十一時限目
「今日の講義は――
そう、今日の講義はわかり易さを重視。
ペースは少し遅め、というより省く。無駄を省き、より簡潔に。
ペースを維持しながら、不服のでないよう。
何よりも、時間を目一杯に使う事。
いや、十五分だけ早く。
時間を遡ること――だいぶ前なので忘れました。
後期が始まった辺りかと。
学長室に呼ばれました。
今日の講義は消滅陣についてです。
陣は使いきりのものも確かにありますが、複数つなぐことによる弊害は以前教えたと思います。
簡潔に言うと、実現性に欠けるのです。
精度を重視するとどうしても発動に特化したものになります。
使用した陣は残ることが多々あります。
陣による再現が可能であればその逆も不可能ではありません。
この前の細胞再生実験を覚えていますか?
これに使用した陣を逆行させる何かを与える事により元の状態に戻すことが可能であるからです。
『可能である』曖昧なのは自分自身がやったことがないからであり、やる必要性がなかったから変な言葉遣いになってしまった。そして、もうひとつの意味は願いを込めて。
腕の切断実験を例に挙げるならば、残った陣に時間指定をして再生すればその時点に戻すことが理論上可能なので、腕を切った直後にすることもできる。
悪用もできるという事です。それが、判りやすい悪用だったらどんなに良かったでしょう。
有効方法もあるので一概に悪法というわけではないのがミソです。
陣の書き直しとか、ひとつ前に戻るボタン的な感じで。
されない為の消滅陣。もしもの為の消滅陣です。
エネルギーを消す、消滅させる、無効化するなどそれらの総称を消滅陣としています。
特別な例では、封印陣を消滅陣として扱う場合があります。
エネルギーを有している陣を消すには莫大な量のエネルギーを必要とするように思えますが、実はそうでもないです。
対価を有していればいいので、魔力でかき消すことも可能です。
一般的には、札とか石が売店で売っているので他魔法と同じような消失方法で良いです。
魔方陣特有な方法は魔方陣同士で消し合う事が出来るという事です。
連結させて適当な対価で消失陣を描くといった単純な方法でもできます。
対価で便利なのは、魔法での生成失敗物でジャンク品といわれるものです。
魔力が込められていて費用が低く、小さい陣でも対応できる点で優れています。
では、次のページに移ります。――
「あの」と声をかけられた。
僕は何か余計な事を考えていたようで、きっと何度か声を掛けられていたに違いない。
講義の時間終了のチャイムさえ気が付かなかったしだいなので。
そう思ってあたふたしながら答えてしまった。
人見知りできるほど僕は器用なわけでもなくて、きちんと答えられるほど上手に生きてはいけない。
そんな自分に後になって嫌気がさす。
「ここがそうだよ」
「ここですか……」
あからさまに微妙な顔。
わかりやすいのは悪いことではない。
初対面はこんな感じだった。
「御苦労さま。適当にここら辺に置いといて」といってもさほどの荷物はないのですが、お手伝いさせてくださいオーラが強すぎて断れなかったのです。
「あっ、中まで運びますよ」
「おかえりなさい」
「教務課行くので留守番よろしくお願いしますね」
僕はたまらず逃げました。
故意という訳でなく、書類に助けられました。
書類さまさまですね。
そう、それはよく晴れた日でした。
学長室に呼ばれました。
いくつか察せる用件はありましたが、全部はずれでした。
悪い予測はすべて外れたものの、良い指令、いや命令とはいきませんが。
助手さんが付くことになりました。
その時の僕は過去のことなんて忘れ去っていたのは言うまでもなく、新しい人間関係を築くことにどうすればいいか考えていた。
いつかの僕だったら胃を痛めていたであろう案件を悩まなくなっていた。
それを進歩と言っていいのか甚だ疑問ではあるが。
肩書は非常勤助手。
簡単に言えば、教員になれないけどここで働きたい人の肩書である。
天下りとか親のコネとかも間違えじゃないと思われるのが、何とも言えない。
いろいろな所に飛ばされているのが彼女なので……はい、予想は当たりだと思われます。
女三人寄れば姦しいという言葉がありますが、あながち間違いがいじゃない事は感じました。
そう思う前に僕は困っていた。
彼女の、いや彼女らの。
他にも悩むことがあって、それらが混じって訳がわからなくなっていた。
そして、言葉として表現できなかったから諦めた。
最近は諦める事が多くなった。
諦めないことは大切だが、諦めることも大切な気がするのは言い訳かもしれない。
要はバランスって事です。
『適応力』そういっておこう。
さて、ここで問題です。
次のうち正解はどれでしょう?
A.彼女らが出会ったときはすごい空気感になっていた。
B.数時間後戻ってみると仲が良くお茶をしていた。
C.その内の一人が空気感に堪えられず僕のいる部屋へコーヒーを持って避難してきた。
空クジなしです。
つまりはそういうことです。
こういう時は座って一旦落ち着いたほうが別の物が見えてくるのでそちらに行くことにしています。
誰かに対しての言い訳が上達したという事ですかね?
もちろん自分にも。
コトンと僕の右手側にコーヒーの入ったマグを置かれて妄想入り回想終了。
彼女の第一印象は、そうだな。――悪い人ではないこと、そして中身がないこと。
だから僕のお節介さが出てしまったのだよね。
「はいこれ」
「何ですか?」
「授業に必要だから、覚えておいて」
「はぁ」
それは莫大な情報量が入っている。
それを任期終了までに覚えられれば、何かが変わるかもしれない。
そんなお節介に僕は少しだけ満足していた。
自己満足で何が悪い。
またここに来てしまった。
少しだけ赤みがかった紺色の空を見上げて僕は一服するのだ。
コーヒーなのでどこか、締まりませんけどね。
この場所は前より少しだけ冷たくて、少しだけ気分がよかった。
また、ここに来ようと僕は暖房の効いた部屋に気持ちを切り替えて戻るのだ。




