#5 日常
日々をただ漫然と生きるにはこの世界は複雑過ぎる。
特に周囲全てを海で囲まれた日本は異生物の攻撃を全く受けなかった国の一つだった。
世界の復興を尻目に、その工業力を生かして景気は良く繁栄を続けていた。
「ガイ、ドライブ行こうぜ!」
最近ナビィがドライブ好きだと分かって、夜に走ることが多くなった。
「いやだ、俺は今日は寝る」
ガイにきっぱりと断られた。この場合シンシアも自動的に連れていけなくなる。
「なんだよ、じゃあナビィと2人で行くからいいよ」
リュウがどの車にするかキーを選んでいると
「また子供を誘拐したと勘違いされないように「兄上」って呼ばせるんだぞ?わかったな?」
ガイと出かけた時に警察の検問に引っかかり、二人共誘拐犯と間違われたことが有った。
「車はポルシェかジャガーのSUV買ったろ?それにしとけ、1BOXには乗るなよ、また間違われる」
「あーあと免許は財布に入れとけ、俺が追加でセンチュリオンとかブラック系のカード何枚か追加しといた」
「それに警視総監やら警察庁長官やら日本に限らず政府要人の名刺も入れてあるから財布ごと渡せば警官もビビる」
ガイの心配性は止まらない、リュウは世間を知らなさすぎる。
シルビアの資産は無茶な買い物をしない限り何を買っても良い。
つまりアルファベット達は裏の資産順位でも高位に位置する。
各自でプライベートジェットも持っているし、世界中にアパートやガレージを持っている。
世界中の協力者の中には上場企業のCEOや役員、政府の高官達も多い。
その使い方をリュウは知らないままに過ごしているだけだが、ガイはしっかりと利用していた。
「わかった、サンキューな」
リュウはポルシェカイエンのキーを取った。
「ナビィ行くぞ」と言うと、着替え済みのナビィがリビングにやって来た。
「何だその服?ひらひらだな」
リュウの言葉に
「キャルさんがシンシアとナビィの服を送ってくれました。さっき電話してどれを着るか聞いたんだよ?ダメかな?ガイ」
ナビィが言うと
「リュウ、お前はちょっと勉強しろ。あとナビィ、その服でいい、可愛いぞ」
ガイがリュウの頭を小突いた。
「だから、そういうのがわかんないんだよ、俺は。つか銃と車にはこだわりがあるし、こういう黒いコートも好きなんだよ」
リュウの精一杯の反抗だったが
「好きにしろ、ただしナビィには「兄上」って呼ばせろよ」とだけ言われて終わった。
「ナビィ、お前ドライブ本当に好きだな、俺も好きだから良いけど」
高速道路ではなく一般道が好きらしく、渋滞も気にしない。車内の狭い空間が好きなのかもしれない。
「楽しいです、兄上」
ナビィは言われた通りにリュウの事を呼んだ。
「警察の時だけでいいから、俺一人のときは好きに呼べよ、ナビィ」
「はい、でも認識と発言を同一化するために、兄上と呼ぶことにしますね」
ナビィは外見10歳程度に見えるが、一般設定は精神年齢を16歳にした上で、外見と発言内容を一致させる様にしている。
ただし、その計算能力はスーパーコンピュータを凌駕し、記憶容量はゼタバイト級である。
「今度は昼間に買い物とか遊びにでも行こうな」
ガイは昼間あまりリュウの相手をしてくれないため、ナビィと外出しようと決めていた。
「子供が喜ぶ様な遊びって何だ?スカイダイビングとかパラグライダーはお前飛べるし意味無いよな?」
リュウが悩んでいると
「そうですね、私のような年齢の者が喜ぶのは映画や遊園地みたいです」
ナビィは衛星回線からネットに繋いで検索したようだ。
「おいナビィ、目が赤くなってるぞ、戦闘モードはやめろ」
リュウとナビィは大阪にある遊園地のゾンビコーナーに居た。
「でも、奴らは攻撃してきます、兄上」
どうやらナビィはアトラクションを誤解しているようだった。
「そういうものなんだってガイが言ってた、ナビィ戦闘モード強制解除。最速で駆け抜けるぞ!」
そう言うとリュウとナビィは常人には見えない速度で3次元軌道を描きながら突破した。
「お前らなあ、やっぱり俺が居ないと無理だったか、馬鹿プラス1」
出口でガイがシンシアを連れて待っていた。
「あ、やっと見つけた。何処行ってたんだよ、探したんだぞ」
リュウが言うと
「それは俺のセリフだ、クソ迷子野郎。迷子センターに行こうと考えてたところだ脳みそミジンコ野郎」
ガイはリュウとナビィを探すことにほとんどの時間を費やしていた。
「こんな模擬戦闘のようなアトラクションに経験値の少ないナビィを連れてくると誤作動するだろうが」
ガイのその言葉に
「あ、そうそう、戦闘モードになってた!」
ガイはため息をつき
「とりあえずなんか食うぞ、シンシアとナビィは飲み物だけで良いだろうが俺は走り回って腹が減った」
「じゃあラーメ・・」
リュウが言おうとした時に
「向こうにピザの食える場所があった、行くぞ」
ガイは有無を言わさず連れて行くことにした。
道すがら
「絶対はぐれるなよと言ったよな?後、ゾンビワールドに近づくなとも言った」
「ナビィは情報量は多いが経験が浅すぎて処理しきれないんでな、戦闘モードになったってことはそういうことだ」
リュウはガイに説教されていた。
「ごめんなさい、ガイ。情報の収集と処理は完了しました。アトラクションですね」
ナビィが申し訳なさそうにうつむいて居たのを見てガイは
「ナビィは悪くない、悪いのはこの腐れ脳みそ野郎だからな、ナビィにも謝れ、リュウ」
しかしリュウは
「俺のサヴァイヴに謝る必要ないだろー?なあナビィ?」
とナビィに言うと
「イエス、マスター。サヴァイヴはマスターに付き従い敵を蹂躙する者。私の存在理由はマスターを守る事です」
人格が切り替わったようにナビィが答えた。
「そういう強制的に押さえつけるようなやり方をするな!サヴァイヴを機械として扱うな!命を預ける相棒だぞ」
今回のガイは本気で怒っているようだった。
しかし
「すまん、言い過ぎた。お前はナビィの好きなドライブによく連れて行ってるしな、悪かった」
と、ガイは謝った。
「気にすんなガイ。俺もさっきのナビィの声で分かった、人格があるのに機械になっちまう。ごめんな?ナビィ」
リュウはナビィの前にしゃがんで頭をなでた。
そうするとナビィはニコッと笑って「大好きです、兄上」と抱きついてきた。
「こうやって見ると相思相愛の兄妹に見えるんだけどな。あんまり強く締めるなよ?ナビィ、リュウのフレームが曲がる」
笑いながらガイは見ていた。
「ナビィにならフレームの1本や2本曲げられてもかまわねぇし、すぐに治すぜ!」
リュウは右手の親指を立てながらガイに言った。
「馬鹿兄貴か、まあいい。早く行くぞ」
ガイの言うピザの店に向かうことにした。
2人がピザを喰いながら
「シンシアは色んな場所へ連れて行ってかなりの経験を積ませてるが、ナビィにもその必要があるな」
ガイはパラパラとガイドブックを見ているようだった。
「確か大阪にもベッドが有ったな?どこかのアパートの最上階の半分だったか?」
地図を見ながら言うと
「あー、その辺だ。確か40階建てのアパートを5部屋ぶち抜いて改装させたはず」
リュウが地図を指差して言った。
「5部屋?そんなに買ったかな?確か一緒に内覧してこれじゃ狭いってんで・・・そうか、あそこか」
ガイは1部屋1億程度の部屋を5部屋買い取り、6LDKに改装していた。
「800平米だったか?それでも広いとは言えんが」
ガイは一応の一般常識は持ち合わせているが、部屋にはこだわる。
武器庫を兼用するため広い面積を必要として、車庫はリュウの所有している車の分だけ持っていた。
「ここから近いな、レンタカーを返してリュウの車で色々回るか」
リュウはそれを聞いて
「ここの公園とか、買い物とかショッピングっていうのか?普通の子が行くようなところに連れて行ってやりたい」
と、指差してガイに伝えた。
「車は確か、フェアレディZの432とニッサンGT-Rだろ、で、センチュリーとマセラティのクアトロポルテ、フェラーリのGTCルッソがあるはず。ミニバンも1台あったな」
「どれでも4人乗れるぞ?シンシアとナビィは小さいから後ろ座席でも問題ない。ただ俺らは重いからフェアレディはやめとこう、パワーが足りない」
ガイが「ゆったり乗れるのは?」とリュウに訊くと
「クアトロポルテが良いんじゃね?センチュリーは自分で運転する車じゃねーしな」と答えた。
翌日から2組のアルファベットは大阪、京都、神戸、奈良、和歌山の関西圏を回ることにした。
リュウ達は普通の遊び程度なら朝から晩まで動き回っても疲れないし、サヴァイヴ達は睡眠すら必要としない。
次のミッションまでの間遊びまわって主にナビィの生活経験値を高め、自分達の服を買った。
そして、途中からは遊んでいる4人の話を聞きつけてキャルが飛行機で飛んできた。
キャルのショウタロウとシンシア、ナビィの服はキャルに任せて買ってもらうことにしたのだが、ダッジラムのキャンピングカーに乗り換えたのに荷物があふれる結果となった。
「キャルよぉ、いくらなんでもこりゃ買いすぎじゃねーか?」
リュウが言うと
「女の子はね、毎回同じ服じゃ駄目なのですよ?お兄様方。戦闘服は博士の作るアラミドカーボンのが良いけどね」
26人のアルファベット達とサヴァイヴ達の戦闘服は全てシルビアの工房で機能性を重視して作られている。
装備に応じて若干のデザインの違いはあるが、ほぼ同じような構造になっている。
「大体あんた達何故戦闘服着てるの?夏になったらコートくらいは脱ぎなよね、特にミッションじゃないときはね」
アルファベット達は脳や内蔵を含めほぼ改造されているため汗をかくことはない。
体温調節機能はあるが、寒冷地で動きやすくするためのものであり、大体35度に保たれるようになっている。
そのため、真夏でもコートを着ているものが多い。
「ゼノンやザビー、ホワイトを見習いなさい。あいつらはフランスやイタリアだからだろうけど、センスあるよ?」
「アタシはエルサレムだから動きやすい服が多いけどね」
キャルはガイ以上に一般人の思考回路に近かった。ただし、どちらにせよ善悪の意識は殆どないが。
「クソでかい強化サイコニウムのナイフで標的を切り刻む”神速”にしては常識的だよな?」
ガイがキャルに言うと
「その二つ名はやめてってば、もう。ガイだってカタナで切り刻んでるじゃない」
キャルが文句をいうと、運転しているリュウは
「どっちもどっちだろ?ガイだって確か”斬獣”って呼ばれてたんじゃ?」
と言うと
「それ言ってるのはマーズとユイリだけだろ?あいつらと仕事した時に斬りまくったからな」
ガイがまだシンシアと組んでいない頃の話だった。
「そう言えばリュウ、お前って何の二つ名も付けられてないよな?まあ、その方がいいけどよ」
リュウは殆ど一人かガイと組む位で他のアルファベットとミッションをしてないためだろう。
「で、次はどこ行く?神社仏閣でも回るか?」
リュウが言うと
「一回この荷物全部ベッドに運ぼうぜ、明日京都でも回ってみるか」
6人は部屋へ戻ることにした。
到着するとすぐに部屋へ荷物を運び、とりあえず休憩することになった。
「このベッド広いねぇ、いくらだった?500万ドル位?」
キャルが訊いてきたのでガイが
「確かそのくらいだったな、殆ど使ってないけどリュウの銃がかなりある。この国は入手しづらいからな」
日本の法律など適応されない存在だが、大っぴらに銃を密輸することは流石にやりにくい。
ガイが裏から手を回して半合法的に入手していた。
「余ってる部屋があるからキャルとショウタロウは適当に使ってくれ、各部屋に端末も備えてある」
ガイはそう言って自分の部屋へシンシアと入っていった。
彼等の日常はこういったふうに消費されるのだった。