(5)
休日は体が重く、目がやぼったい。今日は程々にやる事があるのでそろそろ起きようと目覚まし時計に手をかける。『六時』との表示。起床時刻が八時なので結構早い時間に起きてしまったなあと二度寝する。
次に確認した時は六時半を指していた。二度寝どころか三度寝もできそうだが眠気は残っていないため起きる事にした。
体が動かない。
そういえば心なしか目の前も……僕は再び布団へと倒れ込んだ。
次に気が付いた時は服がじっとりとして汗ばんでいて気持ちが悪かった。
完全に風邪のソレである。
夜は涼しく快適ではあるため、気が緩んでいたといった所であろう。
薬箱といった物はこの部屋に常備していなかった。実家であればいつものあそこに置いてあるのに。
熱は感じないが全く動きたくない。
薬は無いという事で寝て直そうという結論に至った。
それの考えは浅はかだった事に後で思い知らされるが、今は気を回す余裕などなかった。
熱で曖昧な記憶の為、これから起こった事は聞いた話で補てんしながら語る事になる。
布団でうつ伏せになっていた僕を見つけた彼女は、僕の熱っぽい見た目で大急ぎで病院に連絡したらしい。その時には結構大騒ぎになっており、僕はそこらへんで意識が再び戻った。
「車呼びましから、心配しないでください」とのぞきこむ彼女に僕は大げさだと心の声が漏れてしまったらしい。
「何が大げさですか!? すごい熱ですよ」
彼女の手は冷たくも熱くも無く、触られた感じさえしなかった。
「体温計挟んでください。四十度、四十度もあるじゃないですか! 死ぬ気ですか!?」とか、電話口で「薬買ってきてください」とか、何やら慌ただしかった。
心配されてやっと事態の深刻さに気付く。そして、誰かに心配される有難さにも気付かせてくれる。なんて事は無く申し訳なさしか僕の中にはなかった。
診療所的な病院では診察して、点滴を打たれて終了。入院って手段もあったらしいが面倒なので点滴で帰してもらった。数時間すればケロリと治るらしい。
まあ、何を打たれたのかは分かりませんけれど。
「今日は付き添ってくれてありがとう」
半日は僕のそばにいてくれていた。体調がある程度戻った時に聞いたから間違えない。
彼女はとても話し上手で飽きさせない語り口であった。羨ましい才能だ。
それでも彼女はアドリブに弱く、かなりテンパってしまったらしい。所々端折っていたが、そういった所に限って記憶が鮮明に残っていた。
「私にできる事はこれくらいですから」
なんと、いじらし過ぎて惚れてしまいそうだ。
それに比べてこれは「おかえりなさい」とまるでここの主のような風格を出していた。
ここは僕の寝床――では無くて研究室なのだけれどなあ。
「じゃあ、私はこれで……」
「今日はありがとうね」
「いえ、失礼します」
別れ際の彼女の笑顔が目に焼きついた。
「風邪をひいたんですってね。夜遅くまでやってるからですよ。頑張りすぎです」
そんなにしているつもりは全くなく、むしろしっかりと毎日睡眠を取っているくらいだ。だらしない格好していたから寝冷えして風邪をひいたのだろう。
「昨日は何時に寝ましたか?」
「二十六時ごろ」
「それは昨日とは言いません。今日です。それに嘘ついてませんか? もっと遅いんじゃないですか」
「ソンナコトナイヨー」
「基本的な生活を変えた方がいいんじゃないですか?」
「努めます」
「まあ無理でしょうけれど」
無理ですな。
「この箱は?」と尋ねるレベルに気になった箱が二箱ほど。
「これはゴミです」
開けてみるとお見舞いの品らしきものが見受けられる。流石にゴミ扱いは酷いが、使わなそうなものが多数入っていた。
「このフルーツもゴミかい?」
「それは果物ではありませんよ。人体に害があるますから。毒キノコだって食べ物ではありませんよね?」
確かにここで育てられている動植物は、安全が保障されているものばかりではない。僕より知識に長けている彼女の評価を信じよう。
「もう十分じゃないですか? 好奇心は自滅へと追い込みますよ」
僕の事を無駄に知り尽くした彼女はまだ漁っている僕に対してそう言った。
僕は少し未練がましい気持ちを隠し、そこから離れた。
「貰った物をどうするかは差ほど問題じゃありません。気持ちが大切なんです。」
「うん。貰った物を全部見とこうとは思ってね」
未練がましく、良く分からない言い訳を放った僕とは対照に彼女が大人に見えた。
数年の差ってものは何処に行っても付きまとう。
人生に置いても、少し年上の彼女との差を大きく見せた。
僕はとりあえずいつもの定位置に座り、大きな「ふぅ」という息を一つついた。
お見舞いに持ってきたであろう果物をシャリシャリと皮をむき、切り分けた先から食べ始めている。
余り物を渡すがごとく、器に三切れ入れてこちらに差し出された。
「ここは死ぬ事が無い世界ですけれど、自分を大切にしてくださいね。過去は残りますから」
いつもより少しばかり低い声でそう言われた。




