狂戦士さんと冒険者
朝、小鳥の鳴く声で目が覚めた。
目覚まし時計などは無いため、しっかりと睡眠時間をとっておかないと寝坊しかねない。
今日は遠出の予定がある、定期的にアルバ行きの馬車は出ているが、最近出たばかりだったので次は大分先になる。
昨日のうちに話をつけて、道中にある村まで馬車で送ってもらうことになっている。
そこから先は方向が異なるので徒歩で向かわなければならないが。
私が来るまで常識的な範囲でなら待っていてくれるだろうが、早く着くに越したことはない。
荷物を全て持ち出す。
宿泊を延長しないことは店員に告げてあったので、そのまま宿の外へと出た。
朝早いため人の姿はなく、空は青々としていて気持ちがいい。
大気が冷たいので、肌寒さがちょうどよい眠気覚ましになる。
日本でいう所の春に近い気候の今は、息を吐いても白くなるほど寒くはない。
人がまばらな大通りを横目に、裏路地から目的地までショートカットする。
馬車は既に町の出口付近で準備していると言っていたな。
「クルスさん! お待ちしていました」
昨日紹介を受けた行商人のトラスト氏がこちらに手を振っている。
今回は彼と他数人の商人の商隊に馬車に乗せてもらうことになっている。
「お世話になります」
流石に年上のお世話になる相手にぶっきらぼうな物言いは人としてまずい。
周りを見渡すと、荷馬車が七台。小規模の商隊にしてはなかなかの規模といえるだろう。
荷物は既に中に運び込んでいるようだ。
元々王都に行く馬車に途中まで乗せてもらう形だ、護衛の冒険者は別に雇っているようだ。
しかし、数は少ないな。二人しかいない。
行商人にとって荷馬車に入れる荷物は全て商売の種だ。多く入れられた方がいいに決まっている。
道中の護衛を私が引き受けたので、数を減らしたんだろうか。まぁこれで全員ということもないだろう。
しばらく馬車の傍で待っていたら、女性が一人と少年が一人、冒険者だと思われる人たちが近づいてきた。
トラスト氏に話しかけている。
結局護衛は四人か。途中で降りるが私を入れて五人、まぁ、王都まで移動するなら多くはないくらいの人数だな。
トラスト氏が呼んでいる。さて、全員揃ったようだ。私も馬車に乗り込むとしよう。
「クルスさーん!」
む? 私の名前を呼ぶこの声は……。
「おや、セルフィ君。朝早いんだな。というか、もしかして……」
「はい! ボクも護衛として乗せてもらうことになってるんです!」
なんでも、王都にある冒険者学校に推薦を貰って入学する予定らしい。
一定以上の資質ありと認められた冒険者が低ランクを飛ばして高ランクからスタートするために学校で学ぶ事を推奨されることがある。
別に自分で入学する分には金を払えば入れるが、推薦なら遥かに低額で通える。
技術や心構え、魔法、冒険の仕方といった千金に値するものもしっかり学べるので、私も最初の頃金があれば通いたかった。
コミュ力が低いので当時は殆ど付き合いの無かったギルドマスターに推薦欲しいとか言い出せなかったし、今は両方あるが、いまさら通う気もしない。
「なるほど、頑張ってくれ。君ならきっとすぐに一人前の冒険者になれるだろう」
「あ……はい! がんばります!」
うん、今日も笑顔が太陽の様に輝いているなぁセルフィ君。お兄さんにはちょっと眩いばかりだ。
「あんたが噂の狂戦士か。俺はムーア。今日はよろしく頼むぜ」
馬車に乗り込むと、無骨な装備をした無作法そうな青い髪の戦士が声をかけてくる。武器は槍の様だ。かなりガタイがいいな。
まぁ、私みたいなのもいるのでそれが全てではないが。
この世界女性が男よりも大きな大剣を振り回してたりするしな。私も魔法を使えば擬似大剣使いみたいなこともできるし。
「……クルス・ソーヤーだ。よろしく頼む」
狂戦士だなんて名乗った覚えはない。
とは言え二つ名の中では割りとマシなのがまた……。
「よろしくおねがいしますね、皆さん! ボク、セルフィっていいます! 剣が得意で、魔法も少し使えます!」
そういって、この中で一番年齢が低いだろうセルフィ君が元気よく挨拶してくる。
年下だがこの中では一番コミュニケーション能力が高そうだな。なんというかその……いい子だ。うむ。
残りの二人は慣れ合うつもりは無いらしい。得意武器と軽い自己紹介をして沈黙している。
一応名前は長髪の男がアーク、帽子を目深に被った女性がリズリット。それぞれ弓と魔法が得意らしい。
しかし魔法はともかく弓はこの辺りではあまり見ないな。
迷宮は迷宮というが別に狭い通路が延々と続いている所ばかりではなく、それこそ異界のが正しいんじゃないかと言いたくなるように広い場所もあったりするので別に狭くて使えないということはないが、威力は近接武器に劣るし、何よりも矢の費用がかかる。
毎回出費と収入の計算をして数を決めて打たないといけないので、かなり面倒だと聞いた。
魔法が得意と言い出す場合は、魔法が凄い場合と接近戦が苦手な二つのパターンが多い。
冒険者として活動しているうちに自然と身体能力も上がるのだが、それでも全ての人間が武器を振り回すのが得意というわけでもない。
まぁ、この辺りはセンスの問題だし、魔法が全く適正の無い戦士もいるので人それぞれと言っていいだろう。
私のような魔法戦士は多くはないが別に少なくもない。両方高レベルで使いこなすのはまぁ珍しいと言えるが。
しかし、あのリズリットという女性、先ほどから目線がセルフィ君を追い続けているな。何かあるのだろうか?
「とりあえず、護衛の時間を割り振ろう」
「後衛の二人を一人ずつ別チームに分けて、二チームにしますか?」
ムーア氏とセルフィ君が話を進める。
まぁ、後衛に一人だけでやらせるわけにもいかないからな。かと言って一人のチームを作ると分ける側から言い出すわけにもいかないのでそうなるだろう。ただ――
「私は一人でいい」
私が発言する。
「え、でも、危なくないですか?」
まぁ、そうなんだが。
「私は途中で抜けることになる。その後は残った二チームで交代していけばいいだろう」
「じゃ、じゃあ、三チームに分ける、ということでいいんですかね?」
私が頷く。周りも特に異論はないようだ。
こういう時は悪名でも名が知れていると余計な騒ぎが無くていいな。まぁ田舎でしか知られてないような名だが。
正直強さ的にはあのギルドにも私以上はいるしな。戦い方から名……悪名ばかり売れている結果だ。後容姿。
結局槍使いのムーアが弓使いのアークと組み、剣士のセルフィ君と魔法使いのリズリットさんが組むことになった。
ムーアは魔法が使えないらしいのでリズリットさんと組んだ方がいいと思うのだが、リズリットさんが難色を示したのだ。
むさい男が嫌だったのか、それともまさかセルフィ君くらいの男の子が好みだったのだろうか。
まずはムーア達のチーム、間に私が入って、最後にセルフィ君のチームと分けるようだ。
それぞれ三時間交代、十分な強さがあっても一人では予定外のことも起こりうるので、二人いるチームをどちらか動ける程度には休憩時間を開けるのはいいやり方だと言えるだろう。
コボルトクラスの脆弱な怪物なら最悪馬で轢いていけるが、町から離れるほど強力な怪物と会う可能性は増える。
どちらにせよ、私の時間まではそれなりにある。セルフィ君が何か話したそうにこちらを見ている。
目的地まで十日近くかかる。サスペンションなどないので確実にお尻が痛くなるな……。最近無駄に大きな尻をしているのでクッションの役割をしてくれないだろうか。あ、でも今度は腰にきそうだな。痔にならないことを祈りたい。
正直暇つぶしも無く長時間移動する馬車の旅は景色を見るのが好きでもなければ尻の痛みも含めてかなりの地獄なのだが、セルフィ君は知らないのだろうか……。
陰鬱な気持ちになりそうになるのを抑えつつ、私は走りだした馬車の外に視線を向けようとしたが、荷物が塞いで何も見えなかった。なんだか先行き不安だな。