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【ライズ】~泥みみる幻想の肆の花詩~  作者: 伍拾梳愧暴論
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1-6.遭遇

 街を出て森の中にある簡単に整備された道を走り続ける。

丁度日が暮れた頃、漸く森を抜けようという時にそれは姿を見せた。


「あ、あれは……」

「暴食の蝿龍か」


 地を這うその龍を車窓から僅かに望めた。

その姿は当に異形と呼ぶに相応しく、顔という顔は認められなかった。

暴食というからには口がどこかにあるんだろうけど。


「早くここから離れないと……!」


 青ざめ、上擦った声で言い放つ。

実際に相対した経験から、彼女の身には恐怖心が根強くこびり付いていた。

まだ千米は距離がありそうだが、あれがどれ程速く走れるかは分からない、何より殺気はここにも伝わってきている。


「一応警戒はする、但し逃げることはしない」

「……戦うの?」


 ウィステリアは心配そうに俺を見詰めている。

実際に相対して味わった龍という魔物、それが恐らく人生で初めて見た本物の強者だったのだろう。


「お前はあの龍にどんな思い入れがある?」


 俺は問う、純粋な興味といった様相で。


「思い入れですか、執着等はない、ですが目前にして恐怖しています」


 ウィステリアは声を震わせながら答える。


「恨んだり憎んだり、そういった感情は無いんだな」


 無償で護衛についたという自国の騎士達を食い散らかし、我が身をも死に追いやった敵を前にして、敵意がないものだろうか。


「憎しみ……それはあります、私は憎いです、ですがそれはあの怪物が、ではなくあの怪物と、それに対抗できなかった自分と、何よりあの怪物を差し向けたあの事件が、憎いのです」


 ウィステリアの持つそれは一個体に対するものではなかった。

それはより大きく強い憎しみなのかもしれない。


「なら納得してくれると嬉しいんだが」

「何でしょう?」


「俺はね、あの龍を殺す気は無いんだ」

____________________________


 ウィステリアは戸惑いながら訊ねた。


「殺す気が無いとはどういう事ですか?」


 正しくは殺す気は無いだったが、それはどうでもいいか。


「殺す必要はない、だが生かす必要はある、平たく言えばそんな所だが詳しく説明するか?」

「いえ……殺す事なく難を逃れる術が貴方々にはあるという事ですよね、でしたら私には今他に知るべき事も無いのでしょう」


 戸惑っては居るようだが、思いの外受け入れるのも早かった。

あれを強く憎んでいないと言うのはどうやら本心らしい。


「確かにそうだな、因みにその方法については単純明快な道理がある」


 クロウは傍らで寝転んでいるコッコを揺すって起こす。

寝起きのコッコは伸びをして、欠伸をしながら問いかけた。


「どうしたの?魔物でも出た?」


 未だ寝ぼけるコッコにクロウは指示をする。


「龍だ、遊んでいいぞ」


 クロウは窓の外の龍を指差して言う。

途端コッコは目の色を変え意気揚々と窓から出て、真っ直ぐに龍の元へと駆けて行った。


「まさか一人で戦うの?」


 ウィステリアは驚いた様で、窓の外を眺めてはクロウの様子を伺っていた。


「コッコさんは大丈夫なのですか?」

「心配しなくても大丈夫だよ、戦いにならないから」

____________________________


 コッコが暴食の蝿龍の警戒範囲内に入ると、龍は咆哮を轟かせた。


「戦いにならないとは、どういう意味ですか……?」

「ある意味ではちゃんと戦っては居るんだろうが、叩き合いという意味での戦いにはならない」


 喚く龍の顔面にコッコの拳が命中し、衝撃は波紋となり龍の全身を駆け巡る。

その一撃は地を揺らし空気を揺らし、周囲一帯を更地にした。


 ウィステリアは絶句して見入っていた。


 龍は一瞬怯んで天を仰いだ後、慌てて身を振ってコッコを払おうとする。

コッコは一旦退いて様子を伺う。

龍は再び咆哮して今度は体を変化させた。

金属の様な鱗を身に纏い、前足は青い炎を纏っていた。

全ての足と強靭な翅を駆使して地上を高速で駆け、コッコへと一直線に向かう。

コッコは右手を前方に構え、それが指先に触れた瞬間に往なして投げ飛ばす。


「体に比べて小さいあの翅じゃ飛べないだろうと思っていたが、あんな使い方をするんだな」

「あの様な技は私達が戦っている時には見せませんでした、それにあの鱗状の硬質化魔法は……」


 ウィステリアは言葉を失う。


「暴食の蝿龍は捕食した魔物の能力を少しずつ学習する性質がある、誰か食われていたか」


 ウィステリアは閉まっていた言葉を少しずつ拾い集めるように話す。


「……逃走中に私の仲間は食べられていなかった筈、ですがあの魔法は最後に残った騎士アインの物です」


 ウィステリアは何処かで期待していた、もしかすると彼は生き長らえているのではないかと。


「そうか、会ってみたかったな……」

____________________________


 暫くすると馬車はコッコと龍の戦う辺りに近づいてきた。

その頃には勝負にも方が付いていて、コッコの一方的な暴力になっていた。


「そろそろ終わりそうだし一旦車を止めてコッコを待とう」


 クロウはリンに指示して車を止めさせた。


「凄いのね、コッコさん……私達は十人掛かりでも歯が立たなかったのに」

「そりゃ魔物に慣れていない国の騎士と比べるもんじゃない……が、あれは少し特別かもな」


 クロウは珈琲を片手にコッコの一方的な暴力を眺めながら言う。


「特別?コッコさんがですか?」

「ああ、一応言っておくと桜国の軍人等の魔物との戦いに慣れている者はかなり強く、強力な魔法や武に長けた技術を持っているが」

「ええ、そう聞き及んでいます」

「だがそれは飽くまで基礎的な能力の話で、実践となると虎一匹に対して数人で適切に対処するってのが定石だ」

「え、じゃあコッコさんは」


 ウィステリアは驚いてコッコの方を振り返る。


「龍を相手にここまで一方的な試合になるってのは異常な事だろうな」

「驚いたわ、可愛らしい女の子なのに」


 つい先日初めて龍と相対したウィステリアにとっては、龍と龍と戦ってきた者との戦いを見るのは初めてだろうし、通常ってのがどうなのかも知らなかったんだろうけど。

これから桜国に入るにあたって、この辺境の王女には一般常識というのを覚えてもらう必要がある。


「因みに俺がこれ程の戦力を有している事は出来るだけ伏せて置いてくれ、一応な」

「はい、分かりました」


 言っても大概は信じてもらえないだろうが、その場合ウィステリアが法螺吹き扱いされる事にもなる。


「あ、見てください」

「見てるよ」


 ウィステリアが指差した方向には、猛攻に耐えかねて逃走していく暴食の蝿龍の姿があった。

至る所に窪地と血の池を作ったその戦いの跡地では、コッコがこちらを向いてクロウの合図を待っていた。

クロウは手招きしてそれに応える。


「あれがコッコの力だ」


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