魔法学校5
彼女も忙しい時はある。
来られないときはゆっくり羽を伸ばせるので、少しだらしないが高級ソファーにクッションを枕に本を読む。
柔らかくて僕の背中を心地よく包み眠気を誘う。
んー、至福だ。
昼食後二時間ほど経っていて一番ちょうどいい時間帯で。
備品の癖に僕の持ち込み品より癒し効果が高いとはコシャクな奴だが、褒めてつかわす。
下らない事を考えていたら、コンコンとノックする音が聞こえた。
「失礼します」
「そうぞー」
少しだけ崩れた服を直し座り直す。
「今日はいないんですか?」
噛みつきそうな例のアレのことだ。
「そうだね。どうしたの?」
「分からないところがあって―――」
そういう生徒は決まって正解を知っている意味の無い質問である。
見慣れない生徒の時点で察しは付いていた。
「ゼミとか研究室に入れる生徒とか決めましたか?」
「授業もまともにできないから、まだまだ先の事だね」
「ではその時ぜひここに入りたいのですが……」
「決まってもない事を言われてもちょっとね」
「じゃあ予約って事で、お願いします」
困った。
傷つけないようにするべきか、少しぶっきらぼうに答えて突き放すべきかが問題だ。
傷つけないようにすれば押し切られるし、ぶっきらぼうにすれば問題にされる。その時は彼女の力を借りる事になるだろう。借りなくても行動は起こすのだろうな。
出来れば穏便に済ます方法を頭の中で模索する。
「いつできるか分からないところに入って何をするのだ?」
ノックをせずに入ってきたその生徒は、いきなり会話に入ってきた。
「いきなり入ってきてなによ」
「そんな事はどうでもいい。ここで何を勉強したいのか聞いているのだ」
「そんな事は貴方にとってどうでもいい事でしょ?」
「なんだ。胸を張って言えない事なのか? きっと何を勉強していいのか分からなくなっているだけだろう。だから都合のいい面倒くさくなさそうな所に所属すれば差し障りなく卒業できると思っていたのだろう。そんな気持ちでここを決めるな。失礼だろ」
「なんなのよ。覚えていなさい」
「俺を誰だと思っている。――」
バタンとその女生徒は最後まで聞かず強く扉を閉めて行ってしまった。
「何か飲むかい? たしか、コーヒーしかないけれど」
助け船をくれた彼だ。少しくらいの気持ちだが、お茶菓子でも出そう。
「それではお湯で」
「あ、ハイ」
意識高い系かな?
「あと大量の砂糖かガムシロップください」
医者かな?
「血糖値急に上げると体に悪いよ? 将来、血管ボロボロだよ?」
無駄にガムシロップをピラミッド積みにして、ちょうど冷蔵庫に在った高級っぽい箱に入っていたお菓子もついでに出した。
「お気遣いありがとうございます。でも脳が必要とするのです」
中二かな? 厨二病だっけ?
そんな個性的な彼は変わったところを抜いたら――何も残らないか。
抜かないでも中々に良い人だ。
あれと居合わせない限りはこんな感じだ。
彼自身は気にも留めていない事だろうが、優しさが彼のいいところだ。
彼を知らない人物はこの大学にはだれ一人おらず、変人さは伝説の域にまで達しているらしい位に有名人だ。
そこまでいくと変人に関して周知の事実となり、その言葉の価値が下がる。
昔より陰口を叩く人が減ったらしい。
それでも僕の体感として彼の悪口はそれなりに聞く。
考えない鈍感力も大事なのではないかとこの人を見るとつくづく感じる。
変人の中でも逸脱している彼もあぶれた存在だが、僕とは違い彼の側面には人徳が備わっている。
人望が人一倍あり、優秀な生徒はすべて彼とつながりがある。魅力とともに人を見る目は確かな才能がそういった人脈を作っている。
そんな彼も僕にしてみれば”彼は彼女に恋してる”そうにしか見えない。
好きな人に意地悪をするなんて精神年齢の低い奴がやりそうな事ではあるが、きっと特殊な環境で生きていた人が多く集まるここだ。
心が熟していない人も多くいるだろう。
そう思うとなぜだか僕に近しく感じた。どこかで彼にも僕の中の一般人カテゴリーの範疇に押さえつけたかったのかもしれない。ハズレすぎている彼に自分のものさしで図りギャップを埋めるために起こしていた行動かもしれない。そんな事を考える事で睡眠時間が割かれていくのだろう。
この行動を起こした理由は一つだけじゃない。
なぜだか無駄に出来る自信があった。
自分が生きてきた中でそれなりに恋だの愛だのをしてきた方だと思う。
そんな僕でも何となく理解できそうな行動だった。
容姿端麗で頭脳も明晰寄りで性格もいい方、こんな優良物件他にはないだろう。
少しは彼女に良い思いをさせてあげたい。
そんな老婆心に似たお節介から、少しだけ突いてみたくなった。
「彼女の事どう思う? 良く突っかかっているみたいだけれども、こちらとしては仲良くしてあげて欲しいけれどね」
なんてさりげなく刺激してみる。
「……ムカつきます」
「意外だね。君からそんな言葉が出るなんて」
この学校で相談相手がメンタルケアの人しかいないこの状況で本心を見せる相手はよほど信頼している人がいなければ、年齢が近いこの自分しかいない。少しずるい手段だ。
良心関係なく、たまにはこういう役割やってみたくなった。気まぐれだ。
「彼女が教諭を一人占めしているのが許せないんですよ。」
なるほどな。そうだよな。それなら脈ありってことでいいかな。
「教諭のことが好きなんです。欲しいんです」
彼女が教諭の時点で気付くべきだった。彼は、そのー、そっち系の人だったみたいだ。僕はその考えに至っていなかった。精神年齢の低いのは僕だったかもしれない。
ヤブをつついてヘビがでてきた。
「出来れば全部自分のものにしたいし、彼女も言う事を聞かせたい。親の力じゃなくて自分の力で」
ああーなるほどなー。
僕の理解の中から簡単にポンと外に出るんだよなー。
そんな事とか経験済みだったはずだが、衝撃が中々に大きかった。
藪をつついてヘビを出すなんて言いますが、それはヘビであった方がいい時もある。
彼は独占欲が強いだけでマシだったかもしれない。
もっと危険なものがでてくる可能性があるのだと今回、僕は学んだ。
これからは下手に突かないようにしようと記憶の引き出しにメモしとこう。
「……温かい牛乳でも飲むかい?」
「……いただきます」
彼の顔の色は肌色ではなかった。
僕の目が泳いでいたせいもあるが目線を下げていた彼にそんな印象を感じただけかもしれない。自分の内面が見えた事が恥ずかしかったのか、興奮していたのが落ち着き始め自分を第三者のように見て急激に冷静になったのか。
もしかしたら自分と近い気持ちだったかもしれない。
十八歳の僕にはこの小世界がとても広く感じて不安になる。
考え方は幼く知識だって至らない点が多く。多すぎる。
なにより、ここの生徒は個性が強力だとこの約1カ月で、いや数日で再確認させられた。
教員として教壇に立つと決めた以上その事は努めたいとは思う。
そんな不安に打ち勝つために今日も僕はコーヒーを飲むのであった。