Itan 番外編 瑠衣
side 瑠衣
「ねえ、先生、もう少しゆっくり、」
「んあ、なんだよ、お前本当にのろまだな」
少しだけ振り返ってから、また前を向く。
「待ってってば」
先生の長い足にはついてけないんだってば‼︎
そう言うと、やっとその歩調を緩めてくれた。
けれど、相変わらず私の前を歩き、隣には来てくれない。
私は、心の中で盛大にため息をついた。
善光先生の引越しの準備を手伝うと言って、買い物に出た昼下がり。
街へと電車で向かい、駅を出てから目的の大型ショッピングモールの手前まで歩いている間。
これじゃあ、デートっていうよりも、追いかけっこだよ。
待ち合わせの場所からここに来るまで、先生の背中をひたすら追いかけてるんだから、それは間違いないって。
私は、横断歩道の信号が青であることを確認してから、先生の後について、大通りに一歩踏み出した。
「先生、」
再度、声をかけたその時。
交差点の向こう側から、ガーっと地響きのような大きな音をさせて、勢いよく左折で曲がってくる大型トラックに、気をとられる。
まさか、私に突っ込んでは来ないだろうとは思ったけれど、その迫力にビクッとなった。
けれど、すぐにも背中と肩を一緒に抱かれて引っ張られ、身体がふわりと浮いて、あっという間に横断歩道の向こうだ。
「早く、渡れ」
先生が、背中に回った腕を離す。
「…………」
無視をしているのかと思えば、いざとなると、こうして守ってくれて。
私はこう言うのもなんだけど、まだ善光先生と一緒にいることに慣れていない。
どう接していいか、わからない時がある。
それは、先生も同じだろうけど。
大きなショッピングモールの入り口へと入っていく先生の背中を追いかける。
飲食店が続く長い廊下を。
エスカレーターを。
秋の新作とうたわれた、ライトブラウンのワンピースを横目で見ながら。
そして、ふいに足を止めた。
離れていく、善光先生の背中。
すれ違う人が、先生を見てる。
でも、先生は、私を見ない。
じわりと目頭に小さな痛み。
その痛みは、やがて全身に広がっていって、指先までに届く。
けれど、もう泣かないって決めたんだから。
手をぐっと握り込んで、歩き出そうとした時。
先生が急いで戻ってくる姿が目に飛び込んでくる。
「どうした、なんだ、何があった……」
すぐに私の前に現れて、私の頬を両手で包み込む。
「泣いて、いるのか?」
私は、先生の前では泣かないって決めたんだから、泣いてるわけがない。
「ううん、ちょっと疲れただけ」
見上げて先生を見る。
先生の瞳が、不安そうにして、あちこちに泳いでいる。
「ちょっと、休むか」
ふふ、と私は笑った。
先生、まだ来たばかりだよ。
すると、先生も。
そうだなと言って、笑った。