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狂戦士さんと決着

 ……? なんだこれは。


 私は奇妙な感覚に襲われていた。先ほどまで、必死に魔法を制御していたはずだ。

 何かに、全身を包み込まれているような。身体中の神経が麻痺したかのように虚ろに感じる。


 奇妙な全能感、目の前のかつてない強敵すら、他愛もない相手に感じる。

 何か、とてつもない存在に、身体を弄られているような。


 何秒経ったのか、何分にも、何時間にも感じられる。時間の感覚が消えていたようだ。

 ……んっ、身体にピリピリとした刺激が走った。それと共に五感が戻ってくる。


 ……なんだか髪が伸びているぞ。肩甲骨より少し下程度だったはずなのに、今は明らかに腰まで来ている。切らねば。後、少し目線が低い。私はいつの間に縮んだのだろうか。


 そして、一部分ぶかぶかだった鎧が妙にフィットしている。これは動きやすいから助かるが、何やら上衣が伸びてひらひらした布地が下半身を覆っていたり……。


 ……鎧の変化といい、先ほどの感覚の正体は、迷宮で拾った装備のせいか? やはり何か呪いでもかかっていたのだろうか。背が縮む呪いとか男としては勘弁してもらいたい。



 だがとにかく、これで準備は整った。頼みの制御できなかった魔法も、思ったより安定している。謎の呪いか何かの介入以外はベストと言っていい。これで死ぬならどうしようもなかったというだけだ。


問題があるとすれば、弾かれた剣が熊のいる傍に飛んでしまっていることだろう。……つまり、取り戻さなければ素手で相手をすることになる。


 ……新手が二人も増えたことに警戒していた相手も、流石に私の変貌は看過できなかったらしく、ついに動き出した。私は二人の安全のため、距離を開けるためにあえて熊へと近づく。


 再びの咆哮。最早熊どころか竜か何かでは無いのか? と言いたくなる爆音の奔流が轟く。長い。すると、今度は地面から複数の巨大な土塊が浮き上がる。


これだけの規模の魔法を使用するとは、相当知能が高いのだろう。武器を回収されることや、後ろの二人も警戒しているのか、無策に突っ込んでこない。

 ……本当に見かけのイメージをとことん裏切るやつだ。獣らしくただ飛びかかってくればいいものを。いや、それも困るが。


 そして、それを、ゆっくりとこちらに飛ばしてくる。

 ……? 相手の思惑が分からない。土塊と同時に突っ込んでくる気かと思ったが、そういうわけでもないようだ。


 スローに飛んで来る土塊の合間を掻い潜るかのように一つ一つ丁寧に避けていく。緩急を付けて突如勢い良く動かしてくる気かと身構えていたが、何事も無く後方に飛び去る。


 全ての土塊を回避しきる。なんとなく、魔物が驚愕しているのが伝わってくる。なんとなくだが。


 再びの咆哮、繰り返される魔法。避ける、避ける、避ける。全てが先ほどの再演だ。


 ……遅い。遅いな、明らかに。

 スローなのは土塊だけではない。先程まで早すぎて視界から消えることもあった熊の動きもいまいち精細に欠ける。十二分に目で追えている。


 何が原因かは分かる。エンチャント、切り札、そして謎の呪い。これらのどれかか、全てが原因なのだろう。


 先ほどの殆ど手も足もでなかった交戦が頭に焼き付きすぎていて、どうにも敵を過大評価していたようだ。私はいつのまにやら、相手の速度に追いつき、追い越していたらしい。


 速度がこの強化具合なのだ、一番自信のある力ならば――


 回避し続ける私に焦れた熊は、直に攻め入ることにしたらしい。

 四足の体勢からの単純な突撃。それで十分。奴の突撃はすなわち重戦車のそれであり、至近で繰り出されれば人など跳ねられる未来しか無い。


 近距離まで迫った熊は、私に向かって勢いそのままに跳躍をしてきた。そのまま体重で押し潰す気だろうか。


 いまなら回避できそうだが……。


 ゆっくりとした思考の中でそう思う。流石に土塊ほどの遅さではないが、十分に目で追える速度だ。だが、後ろにはセルフィ君とリズリットさんがいる。無論、更に後ろにいる馬車を襲撃させるわけには行かない。

 実質こいつを抑えられるのが私しかいない以上、ここで逃げても状況が悪化するだけか。何より、いつまでこの身体強化が続けられるか分からない。


 賭けになるな。私は足に力を込めると、少し身体を前に倒し、奴の突き出してきた両前足を真っ向から受け止める。


 腕から凄まじい負荷が伝わる。背中にかかる衝撃も半端なものではない。ここまでの衝撃を受けたことなど無いので、うまく例えることすらできない。素の肉体ならそのまま地面の染みになっていただろう。じりじりと地面につっかけ棒代わりにした足が押される。


 勝利を確信したらしい怪物の口元が僅かに緩む。


 笑うか、だが、まだ早いぞ。思わず私も笑みを浮かべてしまう。確かな手応えがあった。


「ぐ、う、ぐぅぅぅ」


 一定の距離押しこまれはしたが、足でブレーキをかけ、両足をしっかり踏み込み、体勢を立て直すと、それ以上は動かず静止する。


「ぐるるぅ!?」 


 笑みを浮かべた私に怪訝そうだった熊も、ここに来て流石に焦ったか。まぁ、上から体重をかけた突撃を正面から受け止めた人間が潰れないのが不可思議なのかもしれないな。


 理解できないか? 何、簡単な理屈だ。今の私のほうが、お前よりも強い、それだけだ。


 拮抗が破られる。僅かに熊の身体が押し出される。私はそのまま熊の右の前足を掴むと、握りつぶさんばかりに両腕に力を込める。


「ふっ、ううぅぅぅ……」


 低い唸り声を上げ、全身の力を振り絞る。重すぎる。体重は人の比ではないから仕方ない。限界まで力を込められた両手の指先が、熊の右足を押しつぶし、めり込む。


 限界を超えた行使に筋肉がブチブチと内側で音を立てる音がするが、構うものか。


「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 喉から絞り出さんばかりに声を上げ、全力のスイング。

 ――そして、熊が宙を舞った。


 ある種異様な光景であったろう、なにせ、対してガタイの良い方ではない私に、二、三倍は身長差がある熊が片足を起点に頭上に振り回されているのだから。


「しゃああぁぁ!!」


 流石にいつまでも持ち上げて入られない。体中の骨から罅の入るような音が聞こえてくる気さえする。掴んでいる熊の足を砕かんばかりに握りしめ、私は背中から熊を地面に思い切り叩きつけた。


 一度跳ね上がるが、重さでしばらく滑って止まる。だが、右の前足は砕いた、あれでは使い物になるまい。

 生き物であれば必ず急所である背中の激痛に熊もたまらずうめき声を上げる。最も、怪物共に普通の法則が通じるかはわからんが。


  即座に動く。私はここまでプールした血液全てでできた凝固した血の槍を創る。

 先ほどの口内を傷つけた時の血液のおかげで体積は足りている。自分の左腕からこぼれた分もプールしておいてよかった、いくつか地面に吸われたが。

 更に絞り出せるだけ自分からも血を絞り出す。ここが勝負所である。


 熊に向かって跳躍すると、全身の力を槍の先端一点に集めるべく身体を捻り、地に寝そべる熊を力の限り刺し貫く。

 血槍は熊の外皮を貫くと、熊の左前足を串刺し、更にそこから大きく突き進み斜めに地面に縫い付けた。


 そのまま熊の腹の上に着地する。意図せずマウントポジションを返したような形になった。体格差はひどいが。


 さて、これで熊の動きを封じたが、私の両手に武器はない。かといって熊もこのまま無様に封じられてくれるはずもない。

 右足は砕き、左は槍に串刺されたままだが、そのうち砕かれて自由になりかねない。それに、こいつには魔法もある。


 ――さて、ここで断っておくと、私は剣士というわけではない。いや、正確にいうと剣も使うが、必要であれば素手だろうが槍だろうが使う。

 武器を選ばないという意味では狂……はいらないが戦士と評するのはある種正しいわけだ。

 正直剣の腕はそこまででもないしな。

 では、武器を失ったこの状況。どうするか? ――こうする。


 腹の上に乗り込んだ私は、右腕を貫手の形に変えると、そのまま熊の無防備になった腹目掛けて思い切り突き刺した。

 顔は危ない、牙がある。

 痛打を与えられればよかったのだが、今の私の力は先程見せたようにまともではない。

 熊の毛を、皮を、臓腑を容易く貫く。

 そこから少し引き抜き、腹の中をき回すように抉り、掴み、引き抜くと、また突き刺す。

 腹の中を、今度は左腕も交互に、毟る。毟る。毟る。


「ゴボォォォオァァァ!」


 流石にコレには魔物も堪らず、血液混じりの嗚咽を漏らす。

 ここまで来ると私も少しテンションが上がってくるな。

 とてもじゃないが素面でいられない、という方が正しいが。正常時の精神でできる行いではない。


 そのまま幾度か腕という名の槍の抽送を繰り返す。引き抜く度に血液を吹き出す。

 タフだった熊も流石に堪えたのか、わずかに電気を流されたような痙攣を繰り返すばかりになった。これでも生きているのだから驚愕に値する。


 もういいだろう。私は真ん中が大きく穴の空いた熊の腹両端に両腕をかけると、左右に徐々に力を込め、最後に、スナック菓子の袋でも開くかのように――大きく体を縦に割った。

 中心から裂けた熊……のような物体。

 こうなれば生きていられる生物はおるまい。吹き出た鮮血がシャワーのように身体を、周囲を染め上げる。ポタポタと付着する血液が体中を暖かく染め上げる。


 ……倒したか。何度死線を潜ったのか。

 案外あっさり終わった気もするが、援護がなければ確実に死んでいた。 何度考えてもこんな所で襲われるような怪物でなかった。

 もっとこう、迷宮の最奥とかそういう場所で待ってて欲しかった。


 倒したという現実を認識すると、徐々に熱狂していた意識が冷め、平時に戻ってくる。

 おっと、ずっと顔が笑ったまま固定されていた。ほぐして戻そう。ぐにぐにと頬を揉む。


 そうだ、二人はどうしただろうか?

 彼等の支援のお陰で勝てたのだ、この勝利は三人の勝利とも言える。

 私はまだ戻らない笑みを浮かべたまま振り向く。そこにいたのは……



 何やら水に濡れた地面にぺたりと座り込み、恐怖に慄いた目でこちらを見ているセルフィ君。


「……」


「……」


 ……あー、うん……やり過ぎた。うん。ごめん。最期の素手からの一連の動きは、見てたら怖かったよね。思春期の少年にはトラウマかもしれない。


 あ、リズリットさん、ドン引きしてる。仕方ないじゃないか、戦闘時にそんなこれはグロいかなーとか考えてられないし。

 む? おや、景色が回って、あぁ、そうか、身体も、限界が。


私は襲い来る倦怠感に身を任せ、そのまま意識を手放した。





「あら? 余計な邪魔が入ってしまいました」


 どこかで女の声が響く。可愛らしい、だが、どこか背筋を這うかのようなおぞましさを感じさせる声だった。


「折角勇者様が立派にお務めを果たせるように、試練を用意しましたのに……」


 わずかばかりの後悔も憎悪も悪意も無い。むしろ善意に溢れた、自らの行動の正しさを確信すらしている声。


「でも、力が足りなければ仲間が助けてくれるのも勇者と言うもの。であれば、これも勇者様のお力に違いありません」


 現実感の無い、何かに酔ったかのような、嬌声。


「ふふ、今回は期待できそうです。今度こそ、あなたを……」


 まるで、ありもしないものに縋り付くかのような……。


「そういえば、邪魔をした彼……彼女? も、面白そうな魂でしたね?」


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