第15話 ライドン・ヘンダーソン基地の攻防3
『ブルーティア』のマントから大量のセキレイ粒子が放出される。
『iPowered』のマントは見た目だけではない。セキレイ粒子を放出する推進機関であり、敵の攻撃を防ぐ盾であり、オプションをマウントすることも可能だ。
『ブルーティア』は『クロックロイド』の集団に突っ込む――その瞬間に左腰の鞘に収められたクレセントムーンに手を伸ばし、抜き放つ。その刀身は峰厚く、幅は広い。一メートル半はある大刀だ。
翡翠色の刀身が太陽の光を反射して輝く。翡翠色は邪を払う色といわれ、逃げ惑う人々を虐殺する邪悪な存在を滅するには相応しい。
左手で右腰のレフトセンテンスも抜いた。レフトセンテンスの刃はクレセントムーンと同じ翡翠色だ。長さは標準的だが、切っ先の峰にも刃が付いている。刺すことに適した形状だ。
『ブルーティア』は二振りの太刀を振るい、手当たり次第に『クロックロイド』を斬った。一体も逃がすつもりはない。この先には逃げ遅れた民間人がいる。母親を目の前で殺された少女がいる。
自分と同じ――『ザ・クロック』に大切な人を目の前で奪われた少女が!
「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
雄叫びをあげ、『クロックロイド』を斬り倒していく。
他人に自分を重ねるなんて、まだまだ未熟だと反省する。
感情的になれば、死を招く。
あいつに託されたんだ、皆を守って! と。
いまここで死んだらその思いを叶えられない。
冷静になれ! 飛鷹・トレ!
感情の高ぶりを抑えられない。
『気は済んだかしら?』
気がつけば、動く『クロックロイド』はもういなかった。
「ああ――済んださ」
『レッドローズ』の言葉がなければ、自分は冷静さを失っていたままかもしれない。
『まだ敵は沢山残っているわよ。でもあなたの活躍は意味があったかもしれないわね』
「そいつはどういう――」
『クロックロイド』の集団がこちらに向かってくるのが見えた。
無数のビームが飛んできたので、思わず跳んでかわす。
あれだけのビームの直撃を受けたら、ヤバそうだと直感的に思った。
跳びながら地面に向かいクレセントムーンを振るい、土煙で自分の姿を隠す。こんなことで『クロックロイド』を誤魔化せるか疑問だったが、狙いは多少甘くなる。
「『iPowered』はステルス機能も搭載しているわ。視界を遮れば姿を確認することは出来ない」
「そいつはいいことを聞いたぜ!」
後退しながらクレセントムーンとレフトセンテンスを地面に向かって振るい、土煙を発生させていく。
『クロックロイド』が右手のビーム砲の砲口にビームサーベルを発生させる。
「ビームが当たらないならば、接近戦で勝負しようってことか」
――嘗められたものだ!
袈裟に放たれた一閃が土煙を吹き飛ばし、『クロックロイド』の胴を真っ二つに斬り飛ばす。
銀色の液体が宙に舞った。
「俺は飛太刀二刀流の免許皆伝の腕だぜ! てめえら魂がねえロボットごときに剣で負けるかよ!」
『クロックロイド』が二体迫る。
正面から迫る二体をクレセントムーンを横薙ぎの一撃で斬り伏せる。
――今度は五体か。
『クロックロイド』が囲みながら突っ込んでくる。
完璧な包囲だ。均等に距離を取り、隙間から抜け出そうとしても『クロックロイド』のサーベルが天国に連れて行くだろう。
普通の隊員ならば死んでいただろう。
『ブルーティア』はヘルメットの下でふっ、と笑った。
剣技でねじ伏せてもいいが、せっかくだ。『iPowered』の性能を生かしてやろうではないか。
『ブルーティア』は跳んだ。
その跳躍力は『ネフアタル』を軽く凌駕し、包囲から簡単に抜け出せる。
距離を置いて、着地。
『クロックロイド』はすぐに気配を察知し、迫ってきた。
『ブルーティア』は一体目の胴を斬り払い、二体目の胴を薙ぎながら腕を回転させて、三体目を幹竹割りし、背後から迫る四体目の頭蓋骨を後ろ回し蹴りで砕き、五体目の喉にクレセントムーンの切っ先を差し込む。
「段々と慣れてきたな」
『トゥルービヨン』との戦いのときよりも、体が動かしやすい。この『ブルーティア』という『iPowered』は思ったよりも体に馴染む。
左前腕に内蔵されたアンカーでクレセントムーンを回収し、握った。
柄の部分にトリガーのようなものがあり、人差し指を掛けてみると「RIFLE MODE ON OR Off?」という小さなウィンドウが浮かび上がる。
『ブルーティア』はとりあえずONに視線を合わせる。
クレセントムーンとレフトセンテンスの刃が九十度前に折れた。
迫り来る『クロックロイド』の一体に向ければ、何メートル離れているかが表示され、ロックオンが完了した旨を知らせる。
引き金を引けばレフトセンテンスの切っ先からビームが発射され、『クロックロイド』が倒れる。
「なるほど。これがライフルモードか」
『ブルーティア』は正確に一発の無駄もなく、『クロックロイド』を撃ち抜いていく。
『大した腕ね』
レッドローズから通信が入る。
『どこで磨いたのかしら?』
「あんたは誤解しているぜ」
物語では剣術使いが射撃はまったく駄目なパターンは多い。訓練していなければ射撃が下手なのは当然だが、武士が射撃を使えないというのは誤解だ。
「武士の四大武術って知っているか?」
『いいえ』
「剣術、槍術、弓術、そして砲術だ。武士が飛び道具を嫌うってのは創作の世界さ。実際には何百年も続く砲術の流派もあるくらいだ。自ら鉄砲や弓を使いこなす達人クラスの戦国大名も何人もいたんだぜ。戦国時代でも戦死者の七割は弓か鉄砲だからな」
『飛太刀二刀流は砲術も扱うというわけね』
「砲術どころか、あらゆる戦闘術から有効なものを貪欲に取り入れるのが飛太刀二刀流のいいところでね。色んな流派から技を取り入れている。まあ、これは他流派も同じようなもんだけどな」
強くなるために幾つもの流派に弟子入りし、やがて自分の流派を興した剣士は少なくない。だから技が途絶えたといわれる流派でも、他の流派に技が受け継がれているケースは幾つもある。
「減らないな……」
『クロックロイド』の数が減る様子はない。
全身の装備をチェック。
首の左右に収納されたビームキャノン、両太ももについたミサイルランチャー、両腕下部に収納されたビームガドリングガンを展開。
クレセントムーンとレフトセンテンスの引き金を引くとともに、一斉に放った。
無数のビームとミサイルが『クロックロイド』に殺到し、強烈な爆風とビームで一掃する。
「こいつは凄いぜッ」
『ブルーティア』は感嘆の声を上げる。
火力が向上しているのは前に装着したときにわかっていたが、実際に使ってみるとその凄さが実感できる。第二世代『iPowered』よりも火力がかなり向上している。
「接近戦型だから律儀に飛び道具を減らさいでくれ」と散々ディセットに文句をたれていたから、改良してくれたのだろう。
しかし喜んでばかりもいられない。
セキレイ粒子が急速に消耗しているという警告が発せられる。
『あなたの『iPowered』はあくまで白兵戦を主眼にしたタイプよ。一斉射撃はセキレイ粒子の消費が激しいから、一度の出撃で使えるのは一度だけだと思いなさい』
「そういうことは早く言ってくれ!」
『体で学んだほうがいいと判断したのよ』
「現場主義かよ!」
セキレイ粒子は残っているが、もう射撃に回す余裕はなさそうだ。
「他に一撃で雑魚を吹き飛ばすような武器はないのかねえ」
『もちろんあるぞ』
「おわっ」
いきなりディセットの声が聞こえてきて、かなり驚いた。
「いきなり話しかけてくるなよ、爺さん」
『おぬしが困っていると思ってのう』
「勘のいい爺さんだ」
『ふぉふぉふぉ、年の功よ』
ディセットは軽い口調で言った。
『腰に手を回してみるのじゃ。細長いボックスがあるじゃろう。それを見つめながら、手榴弾をイメージしてみろい』
「なんかシャープペンサイズの緑色のものが出てきたな」
『それをへし折るんじゃ』
『ブルーティア』は言われたとおりに折った。
『三秒以内に投げろ』
「はっ?」
言われたとおりに投げようと手を振りかぶり――全身を強烈な衝撃が襲い、一瞬だけ意識を失いかける。
近くの建物にのめり込んでいることに気がついたのは、『クロックロイド』のビームサーベルが眉間に迫ったときだった。
『ブルーティア』はとっさにクレセントムーンを振るい、『クロックロイド』の腕を切り飛ばし、返す刀で胴体を薙いだ。
「死ぬかと思ったぞ! なんなんだ、いまの爆発は!」
かなりの爆発だったが、怪我はないらしい。投げるために振るった右手も手先から付け根まで健在だ。
『ペン型の手榴弾じゃよ。おぬしが手榴弾が欲しいと思ったから腰のボックスからはペン型手榴弾が出たが、レーダーを狂わす特殊な煙を発生させる煙幕タイプや広範囲を燃やす燃焼タイプもあるんじゃよ』
「さきに教えろ!」
『投げ返されることを考慮して、三秒で爆発するように設定してある』
「だからそれをだな――」
『わしが開発した『iPowered』は、手榴弾の爆発程度では傷ひとつつかぬ。衝撃も完璧に吸収するわい』
「俺が言いたいのはそういうことじゃないんだがな……」
もう怒る気力が無くなってきた。そもそも第二世代の時点で、『iPowered』が頑丈なのはわかっていた。最初の頃は軍からも攻撃を受けていた。
RGBの直撃を受けたときは肉体への衝撃以上に、味方のはずの軍から攻撃を受けたショックのほうが大きかったことを覚えている。
最初に見れば、『インタグルド』と『ザ・クロック』は区別が付かないだろう。自分が軍人だとしても、『iPowered』装着者が現れたら攻撃していたかもしれない。
『こちらシーター2! 『ザ・クロック』の指揮官――フォーミュラーが現れた! グアアアッ!』
『こちらシグマ1! こいつは――『ミニッツリピーター』だ! 早すぎて狙えない! なんだこいつは! 応援を! 応援を! おう――――――』
戦況マップを見れば、八十三小隊のマーカーが次々と失われていく。
「スワーラの予想は当たったようだな」
敵の数が多いのは、三大幹部がいる可能性がある。
その予想は当たったようだ。
ちょうどいい。この戦いを一刻も早く終わらすためにも、三大幹部の二人目にも消えてもらう。
交差点を高速で曲がる。
もう少しだ。緊張で肩が強ばる。
何度目かの交差点を曲がった先に、『ミニッツリピーター』はいた。
水滴のような上が尖った頭で、目の位置には十字の切り込みが入った大きな単眼。全身を白銀に染めた直線的なアーマーが覆うのも変わらない。差異があるとすれば、『トゥルービヨンド』に比べて細いことか。
ただ比較すれば細く感じるだけであり、実際には体格は自分とあまり変わらない。
武器は逆手に二本のナイフを持っている。
翡翠色の刃は、クレセントムーンやレフトセンテンスと同じだろう。
叫び声が聞こえ、そちらに視線を向けた。
逃げ遅れた少女だ。『クロックロイド』がビームキャノンの砲口を向けていた。このままでは少女は確実に殺される。
なぜ少女に砲口を向けるのか、『クロックロイド』は軍人以外を直接攻撃することはないはずだ。その答えはすぐにわかった。
少女は両手で拳銃を構えていた。
ここは軍事基地だ。
転がっている兵士から拳銃を拾ったのかもしれない。
「お父さんとお母さんの仇ぃ!」
少女は憎しみを込めて引き金を引く。少女の両親は軍人だったのだろう、そしてこの基地に勤務していた。もしかしたら少女は自分の両親が目の前で殺されるのを見たのかもしれない。
9ミリ拳銃弾では『クロックロイド』は倒せない。そして武器を持った相手も攻撃する。例えそれが非力な少女だったとしても、その見かけで判断することはない。
いま『ミニッツリピーター』に突っ込めば、確実に仕留められる。ひとりの少女を守るよりも、『ミニッツリピーター』を撃破したほうが合理的な判断だ。
――感情的になるな、なんて無理だよな。
雫はいない。死んだら喜びも悲しみもない。復讐も死者が望むと考えるのも、生きているものの自己満足でしかない。それでも思ってしまう。あいつが生きていたら、きっと復讐よりも人助けを望むはずだと。
『ブルーティア』は少女のほうに進路を変えながら、レフトセンテンスを投げる。少女を狙っている『クロックロイド』の胸に刺さり、『クロックロイド』は爆発した。
爆発がもうひとつ起きた。
別の『クロックロイド』が爆発したのだ。
『ミニッツリピーター』の左手のナイフが消えていた。
『ミニッツリピーター』は空になった左手を、住民達が避難しているほうに向けた。
『ブルーティア』は少女を脇で抱えて、八十三小隊の隊員に手渡す。
「頼んだ」
隊員は少女を抱えて、避難する住民達のほうに向かって駆けていった。
その姿を見守り、『ブルーティア』は『ミニッツリピーター』のほうを向いた。
「どういうつもりだ?」
「我々、『ザ・クロック』は民間人に直接は手を出さない。言葉で信じろとは言わない。行動で示す。私が壊したのは命令が間に合わないと判断したからだ」
「――ッ!」
『ブルーティア』は舌打ちしそうになるのを抑える。
なにを言っているんだ、こいつは? お前らが現れたから、雫は死んだんだ。俺の大切な幼なじみは命を落とした。
「どうやら我らの攻撃で、貴様の大切なものは命を落としたらしいな」
「――どうしてわかるんだよ?」
「私も同じだ。内戦で大切な人を失った。胸に刻まれた痛みは消えることはない」
「だったら――」
『ブルーティア』は叫ぼうとした。こんなことをしても悲しみを生み出すだけだ。いますぐにやめろ! と。
「私は止まらない。この命が尽きるまで、理想を追い求めて突き進む。屍の山を築く。私が間違っていると思うならば、貴様が止めてみせろ」
「これ以外に方法はないのかよっ」
「私は、我らは知らない。これが正しいと信じて、戦うだけだ」
「悲しいな」
「それがこの世界だ。間違っていると思うならば、止めてみせろ」
雫が殺されたことは許せない。
だが相手も人間で、自分と同じように大切な人を失った。相手を知れば戦いづらくなると言うのはほんとうだなと思い知らされる。
「ひとつ宣言しよう。私はこれからも軍事基地を攻撃する。軍人にも家族がいて、先ほどの少女のように武器を持つものもいるだろう。各国が降伏するまで、我らは戦い続ける。
今回はあの少女を救えたが、今度も救えるとは思わないことだ。貴様の大切な人が死んだように、これからも民間人は死ぬ」
「あんた、どうしてそんなことをわざわざ言うんだ?」
「嫌いだからだ、貴様のように相手が人間だとわかった途端、戦いを戸惑うものを見るのが。私の戦友である『トゥルービヨンド』が、中途半端な覚悟しかない相手に殺されたなど許せるものか!」
『ブルーティア』は衝撃を受けた。『ミニッツリピーター』の言葉は理解できる。正しいとわかり、正しいと感じる自分に嫌気が差した。
――こいつと同類だなんて、ふざけるなよ!
「私は『ザ・クロック』の最高幹部が一人、『ミニッツリピーター』。『ミニッツリピーター』は私が装着している『ザ・クロック』のパワードスーツ――フォーミュラーシリーズのひとつだ。私はパワードスーツの名前をコードネームとしても使っている。悪いが本名は教えられない。家族に迷惑を掛けたくはないからだ」
「わざわざ名乗るとか律儀だね」
「何者に殺されたのか、わからないのは辛いだろう。先に死んだ貴様の仲間に伝えて欲しい」
「そいつは残念だったな。あんたが自分で伝えてくれっ」
「貴様が私に勝てると?」
「ああ。冥土にいくのはあんたひとりさっ」




