(9)
仕事を進めていると、急に入口の方からバタンと音がして、僕の寝室の方でボスンと音がした。
何となく察しが付いていたので、そっと覗いてみるとうつ伏せで倒れていた。
僕の気配に気付いてなのか、独り言なのか、「そっとしといてください、寝かしといてください」と言っていた。
確か冷蔵庫に……あった。うーん、二本の内一本は出しておこう。冷た過ぎるのは体に良くないし。僕はスポーツドリンクをテーブルの上に布で出来たコースターと一緒に出しておいた。栄養ドリンクも冷蔵庫に在るし完璧でしょう。多分。
あっ、忘れちゃいけないホワイトボードに外出中の文字。これでオーケー。
失敗から学びました。
書き忘れて三十分ほど待たせてしまった申し訳ない経験があったのです。
それと、シーツを洗濯することを忘れないようにメモしないと。
酒臭かった。
『酒』という言葉が何となく大人っぽく甘美な音の響き。
興味がないと言えば嘘になるが、年齢になれば飲んでみたい。
悪い事にあこがれるそんなお年頃です。
それよりも、何処へ行けばいいのですかね?
目的地が無く、ぶらつくほどの目的さえないため、立ち止まってしまった。
とりあえず、あそこへ行ってみますか。
行動範囲の狭い自分の中から絞り出して、最初に思いついたあそこです。
壁にもたれかかって少し汚れただろうと思い、背中を手で払ってから向かった。
おいしい。
食べ物を注文した事がなかったが、程良い味付けだった。
ごちそうさまです。
読み終えた一冊を戻しつつ、三冊ほど適当に見繕う。
持ってきた奴の一冊読み終えた頃、なぜか店員から声がかかった。
不味い事でもしたかなと謝る方向へと頭を切り替えていた所、一枚のカードを手渡された。
「今回はサービスで」と小声でささやかれた。
なになに……『あいせきさぁーびす』とな。
ほう。
さみしいあなたに店員のかわいい娘、カッコいい人相席します。一時間、五千から。
『さみしい』ね。傍から見ればそうなるのだろうがそんな目的で来ていない。
一人で何が悪いのか理解が出来ない。
大体――。いらつきましたが、奥で「やめてください先輩。ちが、違わないけど……とにかく今日は――」と聞こえてきた。スタッフルームに近い所ですし、聞き耳を立てなくても聞こえるので。
昔から変な所で根性が据わっているねと言われていた僕ですが、さっきまでの怒りが空しさに変換しつつあります。
「お待たせしました」と待ってもいないのに声をかけられた。
見知った顔の突然の登場に少し戸惑った。
「えっとー。ここでバイトしているの?」
「……はい」
バイト可なので問題は無いが、自分の偏見でバイトしなそうな顔と雰囲気だったため、意外でそんな質問をしてしまった。
「好きなの頼んでいいよ。店員さーん」
「え、あ、はい。じゃあ――」
僕は読みかけの本に戻った。
「本、お好きなんですか?」
「ああ。うん。」
「今どんな本を読んでるんですか?」
「ああ。これ」
僕は表紙を見せる。
「へぇー。難しそうな本ですね」
「そんなこと無いよ。ここにシリーズで置いてあるから、試しに読むといいよ」
「そうですか。今度挑戦してみます」
いいよねー。うん。初々しいっていうかー。いやいや、あれだろー。えー、やだー。とか近くの席から聞こえてきた。
「私達って傍からどう見えるんでしょうかね?」
「さあ。どうだろうね」
本を読んでいる男と少しうつむいている女、良くて倦怠期のカップルかな? 悪くて――悪くては僕の頭では想定出来ませんでしたので、さっきの良くてって言葉は頭の中から削除してください。
「今日はごちそうさまでした」
「ゆっくりできたよ」
たまにはこういったのもいいなと感じてしまった。
「それは良かった。またのご来店を」
「それじゃあ。授業で」
こちらの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
少しは看病のお礼になったかな? ジュース位だけれども。
口下手だから言わなかった。
言葉にしないと分からないとは言いますが、口にしない美学があるのです。
そんな言い訳はいかがですか?
少しだけリフレッシュ出来て、気分良く帰路につけました。
そんな気分を打ち壊す、後ろから重いローキック。ふくらはぎの分厚い所にダイレクトリーです。
痛い。
すぐに振り向くが、誰だか判別できなかった。
ただ、犯人が残した証拠品として、今の蹴りは子供のいたずらの域を超えていました。間違えなく大人の威力のなせる業です。
アザになっていない事を祈るだけです。
「女と一緒に居ましたね? 天誅です」
同じ所にローキック。
ローキックは流行っているのですかね? そんなブーム過ぎ去って欲しいです。
違う鈍痛を食らった。
変だと思いました。
「上着かけましょうか?」なんて。
嗅覚は犬並みで、戻ってきたとたんに異変に気がついたみたいだ。
上着から名刺を速攻で見つけ出すなんてね。
やっぱりワンコだ。
コーヒー無料のサービス券も一緒に破られたのは口にはしませんが、恨みます。




