第一章1
「あぁ~。やってらんね~」
やる気のない声を上げる少年。一〇〇枚の紙の束を一つ一つ手作業で確認する作業はとっても面倒くさい。
機械でやればいいのに、と、いつも思うのだが、上に言っても聞いてはくれないし、他の人に回して、帰った所で、明日の作業が倍になるだけだ。よって、居残ってでも、今日中に終わらさなければならないのだ。
「あと三〇〇枚程度でしょ。文句、言わない、言わない」
少年の前に座る少女は、ダラけている少年にそう言った。
彼女の前には、一〇〇の紙の束×一〇〇 合計一〇〇〇〇枚もの資料がきれいに並んでいる。これを、全て一時間以内に確認するというのだから、とんでもない。
少年は、この仕事を苦行と勘違いするほどで、これがある日は決まって、帰る時間が二時間も遅れる。その苦行を難なくこなすのが、少女なのであった。
そんな少年らが所属しているのが、防衛都市の非戦闘科『機能科』である。
防衛都市には、『戦闘科』『非戦闘科』という戦う者と戦わざる者が存在し、それぞれに学科が存在する。『機能科』はわずか三〇人しかおらず、『非戦闘科』の上位学科であり、『戦闘科』の直接サポートが可能な唯一の学科である。
つまり、ダラしなくとも、少年がエリートであるという事は間違いがないのだ。
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書類に全て目を通し終わった頃、外は完全に闇に飲まれていた。
最も、最後まで残っていたのは少年だけなのだが、
「みんな、能力使って雑務するなんてズルイよな~。俺がいちいち手作業でやってんのに、『視る』だけで済むんだもんな......」
独り言を呟く。なんて事はない、いつもの事なのだがやはり、能力を使えると使えないとでは全く違う。この防衛都市の人間はいわゆる超能力を学生一人に一つ以上必ず持ち合わせている。
例えば、一時間で一〇〇〇〇枚の書類を確認する少女は、『視分析』と『透化』という「目」に関する能力を二つ持つ。少女のような者をと呼び、からの階層が存在する。上限であるは防衛都市二八〇万人中四人しかいない最高位能力者であって、それを超えるものはいないとまでいわれた。
また、位は日々行われる能力検査により決まり、稀に単能力者でありながら、二重能力者や四重能力者を超える能力者もいる。
それは、能力適正値に起因するものであり、ある一つの能力が強大である能力者がいるということに他ならない。そして、その強大な能力を五つ持つ者こそが五重能力者である。
夜も深く濃くなってきた頃、少年は学ランを着なおして、教室を出る。学校には生徒どころか、先生もいない。そのはずなのだが.......。
ゴソッと黒い影が通り抜ける。
ここで、少年は運命的な出会いを果たす。ある意味に置いて、残酷で、ある意味では奇跡的な出会いを....。
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現在一七歳 高校二年 黒城 空。突如現れた謎の黒い影に緊張と焦りで、汗が止まらねぇ。
目の前を横切ったのは、確実に人間サイズの何かであった。何かとは、人間でない可能性を考慮している。
もし、人間サイズの機凱種ならば、ジョーダン抜きでやばいからだ。死の恐怖に震える空、対する黒い影は、バタンッと倒れた。
「ア、あれ.....。うん、え、あ.....」
目の前で倒れた影。正体不明の生き物は現れてすぐに、力尽きてしまったらしい。こちらの油断を装っているのか、そんな可能性も忘れて、ケータイの光を影に当てる。
そこから浮かび上がったのは、少女の顔。だが、その顔はこの『機能科』では、一度も見たことがない。それに、機械のコネクタのような花型の装飾品を頭につけている。
こいつは何者だ、そう思いつつも、目の前に倒れている少女を見捨てれずにいた空は、謎の少女を背負って自分の家に戻ろうとする。この時、空は確認しておけば良かったのだ。顔より下がどうなっているかを。そうすれば、あんな目で見られずに済んだのに......。
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「ふ、不幸だ~。おかしいぞ。普通なら服ぐらい着てるだろ、なんでこいつは、こんあナリで動けんだよ。ハァー.....」
確かに、肌に触れてる感覚はあったよ。あったのには、間違いないんだけどさ、まさかスッポンポンだとは思わねぇじゃん。おかしいよね、全体的に。
一人事をブツブツ呟く空は、少女を自分のベッドに寝かせて、布団を被せる。彼女が何者か、それは起きてから聞かなければならないだろう。空はそう思いながら、ソファーで寝ることにした。
空は暗く、闇に包まれている中、輝く光は、星か機凱種か、それは誰にも分からない。そう、誰にも。
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朝、床に落ちて寝ていたのか、目覚めが悪そうに空は起きる。目を擦りながらベッドを見ると、少女はまだ、死んだように眠っていた。朝食を作り、落ち着いた調子でそれを頬張ると、空は制服を着て、外に出る。
彼は機能科であるが、本分は学生という事を忘れてはいけない。
『防衛都市』は、二八〇万人もの人口を誇るが、その九割は学生である。
そのため、教育機関の中枢という役目と『機凱種』の防衛最終機関としての役目を携わっているという事になるのだ。
よって、彼らの掲げるスローガンは、「汝が法により、世界を救う」である。
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空は、いつも通り学校に行き、授業を聞く。そしてまた、『学科』に通う。ちなみに、学校は『学科』とは一切関係なく、拠点としている場所は違うことが多い。だから、『戦闘科』『非戦闘科』が入り混じった学校のクラスも、いくつもある。
防衛都市いる限り、義務付けられていることが一つ。それが、「『防衛都市』に住む学生はいずれかの学校に入り、必ず『学科』にはいってもらう」というものである。もちろん、その規則を破る者もいるそうだが、彼らには、それ相応の罰が与えられているらしい。
ちなみに、これが発表された時に、学生が能力に目覚めたといわれている。
言われている、というのはどうして、能力に目覚めたのかが誰にも分からないと言う所があるからだ。知らぬ間に、あなたは、超能力に目覚めましたと言われても信じることなどできない。でも、実際にそれが発現したことも事実である。
だから、その日、八月一三日を境に世界は一変したと言われている。
何はともあれ、その日から、能力検査による位づけが始まり、それにより、能力の良し悪しで物事をいう日がきたことは間違いないだろう。
「あぁだりィ~。この作業が多いから、この『学科』は好きじゃないんだよな」
ちなみに、学校は好き放題に選べるが、『学科』は自分の位によって、選べる所が限られてくるため、体に合わないという奴もいるのだ。
「ふゥ~終わったか....」
いつも、深夜まで残ってやる作業をいつもより早く終わらすことができた。まぁ、それでもやっぱり残っているのは、一人だけなのだが.....。
「服を買いに行かなければ.....。あれ以上、あいつの裸は直視できないし、思春期の俺には爆弾だし....」
昨日は無理だったのだ。いくら万能と言っても、コンビニに一着全部あるとは、思えないし、二四時間営業の服屋は存在しない。そして、なにより、(裸の)少女を運んでいたんだから、そのまま家以外のどこにも行けなかった。
そして、彼にとって、服屋に行くというのも死地へ向かう事と同等の意味を成していた。なんせ、相手は女の子だ。つまり、レディースを見に行かなければならないということになる。
彼女もいないただの男が、女物の服を見に行くというのは、どういう意味を示すのか。
せめて、知り合いには会いませんように、と強く願った空であった。