彼女は僕の過去だ
「全く……あなたは本当に運がいいですね」
「そう思うよ」
僕が立ち上がろうとすると「いいですよ。私が入れてきますから。コーヒーでいいですよね?」と答える。
「ああ」
「殺されかけたような? ものなのですから、身体に響かないよう薄めに入れますから。いいですね」
知った家のように彼女は給湯場へ向かった。
コーヒーが入るまで暇で、右掌を見つめていた。
幸運が重なっていることは間違えない。
音を使った魔法は全面禁止となっていた。
使ったのはこの程度ならバレないだろうと試したい感が勝ったせいである。
音の壁を作ったことで警備システムが発動して助かったという仕組みだ。
どちらかというと僕が捕まる側のことをしたのですがね。
更に彼女というのも偶然だったらしいけども。
「普通だったら、解雇レベルですよ? 私だから厳重注意程度で済んだんですから。聞いてますか?」
「そうだね。どうにかなっていたね」と笑顔で返した。
「ああ! もういいです」
また会えて少しだけ嬉しかった事とは関係なく、単純にその表情になるのが癖みたいになっていた。
カップに口を付けるが「首痛い」
「自業自得ですよ。しっかり反省してください。まったく、変わらないですね……」と言っていた彼女の口元も緩んでいた。
「最近どう?」なんて言ってみたのだが、聞きたかった事は無かったのだ。聞きたくない訳ではなく、なんとなくわかってしまう感じがあった。
「ほどほどかな? 入用でお金は必要なのでこんなバイトしてますけど」
なんだか少し離れただけで別人のように感じて、大人っぽくなってて。
僕はその間に何をしていたか思い出せないくらい止まっているように感じた。
「そっちは?」と聞かれて嘘をつく様に上辺だけ話した。中身があるのかと問われれば、無いので上辺が全てなのかもしれませんけどね。
それから他愛も無いはなしをして。
そんな自分が妙に空しくて。
コーヒーが飲み終わると、僕はいつの間にか泣いていた。
「あれ? どうしてだろ?」どうして涙が垂れているのだろう? 「あれ? おかしいな」涙が止まらなかった。
泣くほどのことは話してなくて、確かに安心したとかは少しあったけど、涙のトリガーとなる事は何も無かったハズだ。ハズなのに自然に涙が溢れてくる。
その姿を目の前にした彼女は優しく僕の頭を抱きしめた。
「……知ってましたよ、私。出会ったとき、あなたが私のことを好きだって事を」僕をなだめる様に言った。
「ちが……」自意識過剰だろとか普段通りの事言ってやりたかったけど、声は出なかった。
「違ってましたか」色々言いたい言葉は出てこなくて、その言葉足らずがもどかしくて。
「……違くない」出会ったときは、どちらかといえば怖かったという感情が一番近かったかもしれない。でも、そうだとも言いたくなかった。だから否定しなかった。
「そうですか」
『違う』は否定の為の『違う』ではなくて、相手に真実を、きちんとした言葉を伝えたい、知って欲しい為の僕の言葉。
好きだったから知って欲しかった。
好きになったのはいつから何てことは覚えていない。
好きな気持ちを否定はしたくなかった。
好きに勝ち負けはないと思っていたが、勝ってはいなかった。
「いいですよ。好きなだけ泣いても。頑張ったんですね」
僕の背中を優しく撫でた。
ただ、悔しかったから泣くのを無理やり落ち着かせた。
話せるようになってから、自分を語った。
知っていてほしかったとかじゃなくて、聞いてほしかった。聞いていてほしかったんだ。
話なんてなんでもよかったけど、今一番心の中にあった物事がこれだけになっていた。
「好きでした」
「え?」
「私も好きでしたよ」
ガタンと入口の方向で音がなった。
何か言いたげで、何かを押し殺したその人は「そ、そうですよね。お邪魔でしたよね。ごめんなさい」と一歩下がった。
冷たい声で「なんでここにいるんですか?」言い放った彼女は見られたくないだろうから、見なかった。
少しだけ怯えたような表情をして「それじゃ、お邪魔しました」と床に落ちた包みを置き去りにして走り去ってしまった。
僕は追いかけようとしたが手が出なかった。
袖を掴んでいたのに気が付いたからだ。
「やっぱり、行くんですね。
やっぱり、変わらないですね。
本当に、全然。
私は君の事を今でも大好きです。
これからを考えらるぐらい大好きです。
だからこそ、それ以上に大切な人に気が付いてしまったんです。あはは……」
彼女も難しく考えるタチで、頭を目一杯考えているのは嬉しかった。
その一度だけ聞いたことのある髪の毛をくしゃくしゃする音でも僕の心は変わらなかった。
「今でも重荷になっているんですよ。
あの時した事、本当に後悔してるんです。
それでも、後戻りしたくない幸せな思い出がいっぱいで幸せと後悔が入り混じって今でもどれが正しいかわからないんです。
――あー、上手く言えないなぁ」
僕は彼女を見つめた。
「行かせたくありません……でも、行かないとダメ――なんですよね。だったら、追いかけて言ってあげてください」
背中をバンと叩かれ押された。
「後は……いえ、終わったらいっぱい話しましょう。約束ですからねー!!」
彼女と僕は以心伝心だったと思う。
だからこそ僕が言葉を交わさずとも理解してくれたのだと思う。
それは僕のほうもそうで、彼女は元々気になっていた人がいたのも気が付いていた。
近いからこその惹かれあった。それだけでそれ以上が僕達の間になかった。
きちんと中身を見ていたのだ。
余裕が無いとか相手に対して考えないのはダメだ。
答えないのが失礼とかは少しだけ思うけど、そうじゃなくて自分がダメなのだ。自己中かな?
それでも、あの人にもきちんと向き合おう。
話そう。
ちゃんと会って伝えないといけない。
今の思いを。
その前にこの人とも決着つけなきゃいけないな。




