第14話 ライドン・ヘンダーソン基地の攻防2
飛鷹もブリッジを飛び出そうとするが、「待つっすよ」とイシニコに呼び止められる。
「新入りはまず見学することが決まりっす。まああんたは新入りじゃないっすけど、新しい仲間の戦い方を見てからでもいいと思うっすよ」
「そうだな」
新生『スミーヴァ』の実力を見たわけではない。『ブルーティア』やレッドローズを見てもわかるように、『iPowered』は見た目から性能まで大きく異なっている。フォーメーションを取るにしても、全体的な動きを見たほうがやりやすいだろう。
「戦況マップ」
飛鷹の呟きに応じて、戦況マップが表示された。
味方のマーカーは青。敵のマーカーは赤で表示される。
マーカーの下には各隊員のイニシャルと所属が略式で記されている。『スミーヴァ』第一小隊の所属の場合はpt1、第二小隊はpt2。『スミーヴァ』本隊はpt0だ。
第一小隊は市の中心部を、二、三、四小隊は郊外に向かって展開中だ。
各小隊はツーマンセルで分裂し、敵と接敵した。
マーカーに触れる。映像に切り替わり、『ネフアタル』二人組が表示された。
現代戦の最小限の戦闘単位である二人一組――ツーマンセルで戦っている。よく訓練された動きで、互いの死角をカバーしながら息の合った連携で着実に『クロックロイド』を撃破していた。
「小隊指揮の通信を傍受」
本隊のメンバーは第一から第四小隊までの通信を任意に聞く権限があった。連携を取るためだが、まだその権限が有効だったことはありがたい。
「アルファは十字の方向、300メートル先に進めろ。シータは五時の方向、二百メートルにいるベータを回り込んで援護しろ。シグマは敵を撃破後に前進だ。ガンマは安全地帯まで市民の誘導だ。オメガ、デルタ、チャーリーは市民の一時避難場所を死守だ」
副長のハルトレスが指揮をする声が、耳に流れてくる。
その指揮は的確だ。『ザ・クロック』事変のときの『スミーヴァ』の第一から第四小隊を指揮していた副官にも勝るとも劣らない。新生『スミーヴァ』は確実に強い。
飛鷹は再編された『スミーヴァ』が弱体化していないか。心配だった。
『ザ・クロック』事変のときの『スミーヴァ』は、『インタグルド』の最精鋭が集められた部隊だ。
新生『スミーヴァ』のメンバーはかつての『スミーヴァ』の選抜メンバーから落ちたもので構成されているだろうから、質は落ちているのではないか? 戦いが長引くとベテランの兵士が失われ、質が大幅に低下するというのはよくある話だ。
杞憂だったようで安心する反面、ほんの少しだけ寂しさがあった。
自分とともに戦い死んでいった仲間たちは、もはや過去のものになったのだと。頭ではわかっていても、こうして実感させられるとやはり寂しい。
――いつまでも過去に囚われていてはいけないな。
飛鷹は自分の頬を叩いて、気合いを入れ直す。
よく訓練された兵士たちに的確な指揮を執れる指揮官。
物量の差は大きいが、着実に『クロックロイド』を撃破しているその様子から、自分が必要ないのではないかと思ってしまう。
出撃したリンやエルヴァ、スフィルの動きを見ようと視線を巡らせる。
敵のマーカーが瞬く間に減っていく一画があり、そこに指を触れた。
映像に切り替わり、目を見開いた。
リンの『グリーンジェミニ』の両肩には三連装のミサイルがあり、右手には巨大なガドリングガンがあった。腰に弾倉があり、ガドリングガンと弾倉がベルトで繋がれている。ガドリングガンから無数のビームが発射され、『クロックロイド』を次々と落としていく。
一発の無駄もなく、流れ弾が建物に当たることもない。圧倒的な射撃の腕前に舌を巻く。
エルヴァが装着している『パープルドラゴン』のマーカーに触れる。
両肩に三方向に伸びる棘が生え、アーマーがパープルとホワイト。背中には大型の両刃の斧――バルディッシュをマウントラッチに収納している。
左腕には龍の鱗のようなシールドがあり、その先端からはメカニカルな龍の尻尾のようなものが、数十メートル伸び、赤熱化する。
ドラーケススヴァンス。日本語で訳せば龍の尻尾。
赤熱化したドラーケススヴァンスが、たったの一振りで数十体の『クロックロイド』を纏めて両断した。
ドラーケススヴァンスをくぐり抜けた『クロックロイド』数体が、『パープルドラゴン』に迫る。『パープルドラゴン』はバルディッシュを右手で抜き、全身の筋肉を生かして振るう。『クロックロイド』の胴体が真っ二つに割れ、爆発した。
スフィルの『イエロープミラ』のマーカーに触れた。
イエローとホワイトのツートンカラー。他の『iPowered』は肩パーツで大きな特徴を出していたが、イエロープミラは曲線で構成されたシンプルな構成だ。
武装らしいものも見えない。
両手を握り、脇を締めている。
ボクシングスタイルを取り、軽快なフットワークで『クロックロイド』に肉迫し、一撃で仕留めていく。
他の三人に比べて地味なのが、少々意外だった。スフィルのことだから、もっと豪快に敵を倒すと思っていたのだが――その考えはすぐに訂正される。
『イエロープミラ』が大きく右腕を振りかぶり、右足を踏みつけるとともに右手を突き出した。
巨大な竜巻のような衝撃波――トルネードクラッシャーが発生し、射線上にいる『クロックロイド』を粉々に砕いていく。
「豪快な一撃だな――なるほど、そういうことか」
『イエロープミラ』が軽快なフットワークで敵を倒していた理由がわかった。
トルネードクラッシャーは街に被害を与えてしまう。敵を退けたとしても、街が破壊されたら後始末が大変だ。復興は時間を食う。主要産業である自動車を失い、治安の悪化したスラムと化しているこの街の復興に北米同盟政府がお金を出すかは怪しいものだ。
それは州政府も同じだろう。
だから『インタグルド』のメンバーは全員、極力建物への被害を与えないように戦っているのだ。
その姿勢に感心してしまう。
警告音。
『バレット級』が出現した。
数は四機。
敵の増援が現れた。
『バレット級』の燃料タンクをビームが貫き、空中で爆散する。
誰がやったかは明白だ。
レッドローズ以外にあり得ない。
相変わらずの対処の速さには感嘆の声を漏らさざるを得ない。
残る『バレット級』は三機。
『レッドローズ』が対処するのかと思ったが違った。
『グリーンジェミニ』が両肩のミサイルを発射。六発のミサイルが『バレット級』を撃破する。
『イエロープミラ』が上空に飛び上がり、『バレット級』目掛けて降下。その拳を『バレット級』に叩き込む。『バレット級』は機体の真ん中からへし折られ、空中で爆発した。
『パープルドラゴン』がドラーケススヴァンスを振り下ろし、『バレット級』を一撃で真っ二つに分断。『バレット級』は空中で爆発する。
「すげえ……」
飛鷹は感嘆の声を漏らした。
以前の『スミーヴァ』を知っているからこそ、この三人の強さには驚かされる。単純に第三世代『iPowered』が凄いだけではない。三人とも恐ろしく強い。
第一から第四小隊も強いが、この三人は桁外れの強さだ。
断言できる、新生『スミーヴァ』は強くなった。
「ほんとスワーラはチートだぜ、指揮官としても恐ろしく優秀だ」
「自慢の上官っすよ」
イシニコの言葉は誇らしげだ。
『こちらシータ1。少女がひとり取り残されている』
「シータ1。貴官は住民が安全圏に逃げるまで守り切れ。少女は見捨てろ』
『了解』
ハルトレスと部下の会話。たまたま耳に入ったが聞かなかったことには出来ない。
「見学は終わりよ」
『レッドローズ』からの通信。
「飛鷹。あなたに言っておかなければいけないことがあるわ」
「いまここで愛の告白は死亡フラグだぜ」
「クレセントムーンを引き抜くとき、『ブルーティア』と叫びなさい。『iPowered』は動作認証と音声認識を組み合わせることで、装着されるわ」
「了解した!」
飛鷹はコクピットを飛び出した。
コクピットを出ると数メートルほどの通路があり、突き当たりを右に曲がるとハッチがある。ハッチの解放スイッチを押す。『イニティウム』から風が機外に勢いよく抜けていき、飛鷹はその風に乗った。
地上へと自由落下だ。
恐怖はない。飛び降りるのは慣れている。
飛鷹は左手にクレセントムーンの鞘を握るイメージを浮かべる。左手に鞘を持つ感触が伝わり、『クレセントムーン!』という野太い男の声が聞こえてくる。
飛鷹はクレセントムーンを引き抜きながら――戦いの決意を込めて叫ぶ。
「ブルーティァァァア!」
全身を光が包み込み、一瞬だけ視界が閉じた。
体をぎゅっと締め付けられ、すぐに緩まる。
視界が晴れる。
重力に引かれながら見下ろす景色――そこは戦場だった。
転がる死体は兵士や八十三ユニットだけのものだけではない。
民間人の死体がいくつもあった。
体の一部に焦げた穴がある死体。建物に下敷きになった死体や車両の爆発に巻き込まれて燃えている死体。
人の肉と化学製品が燃える臭い――それが幻覚だとわかっている。
『iPowered』は深海から宇宙でも活動することが出来る、高い気密性を誇っている。なぜそんなことを知っているのか、疑問に感じた。
スワーラやディセットには説明されていないはずだ。
――いまは戦場に集中しろ!
飛鷹――『ブルーティア』は頭を振るうことで余計な雑念を払う。
八十三ユニットは圧されている。
避難している民間人の背中をビームが貫くのが見えた。
少女の手を握って逃げている母親で、少女は動かなくなった母親に泣きついている。
新生『ザ・クロック』は意図して民間人を狙わない。だが、流れ弾が当たることはある。
「これ以上犠牲を出させてたまるかよ!」
『ブルーティア』は『クロックロイド』に向かって飛んだ。




