はエマぐらいだろう。

 今回の報酬のほとんどをノロイさんに差し出そう、なんて思う中、エマはふと、ちょっとした雑学を思い出す。

「ねえ、ノロイさん。海って知ってる?」

 エマの唐突な問いかけにノロイは首を横に振った。

「この世界にも昔、海があったそうだよ。塩水でできた湖みたいなの。さっき見えていた湖よりもずっと大きくて、世界を包み込むぐらい大きいみたい」

 それは昔、学校の先生が教えてくれたこと。

「洞海亀も昔は海の傍に住んでいたらしいよ。まだこの世界のどこかに海があるなら、一度見てみたいよね。きっと美しいと思う」

 世界にかける思いを口にしたエマに、ノロイは同意するように首を縦に振った。


「素晴らしいと思います。私もいつか、見てみたい。探してみたい。きっと、言葉にできないほど美しいのでしょうね」


 ノロイが久々に口を開いた。

 それにもう、驚かなくなったエマは嬉しそうに微笑む。

 今までさんざん笑われてきたこと。でもノロイは、それを笑わないで受け入れてくれた。エマは自分を認めてくれたみたいで、うれしくて。

「うん」

 そう小さく頷いた。

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