第13話 ライドン・ヘンダーソン基地の攻防1
総司令官の執務室を出てから数分後。
飛鷹はぽつりと呟いた。
「強引に『インタグルド』に入れられたんだな」
「ええ、選択権はなかったわ」
「だが総司令は尊敬している。悪い人ではないんだろうな」
「それは保障するわ。ウッグラ家は滅びても構わないけど、彼だけは殺したくはないわね」
物静かなスワーラがここまで憎しみを募らせるとは、スワーラの親というかウッグラ家はどれだけ酷いことをしたのだろうか?
「あなたにだけは話すけど、私を育ててくれた祖父母が人質に取られているのよ。優秀なスナイパーである私をウッグラ家は戦力として使いたい。あなたが抜けたあとに『インタグルド』に残っていた理由よ」
「いきなり重いねえ。と言うか話していいのか?」
「戦友だから話したのよ。みんなには内緒よ」
ふたりだけの秘密か。スワーラみたいな美人とのあいだに、ふたりだけの秘密があるのはドキドキする。内容がもっと明るいものだったらの話だが。
場が重くなったので、なにか話題がないかと飛鷹は考えた。
「あんたはサーミ人だったな」
「ええ、そうよ」
「あんたの祖父母は日本の漫画とかを読むのか?」
「読まないわ。でも漫画を読んだりアニメを見ることを怒ったりはしなかったわね」
「なるほどなるほど」
「なにを納得したのかしら?」
「いや、フィンランド州はオタクが多いと聞いたことがあってさ。あんたの祖父母がオタクでなかったとしても、周りにいっぱいいれば拒否反応はそう起こらないだろう?」
「そういうことね。納得したわ」
スワーラは頷き、
「祖父母に駄目だと言われたら、気軽に楽しめなかったでしょうね。これは驚きだわ」
「俺だから気づいたんだぜ?」
「否定はしないわ」
「そう言ってもらえると光栄だ」
飛鷹は笑った。
雫が死んだばかりなのに、笑っていいのか。わからない。
だがなんとなく笑いたくなった。
久々に『インタグルド』本部に来て、少し気が紛れたのか。
あるいは別の理由があるのだろうか?
どうでもいいか。
※
総司令室をあとにして、コマンドルームに戻る。
コマンドルームは昔と変わらなかった。
部屋の大きさは二十畳ほど。壁の色はベージュだ。
部屋の真ん中には仕切り板で区切られた長机があり、高級そうな椅子が並んでいた。
部屋の右側にはエレベーターがあり、格納庫と直結していた。
左側にはコーヒーや紅茶のサーバーが設置されていて、イシニコがカップに紅茶を注いでいる。
セティヤは分厚い本を読み、ノルテはノートパソコンを開いてキーボードを叩き、スフィルとエルヴァはどこからか持ってきた丸テーブルを挟んで座りながらカードゲームに講じている。
リンは……相変わらず気配を消しているのか、どこにいるかわからない。
「ここも変わりないな」
就寝時以外はここで待機する決まりになっている。待機している間は暇なので、報告書の作成など最低限の事務仕事が終われば各々が好きなことをしていた。
変わったのは顔ぶれだけだ。スワーラ以外は皆変わってしまった。
かつての『スミーヴァ』の仲間たちが戦死したという事実を改めて実感して、寂しさを覚えた。
「昔と変わらないわよ。『インタグルド』は豊富な予算を誇っているけど、無駄なことにお金を使う必要はないわ。むしろ注ぐべきところにお金は注ぐべきであり、無駄に使っていたら必要なお金が足りなくなるかもしれない」
「同意だ」
金持ちはケチだという言い方もあるが、それはお金の使い方が上手いからだ。価値のないものにお金を使っても意味はない。
「待機しているあいだは暇だから、あなたも適当に時間を潰せばいいわ」
「ところで俺の席は?」
「一番奥よ」
「了解」
飛鷹は自分の机に向かって、椅子に座った。
見た目からいかにも高そうな椅子で見た目を裏切らない座り心地なのは変わらない。適度な弾力は計算されたもので、胸にあがってくる懐かしさも計算されているのではないかと勘ぐってしまう。
少し思い出に浸ろうか、そう思った矢先だ。
天井に設置された赤い回転灯に灯りがつき、ビー、ビー、という音が鳴り響く。
『アメリカ、ライドン・ヘンダーソン空軍基地に『ザ・クロック』が出現! 『スミーヴァ』は直ちに出撃してください!』
飛鷹は立ち上がる。
「出撃か」
懐かしの高級チェアの座り心地を堪能する時間は与えてくれないらしい。
入り口から右手にあるエレベーターに入る。
ドアが開き、リンが現れた。
「どこに行っていたんだ?」
「お花を摘みに」
「そいつは失礼した」
気配がないと思っていたのだが、トイレに行っていただけか。
「出撃よ!」
スワーラの言葉に反応してエレベーターが作動し、体にGが掛かる。
股間がすぅっと気持ち悪くなるレベルではない。体に強いGが掛かり、思わず悲鳴を上げたくなる。
「久々だときついなっ」
「我慢しなさい。一分一秒を争う状況で素早く格納庫に行く必要があるわ」
「わかっているさっ」
ほんの一瞬で終わるのもわかっている。
「あなたは制服を着ていないからGを感じるのもあるわね」
「制服に耐G機能でもついたのか?」
「ご明察よ」
二年前までは制服に耐G機能はなかった。
いまは耐G機能をつけて、『インタグルド』の隊員も十万人に増えている。制服の全てを一新しただろうから最低でも十万着は製造しなければいけなくて、どれだけの予算を掛けたのか想像もつかない。
『インタグルド』の必要だと考えれば無制限にお金を注ぎ込む姿勢の現れだ。そこは昔と変わっていないらしい。
そんなことを考えているあいだに、『イニティウム』の中心にあるコクピットに送り込まれる。
「さっ、エンジン始動っすよ」
イシニコが操縦席に着席し、『イニティウム』を起動。網膜投射装置から映像が投影され、格納庫の光景が目の前に広がった。『イニティウム』が巨大なエレベーターで滑走路まで運ばれていく。待機しているエアトゥース級や整備しているツナギ姿の作業員が散見できた。
『イニティウム』が滑走路に運ばれ、発進。セキレイ粒子を発しながら、目標に向かって飛んでいく。
※
「ライドン・ヘンダーソン空軍基地ってどんな基地だ?」
「ハンガー18があるといわれている基地っすよ」
イシニコがいった。
「ハンガー18?」
「陰謀論で有名なエリア51があるじゃないっすか。ご存じないっすか?」
「ああ――墜落したUFOを回収したとかいう」
「くだらない陰謀論をいまだ信じているのが笑えるっすけどね。いい加減にしてほしいっすよ」
「なにかあるのか?」
「俺はエリア51にいたんすよ。エリア51はアメリカ空軍の新兵器開発を行っているところっすからね。おかげでエリア51にいたことを話すと、UFOはほんとうに保管されていたのかと聞かれるんすよね」
もうウンザリっすよ、とイシニコがため息交じりにいった。
「その気持ちはスゲエわかるというか、ほんとうにUFOはないんだよな?」
「立ち入り禁止なエリアはあったっすけどね。UFOみたいなものを開発していたらわかるっすよ。これでもエリア51では一番のパイロットだったんす」
イシニコが白い歯を見せながら、自慢げにいった。
「ライドン・ヘンダーソン基地は普通の基地っすよ。軍人とのその家族も住んでいる普通の基地っす」
「民間人もいるのか」
「新生『ザ・クロック』は軍事基地しか襲わないわ。基本的には軍人しか狙わない。でも民間人の犠牲は少なからず出ている。それはあなたもわかっているはずよ」
「そうだな」
スワーラの言葉に飛鷹は静かに頷いた。
あの日、航空ショーにいかなければ雫は死ななかった。自分が行こうといわなければ、いまでも雫は生きていたはずだ。
馬鹿だったと後悔している、ほんとうに後悔している。
「ライドン・ヘンダーソンが襲われているのは、エリア51とは関係ないわ。新生『ザ・クロック』は空軍の基地を優先して攻撃している」
「そうなのか?」
「ええ、私たちが戦ったのは全て空軍の基地か関連する施設だった。新生『ザ・クロック』はまず航空戦力を潰すことを優先している」
「なんかの漫画であったな。空軍を優先して叩いていた理由は、実は航空兵器にあっさり落とされるからとか」
「仮面ライダースピリッツかしら。でも違うわよ。『ザ・クロック』が空軍の基地を狙う理由はそんなことではないわ」
「なぜそう言い切れる?」
「『インタグルド』の情報部は優秀よ。新生『ザ・クロック』について、情報はある程度は持っているわ。本拠地がどこかもわかっている」
「だったら本拠地を叩けば一発じゃないか」
どうして叩かない? そう言おうとして――やめる。
「戦力が足りないのか?」
「勘がいいわね」
「敵の拠点を攻撃するには、最低でも三倍の戦力で攻撃しろというのがセオリーだからな。『インタグルド』が三倍の戦力を持っているとは思えない」
「残念ながらいま『インタグルド』が『ザ・クロック』の本拠地を攻撃したとしても、返り討ちにあうわね。私たちに出来るのは出撃してきた『ザ・クロック』を叩いて、敵戦力を減らすこと。
襲撃する『ザ・クロック』を叩くのは国連軍と挟み撃ちになるから、こちらは有利に戦うことが出来る。国連軍に出血を強いることになるけれど、私たちは戦力を極力温存しなければいけないのよ」
そう語るスワーラは遠い先を見据えているみたいだ。
だが『ザ・クロック』との戦いが終われば、すべて解決ではないのか? 世界征服をするような組織が現れるなんて、アニメや漫画、ラノベではないんだから起こるはずが。
「なあ、スワーラ。まさかと思いたいが――」
その言葉は通信が入り、遮られた。
『こちら八十三ユニット! 民間人の避難を開始しているが、敵指揮官により
被害が拡大中! 応援を!』
「こちら『スミーヴァ』の指揮官、フィーア騎士長よ。もう少し耐えなさい」
『『スミーヴァ』か! 助かった! だが急いでくれ!』
八十三ユニットは状況がよくないようだ。挟み撃ちにすれば優位に立つといっていたが、それでも『ザ・クロック』相手には苦戦を強いられる。これでは『ザ・クロック』の本拠地に攻めても落とすことは出来ないだろう。
「仕留めてくるわ」
スワーラは短く告げてきた。
「この距離だぜ、出来るのか?」
まだ太平洋を通過中だ。エアトゥース級が地球の反対側でも十五分で到達できる速度を出せるが、まだ射程圏外のはずだ。普通に考えれば。
「はっきり言って、私は天才よ。歴史上に名を残した数多のスナイパーたちに勝るとも劣らない。その私が『iPowered』――狙撃仕様のレッドローズを装着すれば、この程度の距離は大したことはないわ」
大した自信だ。だがその自信が誇張でないのはわかっている。
旧『ザ・クロック』との戦いでは、この距離で命中させることは出来なかったはずだ。だが、二年近く戦い続けてきた彼女の狙撃の腕はさらに磨かれたのだろう。
敵に回せば最も厄介で、味方にすればこれ以上ないほど頼もしい。
それがスワーラ・フィーアだ。
スワーラが回転式拳銃のコルトパイソンを取り出し、弾を込める。
こめかみに銃口を向けた。
飛鷹は思わず目をそらす。
彼女が自殺しないのはわかっているが、見ていて気持ちいいものではない。
「レッドローズ!」
スワーラがそう叫びながら引き金を引く。
銃口から白い粒子が放出され、スワーラの全身を包み込む。
『ブルーティア』と基本的な部分は共通している。グレーのインナースーツに、各部位を優美な曲線で彩られたアーマーが覆う。アーマーの色は燃えるように赤い。
左右の腰にはホルスターがあり、拳銃が納められていた。
右手には大型の狙撃用ライフルが握られていた。角張ったデザインは近未来的で、火薬式のライフルとは根本から異なっている。アニメに出てくるビームライフルのようなデザインで、発射するのがビームなのだから間違ってはいない。
「それが新しい姿か」
「ええ。あなたの『iPowered』と同じく、私のも強化されたのよ」
スワーラ――レッドローズはコクピットから出る。
飛鷹はその背中を見送り、意識をライドン・ヘンダーソン基地に向けた。
網膜にライドン・ヘンダーソン基地が表示される。
ライドン・ヘンダーソン基地は空軍の基地らしく、滑走路があった。住宅や格納庫、スーパーや公園もあった。それらをフェンスが囲んでいる。
人が住む軍事基地は街だ。軍人の家族が暮らしているならば、様々なものが必要だ。
新生『ザ・クロック』が軍事基地を攻撃するということは、その軍事基地に暮らす家族や勤務している民間人も巻き込む可能性がある。
先行していた八十三ユニットは、その民間人を守りながら『ザ・クロック』と戦っていた。
「民間人を守りながら戦うのは大変だろうな」
「そうっすね。俺も経験があるっすけど、キツいっすよ。後ろにいる民間人に意識を向けながらも、攻撃に専念してくる相手と戦わなければイケナイっすからね」
「経験があるのか?」
「旧『ザ・クロック』のときに、一兵士としてライフルを武器に戦っていた時期があるんすよ。愛機が壊されて、人手がなかったんで」
「あたしも訓練はしたわね。『インタグルド』は民間人を守りながら戦うのが基本だから。もちろんセティヤも訓練は受けたわよ。ふたりとも評価はA+。『ネフアタル』を装着して、白兵戦もきっちりとこなせるわよ」
「そいつは頼もしい」
「白兵戦をすることになるのは『イニティウム』が墜落したときか、戦術部の戦力が足りないときしかないときだから、出番がないことを祈っているわよ」
「そいつは俺も祈るぜ」
つまり三人が白兵戦をする状況は、かなり追い詰められたときだ。
そんな状況にならないことを切に願う。
「こちらレッドローズ。三人目の敵指揮官を葬ったわ」
スワーラ――いや、レッドローズの通信が聞こえた。
自分たちが話している間に、スワーラは『ザ・クロック』の指揮官を三人も撃った。先ほどの自信は伊達では無かったようだ。
マッハ6で移動しながら、数百キロは離れている相手を狙い撃てる。狙撃に特化した『iPowered』を装着していたとしても、同じ芸当を披露できるスナイパーは人類史を見ても一握りしかいないだろう。
「三人もいるのか」
「普通はひとりのはずよ。今回は敵の数が多かった――そうね、三大幹部がいるかもしれないわね」
「あの『トゥルービヨンド』クラスがいるかもしれないのか」
「可能性はあるわね。でもチャンスでもあるわ。遭遇したら確実に仕留めなさい」
「了解した」
まだ距離があるから出撃には早いだろう、そう思っていたのだが。
「そろそろ出撃っすよ」
「もう出番か」
「マッハ6すからね」
エアトゥース級は恐ろしく速い。
「さて、俺たちも行くか」
「出番ですね」
「そろそろ着く頃だからね」
スフィル、エルヴァ、リンが言った。
「フォーメーションはどうなっているんだ?」
「そんなのは決まっているぜ! 各個撃破だ!」
スフィルが勢いよく断言したが、
「それはチームとしての意味がないんじゃないのか?」
「大きな力の場合は、自由に動いたほうが効率がいいんですよ。第三世代は強力な武器が多いですしね」
「大丈夫よ。スワーラが指揮してくれるし、フォローもしてくれる。それに私はボディーガードの一族出身よ。護衛対象の我が儘に付き合ったり、危険に遭遇したときにも守らなければいけない。
相手に合わせて臨機応変に動くのは、ボディーガードとしての必須のスキルよ」
リンはボディーガードの一族だ。いざとなったときも大丈夫だと信じよう。
「私も庭師ですが、一時期SASに在籍していたことがありましてね。軍隊は個を捨てて群れとなることで力を発揮するものです。初めての相手でも集団行動は出来る自信はありますよ。詳細は語れませんが実戦も経験済みです」
「あんたはなんで庭師になったんだ?」
「打ち込める物を探していたんですよ。要するに自分探しですね」
「自分探しで普通はSASになれねえよっ」
なぜ庭師が『スミーヴァ』の一員に選ばれたのか疑問だったが、SASにいたならば納得がいく。薄々感じていたが、この男はなんでもそつなくこなすタイプなのだろう。
「俺はスタンドプレーが大好きだ! しかし仮にも捜査官だったんでな。全然知らない奴らと一緒に容疑者のアジトに突入したことは、一度や二度じゃないぜ」
スフィルが一番心配だったが、よく考えてみれば捜査官が犯罪者を逮捕するときは物量で行う。即席の相手とチームを組んで連携が出来なければ、犯罪者を取り逃がしてしまうことになるのだから、心配することはなかった。
「きちんとメンバーを選んでいるんだな」
最初は大丈夫かと心配していたが、本人たちの弁を信じるならば大丈夫だろう。よく考えればスワーラがいい加減な人選をするはずがないのだ。彼女の仕事に心配するなど杞憂もいいところだ。
「雑談はそれくらいにして。行くわよっ」
三人が出ていく。




