1-2.待遇
命を拾われた。
一度は捨てたのだ、表現としてこれ程適切なものも無い。
彼女は確かに生き残った、巡り合わせたような出会いに救われて。
仮面の男は大体の事情を知っている様だった、車を持っていて取り敢えず休める所に送ると言った。
寝てろとも言われた、目的地に着いたら詳しい事情を聞きたいから、先に休んでてくれた方が合理的だと。
言葉に甘えて彼女は寝た、泥の様に眠りについた。
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陽が西に傾いた頃に、車の扉は開かれた。
澄んだ空気が車内に流れ込む。
「着いたぞ、起きろ」
男は彼女の肩をさすって起こそうとするが、泥の様な彼女はされるがままに変形し、重力に従って溶けていった。
仕方が無いので男は酒精を吹きかけた、左目に。
すると彼女は、尻尾を踏まれた猫の様な声を上げて飛び起きた。
「声は出るようになったみたいだな」
左目を手で覆いながら鼻息をたて歯を食いしばる、必死で痛みを堪える彼女を嘲るように、男の声は笑っていた気がした。
仮面を付けたその顔を見上げると、不安がよぎった。
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仮面の男に連れられてやって来たのは、何やら館の様な建物で入ると階段があり、高い天井には煌びやかな照明が瞬いていた。
横で騒々しい音のなる扉が開いて光が差し込む。
「好きな席に座れ」
そう言われて入った部屋は、長いテーブルにズラりと椅子が並べられた広間だ。
彼女は呆然として立ち竦んでいた。
「座れと言ったのに……」
男は直ぐに戻ってきた、傍らには男一人と女性が数人控えている。
「席が沢山あると帰って困るか……じゃあそこに座ってくれ」
短い辺に一つある椅子を除いて、男は端から二番目の席に座るよう促した。
「あの、えっと……」
困った、彼女の身は衣服から何から汚れていた、高価そうなこの革椅子に腰を掛けて汚してしまって良いものか、然し着替えさせてくれとも、増してシャワーを浴びたい等とは到底言えない立場だ……
「クロウ、着替えさせてやってはどうだ、この異臭ではオレの鼻も曲がりそうだ」
傍らに控えていた男が口を出した、着こんだ衣服の上からでも分かる筋肉量の大男だ、少女は助け舟に喜びつつ、男の顔色を伺っていた。
「ああ、そうだな失念していた、大体の事情は察しているし先に風呂に入れてやってくれ、シャムとコッコに頼んだ」
傍らの女性二人が彼女の手を引く。
「そういう事だから、遠慮なんてしなーい」
「替えはリンの着物で合いそうかの」
有無を言わさず施しを受ける、彼女は少し古い記憶を重ねていた。
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湯を浴びるなら水分を補給した方がいいと、温かいお湯を渡された。
いい香りがしたので訊いてみると、どうやら温泉らしい。
服を脱いで扉を開けた少女は目の当たりにした、風呂に装飾、そしてお湯、色は地味だが宮廷にあるものと比べても遜色のない出来だ。
そして手を引く少女は洗い場にて丁寧に身体を洗ってくれた。
なんて親切な人達だろう。
『彼らは実は魔物で、私を肥えさせて食べる気なのかもしれない』
そんな妄想をする程度には彼女も回復していた。
「目、どうしよっか、頭洗いにくいよね」
彼女は首をかしげる。先程コッコと呼ばれていた少女だ。
「いえ、目を閉じれば大丈夫です、それに痛みも我慢できますから」
と笑いかける彼女の肩を、後ろから軽く叩いて女性が道具を差し出した。
「問題ない、ちゃんと用意しておる、ほれ」
シャムと呼ばれていた女性の手にはゴム製の洗髪用ハットがあった。
「昔コッコが使っていたものじゃ」
「ちょっと、それ言わなくてもいいでしょ!」
和気藹々としながらも、丁寧に、目を傷付けないように最大限に配慮して洗ってくれていた。
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風呂から上がると、着替えと、左目用に眼帯が用意されていた。
付けてみると痛みが和らいだ、薬が塗られていた様だ。
そしてまた長いテーブルのある部屋に案内される。
騒々しい音を立てて扉が開く、男はまだ部屋には居なかった。
「座って待っててね、すぐ来るから」
そう言って二人は行ってしまった、広い部屋に一人取り残されてしまった。
取り敢えず椅子に座った、端から二番目の、先刻指示された席に。
扉はまた騒々しい音を立てる。
今度はあの仮面の男が現れた、手には食器を持っていた。
「風呂上がりにも水分補給は大切だ」
そう言って食器をテーブルに並べる。
今度はスープ、魚介出汁の香る美味しそうなスープだ。
「クロウ、そういうのはオレ等がやる、お前は座っててくれ」
後ろからも食器を持った男が現れる、さっきの大男だ。
「女性にスープを出す男はカッコイイだろ?この役は俺がやらないと、この娘がお前に惚れてしまうかもしれない」
男は仮面に手を当てて、大袈裟にポーズを取った。
「また戯言を……」
「俺のこれは虚言さ」
呆れながら大男が食器をテーブルに並べ終えて退室すると、男は彼女の正面に座った。
「さて、そろそろ話を始めようか」
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食事をしながら話は始まった。
「今更だけど、自己紹介からしよう、俺はクロウと呼ばれている者だ、本名ではない」
「私はウィステリア・ウェヌスと言います、此度は助けて頂いて本当に有難うございます」
ウィステリアは深々と頭を下げる。
「そういうのはいいよ、偽名で済まないが俺の事は好きに呼んでくれて構わない、お前の事はウィステリアと呼んでいいか?」
「はい」
「じゃあウィステリア、俺はね善意で助けた訳じゃないんだ、確かに金はあるし労働力も足りてる、俺からお前に求めるものは何も無いように思えるかもしれないけどね」
「私は何をすれば宜しいですか……?」
クロウは答えずに、焼かれた肉を切っては仮面の隙間から口に放っていた。
「タダ働きでも、出稼ぎでも、何でもします……ですが……」
クロウは手を止める。
「……なんだ?」
ウィステリアは、一瞬目を泳がせた、だが確りとクロウの方を見据えて話す。
「一つ、お願いをしたいのです、勿論無理は承知の上で、お願い出来る立場でもないのは分かっていますけれど、事情だけでも聞いて頂きたいのです」
言い切って、ウィステリアは固唾を飲む。
クロウはため息をついた。
「事情は俺もある程度知っている、そう言った筈だ、それと俺が気にかかったのは{ 何でもします}という発言があった事だ、お前は死を拒んだ、何でもが出来る人間ではないだろう」
「ご助力頂けるのであれば最早死も厭いません、片目を失った私には望みなど無いのです、それも貴方は理解できるのでしょう?」
口に運んだスープを一旦置いてクロウは喋り出す。
「理解はできるが肯定はしない、お前は王女で王位継承権もあるが、国の象徴でもある王は隻眼では示しがつかないと……?」
「やはりそこまで分かっているのですね、その通りですよ、王たるもの多くのものが見えていなければならないのです」
会話を遮って騒々しく扉が開く、大男がまた食器を運んできた、男が退室するとクロウは箸を置いた。
「お前は片目を失ってもまだ国民の視力を信じられないのか?隻眼でも盲目、両目があっても盲目なんて馬鹿馬鹿しい事だな」
ウィステリアの食器が音を立てた、手が少し震えている。
「怒るのか?自国の民を虚仮にしたのはお前だろう、国民を信じるなら隻眼でも十分に王をやれるはずだ」
ウィステリアは震えていた、何も言えない、確かに国民を虚仮にしたのかもしれない、そして今も恐れている、信じきれないでいる。
「私は……私の国の民を、国民を信じきれないでいる」
「そうだな、そうだろうよ、人間増えれば思考力も低下するってもんだ」
ウィステリアはテーブルを叩いた、食器はガチャンと音を立て、湯飲みは倒れてお茶をこぼした。
「どうした?」
クロウは微動だにせず、問いかける。
「すみません、ここまでして頂いて、反抗できる立場でも身分でも無いとは思います……しかし、私は私の国を、民を、愛しています、私の前で民を貶めるような発言は見過ごせません」
「それで?」
「国民を、私の、藤国の民を守っては貰えませんか、図々しく醜劣な物乞いと理解していますが、それでもこの命に代えても守りたい」
ウィステリアは言い切って、ため息を吹いた。
クロウは変わらぬ声音で問う。
「代価は?」
「何でもします」




