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第一話 冒険者エマ 中

 巨大な世界樹の枝を二人は上る。

 上の階層を支えるようにして伸びる世界樹の枝は至る箇所に見える。そのどれも、まるで生物の道のように螺旋階段のように伸びている。

 この階層間に伸びる世界樹の枝は大小様々だが、エマが発見したのは小さい部類に入る。それでも世界樹の枝の直径は五百メートルほどの大きさがある。

 この入口は偶然が重なった珍しい入口だ。

 基本的に、階層間の入口は上の階層の端にできるものだ。

 しかし、エマが見つけた入口は、川の水が長い年月をかけて階層に穴を開け、偶然にも世界樹の枝がそのすぐ傍に伸びていた。川は滝へと変わり、第九層に新しい川を作っている。

 人の住む階層間は関所という難所があるが、それを除けば道は整備されているため上りやすい。途中途中には休憩所もあり、時間をかければ老若男女問わず、誰でも上ることができるようになっている。

 ただ自然の入口はそうはいかない。

 エマとノロイは助け合いながら、ゆっくりと上へ上る。

 距離は平均して60キロ。平坦な道を歩くのとは異なり、坂道を上る。階層間の移動だけで一日かけることも珍しくない。


 冒険者ならば食料と水は必ず立ちはだかる問題だ。

 どれだけ強くても、食料と水がなくては生きていけない。もちろん現地調達という手段はあるが、それは見知った土地で十分な知識がなくてはいけない。未開拓地になると話は変わる。

 エマはお腹が空いてきたのを感じる。

「そろそろ休憩にしようか」

 エマの言葉にノロイは頷く。

 世界樹の枝の中間あたりで、エマとノロイは一晩休むことにした。

 上れば上るほど、上の階層の影に入り、光が届きにくくなる。辺りは時間帯的には昼間だというのに、薄暗い夜中のようであった。

 エマは世界樹の枝の上に持ってきた道具袋をいくつか広げて、その中の一つ、火をおこしの道具袋を手に取った。中から道具一式を取り出し、準備を始める。燃料石と呼ばれる火の燃料となる不思議な石を三つほど並べて、火打石を打ち始める。

 二十回ほど打ち合ったとき、火花が石に燃え移った。

 エマは世界樹の枝の上に広がる火を見て、毎回疑問に思う。どうして石に燃え移るのに、世界樹の枝には燃え移らないのだろうか、と。

 その火の傍にエマは座る。ノロイは大剣を世界樹の枝に突き刺すと、エマの向かいに座った。

 疑問といえば、他にもある。エマはノロイを見て、その疑問を聞いた。

「何か食べないの?」

 エマが聞くと、ノロイは首を横に振った。

 食べる姿が想像できない。

 食べないというのだろうか。いや、食べないで生きていける人間なんてこの世に存在しない。

 そもそもの話、呼吸をする音も聞こえない。世界樹が大量の空気を生成しているため標高が高くなることによる人体への影響はほぼない。しかし、歩き続ければ呼吸は乱れるものだ。

 現にエマの呼吸は乱れている。だから休憩したかった。

 でもノロイは違う。呼吸音一つ聞こえない。

 本当に中身は人以外の何かが入っているのではないかと思ってしまうほどに。

「何も食べないの?」

 ノロイは首を縦に振る。

「どうして?」

 ノロイは首を傾げる。

「話してくれないの?」

 ノロイは照れたように頭をかく。何も恥ずかしがることはないはずなのに。

 それよりも。

 あれから、一度足りともノロイは話してくれない。どうしてあの時だけ話したのか。話すことも呪いの影響で話せないのではないかと考えてしまう。

 もしかしたら、食べることもそうなのかもしれない。

 呪いの装備が身体に与える影響をエマは知らないけども、食事が不要になるなどの効果があっても不思議ではない。

「私は食べるね」

 エマは広げた道具袋の中から、食料をまとめた袋を手に取り、中から干し肉と干し野菜をいくつか取り出す。

 これら保存食料の味は悪くない。水分がなくなったことで味が凝縮されているのか、普段よりも濃い味だ。しかし、ぱさぱさしており、水が恋しくなる。

 エマは干し肉を一口齧る。

 干し肉を咀嚼する中、エマはただじっとノロイを見てみる。ノロイは上を見たり、右を見たり、下を見たり、腕を動かしたり、鎧の見た目を気にしたり、動きっぱなしだ。かと思うとじっとこちらを見て、止まったりする。

 干し肉を飲み込んでから、エマはノロイに言った。

「すごいよね、ノロイさんって」

 そんな唐突な言葉に不思議そうにするノロイ。エマはつづける。

「あの蛇、名前は知らないけども、相当強い魔獣だった。多分、第八層であれに勝てる魔獣は数えるほどだと思う。そんな魔獣を追い返すのだから。強さ的に、冒険者の数字でいえば6から7ぐらい?」

 冒険者の強さを表す数字。1から10までの10段階存在する。

 エマは現在3。ノロイはまだ冒険者になって日が浅いため1になる。上になるほど冒険者としての質が高くなり、8を超えると最高峰の冒険者と呼ばれ始める。

 8を超える冒険者は、僅か14人。

 ノロイの強さは最高峰の冒険者に匹敵するだろう。エマはそう見ていた。

「ねえ、ノロイさん。一つお願いがあるのだけども、聞いてくれる?」

 ノロイは大丈夫と言いたいのか、親指を立てた。

「私とパーティーを組んでくれない?」

 すると困ったようにノロイは慌てふためく。

 エマは未知を探求する人が冒険者仲間としてほしかった。

 でもノロイは違う。ノロイは自身を縛る呪いの装備を脱ぐ方法を探す目的で冒険者になっている。それは、エマとは大きく異なる理由だ。

 それでもエマはそうお願いした。

 理由は三つほど。

「ノロイさんはその装備を脱ぎたい。でも方法が分からないのでしょ。だったら、たくさんの情報が集まる上の地位に、私と上の数字を目指そう」

 エマの言葉にノロイは悩み始める。

 一つ目に、友人リーリアのため。リーリアはノロイへ妙に興味を持っていた。それがどうしてかは分からないけども、友人としてリーリアの手伝いをしたい気持ちがあった。

 二つ目に、ノロイが安心できる人であるため。ノロイのような人と仲間になりたいとエマは思っていた。

 三つ目に、呪いの装備という存在。エマは話で聞いたことは幾度かある存在。見るのは初めてだ。未知を探求するにあたり、呪いの装備という存在はこの世界の秘密に近づく要因かもしれない。

 そう呪い。

 この世界には魔法と呼ばれる力がある。奇跡の総称。誰でも学ぶことで扱うことができるとされる、特別ではない力。

 そんな魔法とは異なる力を人々は呪いと呼ぶ。極わずかな人、魔獣が扱える力。それは努力ではどうしようもなく、才能を持つ人だけが扱える。

 この呪いの力を受けた装備を総称して呪いの装備と呼ぶ。

「ダメ?」

 エマのお願いに、ノロイは悩む姿は見せるが、首は縦に振らない。

 ダメだろう、とエマは諦めの気持ちがあったため、心への傷は少ない。そもそも、ノロイを利用して、世界を知ろうとすることへの罪悪感もあった。だからどこか、断れれる未来も望んでいた。

 エマがそんな心情を渦巻かせる中、大きなお腹の音が聞こえた。ぐぅと、立派なお腹の音。

 それが何の音か、エマは分からず、辺りを見渡す。もしかしたら魔獣がすぐ近くにいるのかもしれない、と警戒に入る中。


「すみません。その返答は後程。お腹が好きましたので、ご飯食べますね」


 そう断りの言葉を言って、ノロイは腰につけた袋から干し肉を取り出すと、兜と首の間にあるのだろう鎧の一部を取り、そこにできた隙間に肉を入れて食べ始めた。

 淡々と、先ほどまでなぜ食べなかったのか不思議なほど、ノロイは干し肉をむさぼり続ける。

「ごはん食べるの!?」

 そう声を荒げるエマ。

 何を驚いているのだろう、と不思議そうにしながら、ノロイは干し肉を食べ続ける。

 干し肉を一つ、食べ終えると、次に水が入った水筒袋を、顔を上に向けて鎧すべてにかけた。その水は重力に従い下へ流れる。そうして兜の隙間から入った水をどうもノロイは飲んでいるみたいだ。

 豪快な飲み方にエマは驚愕を隠せない。

「てっきり食べなくても大丈夫なのだと思っていたよ」

 いやいやまさかそんな、と言いたげにノロイは手を左右に振った。


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