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十四時間ぶりの会話はここから始まる。
「試験です。教えてください」
「ダメだから」
もう出会いがしらに言われるので、反射的に答えられるようになっている。
試験一週間前からは生徒に勉強を教える事は禁じられているのだ。
それを知っていてあえての嫌がらせか、もしくは意味の無い何か。
試験前なので話が他に無いのでしょう。
「少しでもいい点取れた方が、そちら的にもいいでしょ?」
今日も午前中から繰り返し言われるので流石に限界です。
温厚な私でも苛立ってきた。
食堂に着いてもそれは続く。
「何か」
「だからダメだって、ね。こうして食事を一緒に取るのだってグレーなんですから」
「むぅ。でも、こうして一緒に食事してても何もお咎め無しなのは、黙認されているという事ですよ。さぁ、私に問題用紙の横流しを……」
「そこまでして、いい点取りたいかい? 下手したら退学だよ。」
「いい点とりたいです」
正直な事で。
「でも、退学という選択肢はあり得ませんね」
「だったら大人しく、勉強しなさい」
「嫌です。大人しくやったらつまらないじゃないですか。」
なんだか少しだけ目眩と頭痛がした。
彼女は食事を口に入れ、何かを思いついたように呑み込んだ。
「勉強会はどうですか!?」
「言い方を変えた所で、さっきも言っている通りダメなんだって」
ダメの部分を強調して言ってみる。
「あ……」
こちらに話しかけようとしていた同学科の彼女は、少しうつむいて目をあわさずに通り過ぎた。
「そうですよねー。ダメですよね! 勉強会なんて、やる訳がありませんよね」
通り過ぎる彼女めがけて言葉を発する。
「さっきの『あ』って何でしょうね? 近くに知り合いでもいたんでしょうか?」
とても嬉しそうにニヤニヤしていた。
「すごいね」
「それほどでも?」
「彼女のこと嫌い?」
「さぁ?」
さぁとは何でしょう?
「別に思う所は無いんですけれど、女の感です」
女の感は怖いな。
意味としてもそうだが、言葉の使い方が中々にすごい。
「もうすぐ夏休みですね。何をしましょうか?」
「そう言った事はテストが終わってからで――」
「現実逃避しているんですから話しかけないでください」
教科書を読みながら、袋菓子を食べつつ、話しかけるとは、器用な事で。
そういえば、自分から会話を振っといて話を切るなんて理不尽ですね。変に慣れて来て気付きませんでした。
暇だ。
さっきの賑やかし要員が居なくなって、より一層感じる。
試験期間が始まってからというもの研究室には来客は来ない。
やる事は程々に無く、掃除洗濯などの身の回りの事くらい。
思ったよりもはかどってやることが無くなった。
あの本の山さえ、なんとか――見られる程度に? なっている。
本を読む気分でもなく、なんか小さくなってソファーに座っていた。
『何考えているか分からない。さよなら』
なんでこんな事。
もっと楽しい事考えよう。楽しい事。
最初は、あそこにコーヒーを飲みに行こう。
試験期間中は何処も開いておらず、教員は暇を持て余す。
一人身の自分だけかも……。
それから、それから……。
行動範囲の狭さに少しショックしつつ、少しでも切り替えるために。そうだ、何か新しい事をしよう。
新しい事と思考を巡らせる。
よし、休みに入ってからにしよう。
自分の行動力の無さにも絶望したが、忘れよう。
生まれたての妄想は、睡眠という名の物に全て食べられ、その短い生涯を終えた。
「いい御身分ですね。私が血反吐吐きながら試験を受けているのに」
「胃薬ならここに……」
「例えです。寝ぼけないでください」
「所で、なんでこんなところで寝ているんですか?」
「なんでここにいるんでしょうかね?」
「質問を質問で返さないでください」
「それじゃあ、自分探しの旅かな? そっちは?」
「私の食堂の一つです。なんといっても見晴らしがよく、静かですよ」
「さみしい事で」
「うるさい」
猫の如く、僕は人の居ない方へ、居ない方へと向かっていたら、屋上ドア手前の階段の所までたどり着いた。四方が壁では無く、一方が白塗りの鉄パイプで囲われているので、風が心地よく過ぎる。日蔭の涼しさで思わず、うたた寝を。うんで、今は夕刻かな。謎の満足感を味わいつつ、大きな欠伸を一つついた。
「明日からここで、密会しませんか? 密会ってなんだかドキドキしませんか?」
「いいけど、明日で試験終わるんで、一日でその密会は終わりますね」
「約束した一日だけ会うなんて、まるでロミオとジュリエット」
言いたい事は分かる気がするが、読んだことあるのかな?
「それは会える気がしませんね。それに、まだ死にたくない」
「私も死にたくないです」




