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第一話 冒険者エマ 後

「ありがとう。ここまで送ってくれて」

 一晩たった次の日。エマとノロイは町へたどり着いた。階層の下でなく、晴れ晴れとした空が見えるエマとノロイが住む町。あと少しで日付が変わる、そんな時刻。

 別れ際に、エマはノロイに聞いた。

「あの件、次会う時まで考えていてくれる?」

 ノロイはその言葉に頷く。そうして、エマとノロイはわかれた。

 エマはどこかへと消えていくノロイを見ながら、疲労に満たされた体を労わるようにゆっくりと部屋を目指す。もう一日や二日かけて戻ってもいい距離だった。

 借りているアパートの部屋に到着すると、エマは剣と腰の道具袋を一通り机の上に置いて、鎧を脱いだ。下着姿で、ベッドに倒れこむ。

 瞼を閉じれば、すぐにでも眠れそう。

 そう思いながらも眠れないでいた。

「今回の成果はノロイさんと出会えたことぐらいかな」

 そう呟いて顔を枕に埋める。

 冒険だけではお金は増えない。冒険先で倒した魔獣の素材を持ち帰ったり、あるいは冒険者組合で依頼を受けないといけない。

「明日は、さすがに休もう。明後日、組合に顔を出して、あとお金も稼がないと。ちょっと厳しいかも」

 そう呟いて、ふと思う。

「そういえば、どうしてノロイさんは九層にいたのだろう。ノロイさんが受けれる依頼であの階層に降りることはまずないだろうし」

 本当はエマを助けた後も何かしたいがために九層にいたはずだ。

 依頼でなければ、何かを探している。それは十中八九呪いの装備を脱ぐ方法。

 しかし。

「九層に降りても、十層に降りても、呪いの装備を脱ぐ方法は分からないと、普通は考えると思うけども」

 謎だ。

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 はぁと大きくため息をつく。

「流石に無償は気が引けるし、今度会ったときやっぱり何かお礼しないと」

 何度か、お礼をすると言ったが、決してノロイは首を縦に振らなかった。

「それと、今回の冒険、今度…………リーリアに…………教えよう」

 そう呟いて、気づいたらエマは深い眠りに落ちていた。



 冒険から帰った次の日、エマは長い風呂から始まる。

 かまどの隣に置かれた大きな水桶から水を少しかまどに移す。かまどの下に薪を組み立てて、下に燃えやすいように薄く切った薪を入れる。そこに火打石で火をつける。

 そうしてお湯ができるまでの間に、水桶の水をほとんど浴槽へと移す。そこに沸騰したお湯を移して、ほどよいお湯を作る。

 髪と体を洗うお湯を先に小さな水桶に移す。これで準備が終わる。

 下着を脱ぎ、ゆっくりと浴槽に浸かる。浴槽の半分ほどまでしか水がないため、半身浴になるけども、エマにとってこれで満足だ。

「ふぅ」

 至福とは、贅沢とはまさにこのことだろう。

 エマは嬉しそうに鼻歌混じりに天井を見て考え事をする。

 体の疲れはもうほぼない。今日は外に出る元気がある。だから今日は何をしよう、と。

「次の冒険に向けて、道具を調達しておかないと。燃料石は残りわずかだし、干し肉と干し野菜も作らないと。あと、綺麗な水がもうないから買いに行かなくちゃ」

 国民の家に下水道はあっても、上水道は基本ない。綺麗な水は貴重だからだ。

 世界樹の頂上から流れる水は多くの階層を流れて第七層まで来る。その間に、水は徐々に濁っていく。第七層になると、その水はまず飲めない。だから多くの処理をほどこし飲み水へと変える必要がある。それを仕事とする人から水を買うのが基本だ。

 だから風呂とは贅沢である。普段は小さな水桶一杯で、丁寧に体と髪を洗うものだ。

「そろそろ上がろう」

 エマはそう名残惜しそうに浴槽から上がった。

 体と髪を洗い終えたエマは、体に残った水分をタオルでふき取り、普段着を手に取った。真っ白なシャツと紺色のスカート。それらを着ると、シャツの上に薄い灰色の一枚布を羽織る。

 エマが愛用する冒険服と異なり、なんとも軽い洋服に感動を覚えつつ、エマは長い髪を紐で縛る。財布を持って外へ出かけた。

 レンガ造りの小さな町。

 エマがこの町に越してきたのはエマが十六の時になる。両親の反対を押し切り、たった一人でこの町へやってきた。それから二年。

 二年もあれば、この町がどんな町か分かるものだ。

 商店街通り。

 大勢の人が行きかうこの町で生きる者、冒険者にとって必要不可欠な場所。エマはその中で迷いなくお気に入りの店へ向かう。

 エマに気づくと、見知った店の主人がエマに声をかけてきた。

「お、エマちゃん。今回の冒険はどうだった?」

「あんまり良くなかったです」

「そうか、そうか。まあそういう時もあるさ。それで今日は何にする?」

「今日は」

 エマは店に並ぶ商品を見る。

 冒険者に必要な道具を扱う店。冒険服や鎧、剣や槍から。燃料石や火打石、水や食料を言える袋。特定の魔獣から素材を採取する際に必要となる複雑な形の刃物。水を浄化する装置など。

 この店は価格は少し高いが、質は良い。

「これと、これ、ください」

 エマは二つに指を差す。

 消耗品である燃料石と、洞海亀の甲羅を加工したナイフ。

「燃料石はいくつ?」

「六つ」

「はいよ。エマちゃんには特別に一つプレゼントするよ。銀貨三枚銅貨六枚ね」

 そう言って、店の主人は一つ多く、燃料石を取ると袋に無造作に入れた。刃物はカバーに入れて直接渡してくれる。

 エマは財布から指定の枚数取り出し、店の主人に渡す。

「ありがと」

「また来てくれよ」

 エマはお礼を言って店を離れる。

 こういうことは多い。エマが珍しいみたいだ。

 冒険者なんて男がなる職業だ。女性の冒険者の数は全体の一割程度になる。エマのような若い子になるとさらに少ない。

「次は…………」

 人込みの奥に見える肉屋が繁盛しているのが見えて、エマは先に野菜を買いに行くことにした。

 そんな他愛のない時間。

 エマは冒険帰りのこれが何より好きだった。

「今日は無事帰ってこれた祝いに、ちょっと贅沢しよう」

 嬉しそうにエマは呟いた。

 これが多分幸せなのだろう、と。

 予定だったものをすべて買い終わったエマは荷物を部屋へ持ち帰る。

 肉と野菜を適当なサイズに切り分け、肉は調味料に漬け込む。先に野菜だけベランダで天日干しの準備を始める。

 干し肉や干し野菜は店で売っている。それでもエマは手作りにこだわる。手作りのほうが安く作れるのもあるが、何より味が店とは違う気がした。

 味を浸み込ませた肉もベランダに出し、野菜と別けて干す。最後にそれらを虫や鳥から守るネットを張り、準備は終わった。

 エマはベランダの隙間で同じように日光浴をする。

 八層の内へ向かって進めば必然的に日光は届かなくなる。だからたまに、冒険者として体が日光を欲する時がある。職業病に近いのかもしれない。

 エマはただ、ぼんやりと、空を眺め続けた。


 気づけば、辺りは薄暗くなりだしていた。

 エマは腕を伸ばし、お腹が空きだしたことに気づく。財布を持って近くの食堂へ向かうことにした。

 ちょっと贅沢、はその食堂を差す。外観、内観ともに年期の入った庶民向けの食堂。

 この時間帯だと、冒険を無事終えた冒険者が食堂で宴をしていたりする。酒場ですれば良いのに、なんてエマは思うが食堂でやりたい気持ちも何となく分かる。酒をメインにしたい時は酒場。料理をメインにしたい時は食堂。

 案の定、たくさんの冒険者で賑わっているのが、食堂に入る前から分かる。エマは食堂の扉を開けた。

「いらっしゃいませー!」

 そんな看板娘の元気な声が出迎えてくれる。

「何名ですか?」

「いち、め…………っ!」

 エマはふと目が行ってしまった。

 物置のようにじっと椅子に座る、見慣れた鎧。まるで常連のような姿。

「どうかしましたか?」

「あそこの、鎧の人と同じ席にしてもらって大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。お知り合いですか?」

「ええ、まあ。ちなみに、彼は良く来るのですか?」

「毎日のように来ますよ。どうぞ」

 看板娘はそう答えて、席へ案内してくれる。

 見慣れた鎧、ノロイだった。

 食堂の隅にある席。料理はまだテーブルに並んでいない。ノロイでは椅子は小さいのか、体が少しはみ出ている。

 ノロイはエマに気づくと、軽く手を挙げる。

「一緒でも大丈夫?」

 そう聞くと、どうぞと言いたいのか椅子に向けて、手を差し出す。エマは礼を言って椅子に座った。

「何にします?」

「洞海亀のステーキと、光海老の蒸し焼きと、パンと夏葉のサラダとビールください」

「はーい」

 看板娘はオーダーを取ると、キッチンへと戻っていく。

 エマはノロイを見る。一日ぶりになるが、相変わらず一切喋る素振りを見せない。

 毎日のように来るからか、看板娘ももう慣れたのだろう。こんな外見のノロイを気にした様子はなかった。

「あの、ノロイさん」

 エマは勇気を振り絞って話しかける。

「昨日はありがとう」

 とお礼を言うと、ノロイはいえいえと首を横に振る。

「ここで出会えたのも、ちょうどよかった。昨日のお礼がしたいの。今日は奢らせて?」

 またしてもノロイは首を横に振る。

「でもそれだと、私の気が済まない」

 断固として行こうとするエマの気持ちを察したのか、ノロイは首を前後左右に振り、諦めたように頷いた。

「良かった。さあ、遠慮なく、何でも頼んで。あ、もう頼んでいるよね。そういえば、ノロイさんは何を頼んだの?」

「おまちどー」

 そう聞いた時、丁度よくノロイが頼んだメニューが席に到着した。

 それに視線を送ったエマは、次の瞬間には驚愕の目へと変わっていた。

「雷光鳥のステーキ盛りねー」

 看板娘が重そうに両手で持っている。

 一枚の皿に大量に積まれた雷光鳥のステーキ。それはもはや肉の壁と呼ぶべきものだった。縦に幾つも積まれた肉の塊。その重量からか、エマとノロイの間に大きな音とともに置かれた。

 その迫力にエマは言葉を失う。

 ノロイは待ちわびたかのようにフォークとナイフを手に取った。

 丁寧に切り分けて、兜の下にフォークを忍ばせる。ゆっくりと少しずつ、雷光鳥のステーキを頬張りだす。

 思わず、エマは財布の中身をこっそりと確認する。

「すごいね。そんなたくさん食べるの?」

 エマの問いかけにノロイは大きく頷く。

「好きなの?」

 と聞くと、ノロイは再び大きく頷く。

 ノロイは一定の間隔でステーキを口元へ運ぶ。

 エマはふぅと深呼吸をして乱れた心を戻そうとする。ノロイの一つ一つの行動に動揺していたら、心臓がいくつあっても足りない。

 そんなことをしていると、看板娘がビールを席に運んできた。礼を言って、エマは頼んだビールを一口飲んだ。

「そうなんだ。そういえば、ノロイさんは昨日の私の言葉、覚えている?」

 エマの質問にノロイは手が止まる。

 助けて貰った日、エマは仲間になってほしいとお願いした。その返答は次会った時にとも言った。今がまさにその次会った時、である。

 ノロイは頷く。

「なってくれるの?」

 エマの問いかけにノロイははっきりと頷いた。

「本当に? 良かったー」

 エマは断られると思っていた。承諾するならば、昨日の時点でして良い。次の日に持ち越された時点で、無理だと思い込んでいた。

 でも承諾してくれたうれしさにエマの頬はにやけてくる。

 ノロイという頼れるパートナーができたエマは嬉しそうにビールを飲む。

 あまり酒に強くないエマは、程なくして、顔が赤く染まった。アルコールが体を回る感覚を楽しむ。

 気分が高ぶってくる。

 だから、なんとなく聞いた。

「ずっと聞きたかったことがあるのだけども、ノロイさんはどうして呪いの装備を脱ぎたいの? それだけきつい呪いなの?」

 その質問にノロイは数刻考え込む。

 呪いの装備が一生脱げないは確かに問題だ。ただその代償として、圧倒的な力をもらえるならばエマはきっと喜んで受け入れただろう。力にはそれだけの魅力がある。

 だから、他にも呪いの影響があるのではないか、とエマは考えた。

 ノロイは数刻考える。

 

「その、妻子がこれのせいで出ていきまして。家を出ていった妻と娘に戻ってきてほしいのです」


 それはそれは、悲しそうに、ノロイは言った。

「え? えっ!?」

 エマは一瞬にして酔いが覚める感覚を始めて知った。

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