十八時限目の叫び声
『ぎゃあああああああああああああああー!!』
『ヤメテ……モウ……ヤダヨ……』
『イタイ、イタ、あああああああああああああああああああああああああああ!!』
人の叫び声とえげつない臭いが立ち込めるこの地下通路。
ジメジメと湿っていおり、足元も水たまりとぬかるみで歩きにくい。
ひたひたと水滴が落ちる。
「マスク『嫌あああああああああああああああああああああ!!』
「何ですかー! ちょっと、聞こえないですー!」
「後で話すからー! 大丈夫ー!」
「分かりまー―『ぎいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
会話さえままならないのか。
ここは、マンドレイクの畑。
飼育施設という方が正しく感じるほど生き物に近く思える。
人の言葉を叫ぶ品種らしく、人の断末魔があちらこちらから聞こえる。
お野菜のごとくこの種は栽培されていて、効能も野生と比較すると一回り上である。
人の言葉を話すから人の使うものに適しているというものが通説。
故に大量生産を始めてしまったら、それ以降の変化は無い限り止める手段は無い。
叫び声の無い内気タイプも生産した例もあるがそれは失敗に終わったらしく、利便性から当分はこのままと。
『知ってます? ここに精神病棟が併設されているって噂』
『聞いたことあります。ここで作業した人はノイローゼになる確率が高くて、完治率も低いらしいからそのまま入院できるようにって。そして、その患者の叫び声を隠す為らしいって』
行く前に聞かされたほら話。
それを真に受ける自分では無いですが、この声は違いなく精神を削っている。そんな噂が流れるのも頷ける。
この大学周辺は農業及び農業施設が多くみられる地域である。
食卓に出るようなものから変わり種まで様々なものが栽培されている。
ここで生産して都市部に輸出するという物流の始まりの場所である。
安い土地、安い人件費。
そんなへんぴな場所でなければ人々が消費する分の作物が十分取れない、まかなえない。
確かに理にかなっている。
「この臭いは何とも……」
「ですね」
「休憩所でも休んでいる気がしませんし、早く終わらせて帰りましょうよ」
急かされて少しだけ休みを早めに切り上げて作業に戻る。
マスクを無意味に感じる臭い、耳栓を意味しない音が僕たちを急かしている。
一刻も早く、ここを立ち去りたい。立ち去らなくてはいけない。
赤い液体が扉から流れ出る。
赤? マンドラゴラの汁って赤く無かった――よね?
相方に同意を求める為に振り返ると自分よりも生体に詳しいせいか、青ざめていた。
赤く赤黒く滲んでいた水たまりの場所をもう一度視界に入れるが元に戻ており、気配すらない。
――幻覚、か。
「……早く戻ろう」
「……うん」
必要な分を背負って軽く会釈しつつ来た道を戻る。
「ああ……あああ……」
未だにそのうめき声に似た音は鳴りやまず。
マヒして考えるとい行為が最低限以下しか働かない。
出口を出てもその状態は続く。
倉庫前にいた人に荷をバトンタッチして、宿舎に戻るのだった。
運び倉庫に片付けるまでなら二人で大丈夫だと思っていたが、こういう事だったか。
そりゃあ、この人数だ。
行きたがる人はいないであろう為、上からの指名制になる訳だ。
そして、気を失う様に僕は布団に倒れた。
目覚めたのは四時間後、倒れる前よりも体は重い。
「それって呪われたんじゃないですかー? あんなところだし」
「やめてくださいよ」
「冗談ですよう。そういうの苦手なんですか?」
下手に否定できないのが困る。
「――大丈夫ですよ。何も憑りついていませんから、私が保証します。……って、私が言っても説得力ないかもしれませんが、こっちに転学するにあたって色々してもらったようですし感謝してるんですよ。かなり。それに技術面でも向上しているのです。だから、もうあんなことは二度となりませんよ。うん。少しだけ信用してください」
引きつっていた顔をしていたわけでは無いのだが、気を使わせてしまった。
「……彼女は何処へ行ったのだろうね?」
「それは、私にもわかりませんが、自分のあるべき場所へと戻っていったと思います。気配があの後全く感じられませんでしたし」
「そっか」
「気になるのですか?」
「まあ、ね」
「そうですね」
僕と彼女は遠くに目を向けるあの霊なんて見えもしないのに。
「これ、見てください」
頭につけられた髪飾りを見せられた。
「これ、あの後見つけたんですよ。祖母の形見ですし、手直ししてみました。お守りです」
「そっか、複雑だね」
「そーでも無いですよ。複雑と思うなら君の中身が単純なんだよ、きっと。では、また」
僕は彼女に見送られて、講義へ向かうのだった。
あー、そうだ。また何か、困ったことがあったら助けるよ? 殺しかけたお詫びに。なんてね。
それと彼女にもお礼言っといて下さいね。私と彼女を助けてくれてありがとうって。




