第17話 ブリーフィング
「スワーラ、遅いな」
飛鷹はコマンドルームでぽつりと呟いた。
スワーラが会議に出ると言ってから五時間が経過している。いままでも会議は行われていたが、長くても一時間ほどだ。会議はダラダラやればいいというわけではないから簡潔に澄ましているはずだが。
「決戦についての会議っすからね」
イシニコがコーヒーを飲みながら言った。
「決戦?」
「新生『ザ・クロック』の本拠地がわかったらしいっすよ。情報部が探し当てたとか」
「そいつは初めて聞いたな」
「情報部とは情報のやりとりをしているっすからね。俯瞰して戦場を見る立場でもあるんで、情報部には重宝されているんすよ」
「なるほどな」
飛鷹はイシニコよりも階級は高いが、部下はいない。
イシニコはイニティウムの機長として、セティヤやノルテを指揮下に置いている。
元テストパイロットでもある。視野の広さは自分よりもはるかに上だ。
「それにしても長いな」
「『ザ・クロック』の本拠地っすからね。『クロックロイド』とフォーミュラーシリーズがどっさり。かなり強固らしいっすよ」
「そいつは厄介だな」
「セティヤ。どれくらい倒したか、データを出して欲しいっす」
「『ザ・クロック』の指揮官は61人。『スミーヴァ』と戦術部を合わせると56人を倒しています」
セティヤが答える。会話を聞いて準備をしていたのか、すぐにデータを出してくれるのは会話がスムーズに進んで助かる。
状況を察して、常に必要な情報を準備するセティヤはほんとうに優秀なオペレーターだ。この優秀さは戦場で役に立つ。
「その61人というのは情報部が掴んだ情報か?」
「『インタグルド』は情報部も優秀です。間違いはありませんよ」
「残り5人か」
それで戦いは終わる。もう人を殺さなくて済む。雫の想いを守るために戦ってきたが、いまでも人殺しは気分が悪い。
そんなことを考えていたら、スワーラがコマンドルームに戻ってきた。
開口一番にこう告げた。
「新生『ザ・クロック』の本拠地、ムーブメントの攻略を開始するわ」
「いよいよか」
イシニコの言葉通りだった。さすがはベテランパイロットで人生の先輩だ。よくわかっている。
「ハワイ本島から北西に二百キロ。長い間放置されていた、人工の海上都市よ。かつてはヘブンと呼ばれていたけど、いまはムーブメントと呼称するわ」
スワーラが立体マップを表示する。
高いビルが幾つも並んでいるが、人が住んでいる様子はない。完全な廃墟だ。
「主立った租税回避地――ケイマン諸島などが国際的な非難を浴びて税制の見直しを迫れれたため、新たな租税回避の地として建設された腐敗の象徴よ。
租税回避地は人が住んでいることが条件だから、ある程度の人口がいたわ。ただ市長以下の運営に関わるものが惨殺されたことで崩壊。犯行は国際的なテロ組織である『ファントムSAT』だと言われているわね」
「汚職をしたものたちを殺して、死体を晒す悪趣味な連中だな。汚職をした奴らが死んでも自業自得だと思うが、死体を無惨に晒すのは悪趣味としかいえねえよな」
「私もその意見には同意するわ。彼らのしていることはテロに他ならない。結果的にだけど、『ファントムSAT』がまき散らした恐怖は新生『ザ・クロック』に本拠地を与えるということに繋がった」
もし『ファントムSAT』がいなければ、『ザ・クロック』はムーブメントを手に入れられなかっただろうか――いや、どこか別のところに本拠地を構えるだけだ。本質的には変わらない。
「しかしまあ。そこまで税金を払いたくないかねえ、金持ちってのは」
「面の皮が厚いのよ」
スワーラは呆れ顔で言う。
「情報部によればある企業が格安でこのヘブンを買収したのよ。その企業は『ベースティア一味』のペーパーカンパニーだとわかったわ」
「『ベースティア一味』?」
「テロリストご用達の武器商人ね。リタード・フー5やオルテュス、ラ・デェス、地球浄化委員会といった国際的なテロ組織に武器を販売していると言われているわ」
どれも聞いたことがある、凶悪なテロ組織だ。
それらの組織と取引をしていたとなれば、ベースティア一味はかなり危険な組織だとわかる。
「しかしまあ、人目につかない場所を拠点にするというのはわかるが。わざわざ太平洋の離れた場所に拠点を設置するとは、大胆なことをするな」
「ムーブメントは人目につかない以上に価値のある場所だったのよ」
「海底資源ですか」
エルヴァが海図を眺めながら、頷く。
「公海にも未開発のレアアース鉱床がいくつもありますが、ちょうどヘブンの位置にも鉱床があったはずです」
「さすがね。『ザ・クロック』がここを本拠地としたのは、真下に海底鉱床があるからと推測されるわ。『クロックロイド』を秘密裏に大量生産するには最適な場所なのよ」
『クロックロイド』の生産設備を整えてしまえば、無限の兵力を作り出すことが出来るということか。『ザ・クロック』の本拠地としては、これ以上ないほどの最適な場所だ。
「ただ資源には限りがあるわ。『クロックロイド』の生産数も予想がつく。指揮官も5人まで減った」
スワーラに言われると敵指揮官を減らすことが出来たという実感が沸く。同時に多くの敵を殺してきたことを意識したので気分が少し悪くなったが、多くの人を救ったのだと思うことで割り切った。
「今回の作戦には『インタグルド』が保有する全ての『iPowered』装着者も投入されるわ。戦術部のピンクガーベラとホワイトラベンダー。情報部のグレーディテクティブ、技術部のブラウンシュガー。保安部のブラックベリー。
それぞれが直属の隊を率いている隊長格でもあるわね」
ピンクガーベラとホワイトラベンダーとは一緒に戦ったことが何度かある。どちらも優秀な戦士だ。
「ただし保安部と情報部は予備部隊として待機しているわ。こちらの予想を超える戦力が隠されていて、撤退することになるかもしれない。そのときに時間稼ぎをするのが保安部と情報部ね」
情報部が調べているとしても、未知の敵がいるかもしれない。予備部隊はそうした不測の対処するための部隊だ。指揮官というのは予備部隊を出来るだけ多く確保したいものだと某漫画で描いてあったし、『インタグルド』も同じなのだろう。
ただひとつ懸念もあった。
「スワーラ。ひとつ聞きたいのですが、戦力が足りません。保安部と情報部を予備部隊を温存する余裕はないはずです」
エルヴァの指摘は正しい。
新生『ザ・クロック』の戦力は大幅に削ったが、その分こちらも消耗している。予備として温存する余裕はないはずだ。
「あなたの言うとおりよ。予備戦力を持つ余裕はないわ」
画面が切り替わる。
ムーブメントを『インタグルド』の戦術部と日本連邦海軍、北米同盟第七艦隊が包囲していた。
「今回の作戦は日本連邦海軍の第一パトロール艦隊と米海軍は第七艦隊が参加するわ」
どちらもそれぞれの海軍の最精鋭だ。練度は高く、優秀さで知られている。
「よく誘いに乗ってくれたな。俺たちは『ザ・クロック』と敵対しているが、あちらからすれば怪しい連中だろうに」
なにか裏があるのではないか? と自分ならば疑う。
『ザ・クロック』を滅ぼしたあとに牙をむくかもしれない。なんの見返りもなく自分たちを助ける相手など、信用できない。もっとも信用できなかったとしても、圧倒的な力の差があるのだからどうしようもないのだが。
「もちろん見返りはあるわ。耐ビームコーティング塗料の無償提供よ」
「ビームを喰らっても即死しなくなるという特殊塗料だったか」
「本当ならば全ての国家に無償で提供したほうがいいのだけど、『インタグルド』の生産量ではこのふたつに提供するのが精一杯なのよ。作り方を公開してもいいのだけど、特殊な技術が必要だから『インタグルド』以外には生産できないわ」
「あちらとしては、ネフアタルも提供してくれれば万々歳なんだろうけどな」
「世界のパワーバランスが崩れるわ」
「技術なんてものは一度正解をみせてしまえば、そこにやがて辿り着くものだろう?」
「精神的にも成長して使い方を考えてくれれば、インタグルドとしては技術提供も出来るわよ」
「そいつは厳しいな」
飛鷹は苦笑した。
各国にネフアタルを渡されても、覇権を得るための道具として使われるのがオチだ。平和利用なんて欠片も期待できない。
「明朝8時にインタグルド戦術部と日本連邦海軍と米海軍により、ムーブメントへの攻撃を行うわ。ムーブメントの迎撃戦力を排除したあと、日本連邦海軍の陸戦隊と米海軍の海兵隊が上陸。制圧する手はずになっている。
私たちの任務は日本連邦海軍と米海軍の援護よ。耐ビームコーティングがあるといっても、コーティングには限界があるわ。ネフアタルやiPoweredを装着していないから戦闘力も落ちる」
「敵指揮官が現れたら?」
「ハルトレスに隊員を回させるわ」
「もしあいつが――今度のザ・クロックでもグランドが現れたらどうするんだ?」
「他の仲間と合流して、最優先で撃破しなさいっ。絶対にひとりで挑んでは駄目よ」
スワーラはほんの少しだけ、語気を強めていった。
『ザ・クロック』の首魁、グランドコンプリケーション――通称、グランド。
新生『ザ・クロック』も幹部に同じ名前を踏襲していることから、新生『ザ・クロック』のボスはグランドという名前の可能性が高い。
――あいつの名を思い出したくもないよな。
グランドに多くの仲間が倒された。
無慈悲なまでの力の差で仲間達が為す術もなく倒れる光景は、いまでも思い出すだけで吐き気がする。
「そんなにヤベえのか?」
スフィルが眉をひそめながら聞いてくる。
「グランドは『ザ・クロック』、最強の戦士だ。遭遇した小隊が数秒で殲滅した」
「文字通り、レーダーから一瞬で味方のマーカーが消えたのを私は忘れない」
スワーラは後悔で顔を歪ませた。
「この戦いが終わったらパーティーをしよう、なんて死亡フラグなことを語ったよな。まさか本当にフラグになるなんて思わなかったぜ」
生きていて欲しかった。パーティーをしたかった。死んで欲しくなかった。
「今度のグランドがどれくらいの強さがあるかは未知数よ。でも、ひとりで戦うべきではないわ」
「わかったぜ。隊長さんがそこまでいうならば、十二分に警戒しておくぜ」
スフィルが軽く息を吐く。
自分とスワーラの言葉でどれだけ危険な相手か、ある程度は理解してもらえたようだ。これで少しは安心か、と飛鷹は思った。
「いざとなれば、戦略爆撃部隊のクニーサで集中爆撃するわ」
「そいつは酷くねえか?」
「容赦する必要はないわ」
クニーサはエアトゥース級を爆撃機仕様にした機体で構成された部隊だ。爆撃機仕様は単機で大都市を瞬時に灰にする火力を誇り、クニーサが本気を出せば大国を滅ぼすことも可能だ。
「ところでスワーラ、ひとつ気になったんだが――最初からクニーサに爆撃させればいいんじゃないのか?」
「それは出来ないわ」
「なぜだ?」
「『クロックロイド』の生産設備は可能な限り確保したいからよ」
「『ザ・クロック』を倒せば、戦いは終わりだろう?」
「これ以上は機密事項よ。あなたには知る権限はないわ」
スワーラはキッパリと言った。こういう言い方をしたら、スワーラは絶対に語らない。
――まあわかっていたことだしな。これで戦いが終わるなんて思ってはいないさ。
スワーラはスミーヴァの仲間達を見渡し、
「必ず勝つわよ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
皆一斉に返事をする。
飛鷹は体の芯が、腹の底が熱くなるのを感じた。
これまでは守る戦いだった。どんなに早く駆けつけたとしても、既に襲撃されている段階で犠牲者は出ている。だが、今回は違う。『インタグルド』は攻勢に出る。
心配はいらない。
そう強く思い、飛鷹は悪い予感がするのを振り払う。




