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狂戦士さんと覚悟

 

「アークライトッ!」

「ゴアッ!?」


 突如熊の眼前に夥しい光量が生まれた。ほとんどダメージは入っていないだろうが、突然の極光に熊が怯み、両目を抑える。


 もう日が落ちている。暗闇に慣れた目には辛いだろう。私も辛いし。しかしこの体制から抜け出すには今しかない。


「ふっ!」


 九死に一生を拾った私は、すぐさま、多少無様な体勢でも構わない、とにかく転がるように距離を取った。幾度か地面をバウンドしつつゴロゴロと転がり、獣が飛びかかるかのような体勢で止まる。徐々に真っ白な視界が戻ってくる。


 あぁ、いつの間にか髪を結んでいた紐がなくなっていることに気付いた。切れたのか、解けたのか。


「大丈夫ですか!? ボクも戦います!」


 先ほどの声から分かってはいたが、やはりセルフィ君の援護だったようだ。光属性の攻撃魔法だったか、あの歳で大したものだ。助かった。一生恩に着よう。死ぬところだった。


「ありがとう、助かったよ。だが……」


 助かる……が、残念ながら、非常に残念ながら、彼では目の前に魔物に相対することはできない。

 単純に実力が足りない。

 私も彼を庇いながら戦うことなどとても不可能だし、今のような不意打ちも二度は通じないだろう。

 突如現れた新手に警戒して今は襲ってこないが、魔物は高い知性があるので、怪物の相手をする感覚で何度も同じ行動を取ると思わぬしっぺ返しを食らう。


 ……本当に、なんでただの商隊の護衛任務でこんな化物の相手をしているのだろうか? 

 一生分の不運を使い果たしているのではないだろうか。移動が目的だったので無料で引き受けたが、個別に報酬が欲しいところだ。


「戦うのはダメだ、下がっていなさい」

「そんな!? そんな大怪我をしているのに……ボクが前衛になります!」

「無理だ。それは、君も分かっているだろう?」


 そう、それは無謀に過ぎる。

 おそらく一撃持つまい。並の防御では、あの豪腕は容易く守りごと食い破る。

 かと言って回避できるかというと、とてもではないが不可能だろう。奴の動きは早い。

 傾斜でもあればすがる思いで利用したのだが、残念ながらこの辺りは平坦な地形である。多少の凹凸ではさしたる役にも立つまい。

 彼の実力はおそらく同時期の私より上だろうが、目の前の化物相手ではさしたる違いも無い。計る物差しが違いすぎる。


「う……くっ、でもっ、でもっ!」


 彼の視線の先には、別れたアークの半身があった。そのまま気を失ったままのムーアと、全身傷だらけの私へと滑る。あって然程の時間でもないだろうに。優しい子だな。


「そこで見ていてくれ。私は必ず奴を倒す。」

「う……うぅっ、はいっ」


 隠し切れない悔しさの滲んだ声だ。

 自分でも叶わぬとわかっているだろうに、こんな化物を相手に立ち向かう気になるとは、なんと勇敢な少年か。

 実に将来有望だな。こんな訳の分からない生き物に喰われる様な無念を迎えさせてはならない。

 つまり、私は、こいつに、負ける訳には、いかない。


 流石に足に来ていたのだが、すっ、と軽くなった。

 覚悟が決まったか。

 土壇場でモノを言うのは意地と思いの強さである、そのことは、幾度か修羅場をくぐった経験を元に、私はよく知っていた。


 この小休止の間に細かな傷は治っているし、左腕も骨は大分癒着し出血も止まっていた。

 最悪こん棒がわりに振り回せればいいと骨の再生に集中していたため、筋肉がズタズタだが、一応動かそうと思えば動かせはする。

 相変わらず化け物じみた身体だ。


 が……やはり勝つには両腕は必要だ。

 全力で左腕を治療する。ぐちゃぐちゃと動きまわる傷口が直視していたら正気度が減りそうな光景になっている。

 辺りはとうに夜の帳が下りていたし、位置関係からちょうど隠れるようになっていたセルフィ君からは見えていないだろう。


 治療に集中している今動かれたら全てが終わりだが、どうやら様子見に徹してくれているようだ。

 正直セルフィ君が加わった所で相手の圧倒的有利は変わらないのだが、妙に彼を警戒してくれている。

 そんなことを考えていると、左腕に紅い光がポウと宿り、感覚が徐々に戻ってくる。


「……傷がひどすぎる。正直なんで動かせてるか、謎」


 おや、起きていたのだなリズリットさん。セルフィ君が来ているのだから当然か。

 どうやら魔法を使おうとする過程で、再生中の左腕を見てしまったらしく、左手でそっと口許をおさえながら右腕で魔法を行使している。

 どうやら治癒の魔法が使えたらしい。

 暖かな感触から火か光のどちらかだろうとあたりをつける。ソロがほとんどだったからあまり詳しくない。だが、助かる。


「感謝するよ、リズリットさん」

「アレを倒さないと、どのみち私達もお腹の中。全力で手伝う」


 そう言うと、彼女は今度は左手を私に向け、何やら小さく呟く。再び手のひらに紅い光が灯る。


 それと同時に身体の奥底から端々へと力が漲ってくる様な感触。これは、付与魔法……いわゆるエンチャントと言うやつだろうか。珍しい使い手だな、今まで見たこともなかった。


 それにしても、治癒と付与の魔法を同時に使用するとは、彼女は一体……。

 感じる魔力量はそこまででもないのだが、魔法の技術が高いタイプなのだろうか。


 試しに左の拳を握りしめる。

 ぐっと血だらけの拳を握ると、確かな感触がかえってくる。いける。

 感謝の意味も込めて彼女にぐっと親指を突き出す。……反応がない。残念ながらハンドサインは伝わらなかったようだ。


 さて、次はどう戦うかだ。

 このままではさきほどの繰り返しである。

 実を言うとこの身体は化物スペックなので力だけならそこまで大きく負けていないと思うのだが、体重の差が如実に出ている。

 相手は低く見積もっても五百キロ、ヘタしたらトンクラスかも知れない。エンチャントの効果で身体能力が向上している実感があるが、それでもまだあちらが上だろう。


 元々私は細かな技術で押すタイプではない。身体能力で勝ち目が無いならそれは負けるということだ。

 つまり――切り札を切るしか無い。いや、切り札というのは正確ではないな。なんせ、制御できていない為、今まで一度も使ったことがないのだ。

 だが、今ならできる。奇妙な確信があった。導いたのは今までの経験か、熊にマウントポジションじみたものをとられるという希少な体験か、それともセルフィ君の覚悟を見て私の胸に火が灯ったのか。あるいは全てだろうか。

 

 いけるだろうか。流石にここまで追い込まれたことはない。使用したことすら無い。

 魔力も大分消耗している。使えるという感覚だけが頭の中にある。だが、このままでは死ぬだけだ。覚悟を決めて、その名を唱える。

 足りない魔力の補充の為に、今まで髪飾りに溜め込んだ分も全て解放する。


「オーバードライブ」


 全身を流れる血液に作用し、身体能力を格段に引き上げる魔法。無論、後で相応の代償は来る。

 無理をさせている血管と筋肉が軋むが片っ端から強化しつつ治療し、無理矢理に力を引き出す。

 元々赤みがかっていた目が真っ赤に充血し、視界が赤く染まる。口の端から溢れるように血が流れ出る。

 制御を失敗すれば内側から血管を強化された血流が突き破り、全身をズタズタに引き裂かれるだろう。

 だが、今失敗すれば死ぬのは同じことだ。体中が燃えたように熱い。

 なんとか、制御を――。


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