プロローグ
プロローグ
アンデス山脈のマラカイ湖は世界で一番雷が多いことで知られる。カタトゥンボの雷と呼ばれ、一時間に280回も雷が落ちてくることもある。
そのマラカイ湖の真ん中に、5階建てのビルが建っていた。
金属製品を持ち込めば雷を浴びる可能性が極めて高いこの場所で、5階建てのビルを建てるのは普通ならば不可能だ。
しかも地元の人間もいつビルが建ったのか、知らない。
その不思議なビルの一室。
室内には円卓が置かれ、11個の椅子が囲んでいた。
椅子を暖めているのはいずれも白衣を着た、どこか世間離れした雰囲気を漂わせている男女11名だ。
円卓の真ん中に男が現れた。
80年代風のゆったりした濃紺のスーツを着ている。ハット帽子を被るその顔は整い、モデルのように手足は長い。一見すればモテそうだが、目の奥に宿った狡知な光りは女性を遠ざけるだろう。
「皆様にお集まりいただき、ありがとうございます」
この場に集まったものの間では自らロキと名乗っている男は、芝居掛かったお辞儀をしてみせた。
十一人の男女は慣れている様子で黙ってみている。
その様子に満足したのか、ロキはにこりと笑って話をはじめた。
「まず状況の説明をさせていただきます。時代は2036年。2年前に現れた世界征服を掲げる『ザ・クロック』という組織により、世界は恐怖の渦に落とされました。
ザ・クロックは最新鋭のロボット兵器を駆使し、各国の軍隊は太刀打ち出来なかった。
途方に暮れる人々の救いの手を差し伸べたのが、皆様もご存じの『インタグルド』です。『人類を守る難攻不落の盾』を自称する彼らによって、世界は守られました。
素敵な話ですね」
ロキはパチパチと手を叩いた。
「人類は再び『ザ・クロック』が現れたときのために、常設の国連軍を結成しました。国連が必要に応じて、一時的に結成される国連軍とは違い、国連の指揮下で動く常設の国連軍は人類史で初めてのことです。
常設国連軍に反対する有力な政治家や軍関係者もいましたが、謎の死を遂げた方が幾人もいらっしゃったそうですね。こわいこわい」
ロキはわざとらしく肩を抱いて震えてみせた。
「はたして犯人は私は、それとも『インタグルド』か。人類がひとつに纏まったほうが都合がいいのは私も彼らも同じですからね。理由は正反対ですけどね。私はどちらかといえば悪意で、彼らは善意です」
「猿芝居はいつまで続く?」
円卓を囲むひとりが言って、ロキは「失礼」と口にして肩をすくませた。
「さて、これからが本題です。我々の本来の計画とは違いますが、人類がひとつになったとしても問題はないでしょう。むしろひとつになった人類と『インタグルド』という思わぬ強敵は、我々の計画にほどよいエッセンスを与えてくれると思います」
「我としては腹立たしいがな」
凜々しい雰囲気の男が、不快感を露わにしていった。
「計画にイレギュラーは付きものだ。だが、2年も前に現れたのが『ザ・クロック』という。気に入らん。ロキよ、貴様の仕業か?」
「これは心外ですね。私は一切関わっていませんよ。この命に掛けて――といいたいところですが、掛けることは出来ませんがね。信じる神もいないですし、なにも掛けることは出来ません。
ただ私としても、少々腹立たしいとは思っているのです。二年前に現れた『ザ・クロック』はよく出来ている。私は自分が無罪だとわかりますが、あなたたちも計画を漏らすようなことはしないと信じています」
「では何者の仕業だ?」
「計画に関わっているものは多いですからね。ですが漏らしたとは考えづらい。情報を漏らすような愚か者はいない――いえ、いるはずがありません」
ロキの目が細められる。本気で心当たりがない。
「ホッホッホッ、いいではないかいいではないか。イレギュラーこそが楽しいものだぞ、計画――いや、実験はな」
凜々しい男の向かい側に座る好々爺が朗らかにいう。
「左様。結果の分かりきった物語は面白みがない。思わぬ事が起きるからこそ、好奇心が刺激される」
「スパイスと思えばいいのではないかしら?」
眼鏡を掛けた男と妖艶な女が次々という。
「わかった――ひとまずは下がろう。だが我が一番槍を取らせてもらうぞ」
「どうぞ」
ロキは恭しく頭を下げてみせた。
「世界を変革した『ザ・クロック』が再び、ひとつに纏まった人類を襲う。シナリオとしては実に面白い」




