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狂戦士さんとヌメヌメ

「もう半ばは越えたな。そう遠くない内に目的地周辺に着くぞ」

 

 シスが周囲を見渡しながら言う。未だ昼のはずだが、天然物の樹木のカーテンが光を遮って辺りは仄暗い。所々降り注ぐ光源が照らしてくれているのでまるで見えないとまではいかないが。

 鹿の討伐後、一、ニ時間近く歩き通しだ。見慣れぬ景色に暇ということはまるでなかったが、ずっと警戒していればそろそろ疲れも出てくる頃だ。

 

「とりあえずここまでの道中では、行方不明者達の痕跡は見当たんねーな。目的地までは無事に着けたんかね」

「採取後帰り道でやられたという可能性もあるが、ここまでは見つかっていないな。最も主に使われる道を逸れて脇道でやられたり、遺体も装備も残さず処理されていたりする場合分からんがな」

「装備も? そういった魔獣がいるのか」

「知恵が高く人にほど近い姿形をした魔獣なら処理後装備を持って行ってもおかしくはない。後は丸呑みにして食ってしまう奴も生息している。とは言えそうした魔獣の殆どはこの辺りまでは早々降りてこないがな」

「丸呑み……?」


 シスの言葉に私が目をぱちぱちと瞬きしつつ、疑問に思う。

 金属も多分に含まれる装備など動物が食えば果てしなく身体に害になってしまいそうだが、魔獣はそこまででたらめなのだろうか。


「当然獣や人に近い奴らが装備ごと丸呑みなんぞすることはないが、特殊な魔獣も居てなぁ。頭もさして良くないから、そのまま飲み込んじまうんだよ。それが原因で死ぬこともあるが」


 ジオが私の疑問に補足してくれる。人間を丸呑みにしてしまう巨大な魔獣でも居るのかもしれないな。なんとなく巨大なミミズが地面から飛び出してきて地面ごと人を飲み込んでしまう映像が頭に思い浮かんだが、ゲームのやり過ぎだな。



 

 それから引き続き歩くと、樹木の迷路から一つの湖の側に出た。水面に樹海の入り口からずっと宙を舞い続けている光の粒が反射していて、澄み切った水が鏡の様に辺り一帯を映し出す。何時までだって見ていられそうな美しい光景になっている。

 先ほどこの光の元を捕まえようとしたのだが、何故だが身体を近づけると消えてしまう。


 ここは正確には湖と呼ぶには少々浅く狭いが、水が澄みすぎていて沼と呼ぶには憚られる。大きさと深さ的には沼のほうが正しいかもしれない。

 その幅の中央には苔生した小さな小屋がぽつんと建っていた。その入口は水の中に沈んでおり、興味は惹かれたが流石に入ろうという気は起こらなかった。


「こんな浅い地帯ではとっくに調査済みだな、かなり古い建物でこの辺りに幾つか点々と建っているぞ。野生の動物や魔獣の住処になって居ることもあるので、あまり近寄らないほうがいい。刺激するだけだ」

「分かった、とは言えあの小屋に何か住み着いているとは思えないが」


 何分入り口が水没しているからな、中も相当浸水しているだろう。水で木材が傷んでいることを考えると、この建物もそう長くないかもしれないな。となればあまり波を立てないほうがいいだろうな。傷みを促進してしまう。


 そのような事を考え、水面を見続けていたが、小さな小さな波が走った、様な気がした。魚が跳ねたか虫でも落ちたのだろうか。いや、だが今も細かく波が連なっている。


「ん? ……静かにしてくれ。何か来る」


 シスもその事に気付いたようで、怪訝そうな顔をすると、こちらに指示を飛ばしてくる。

 一瞬辺りが静寂に包まれたが、虫や鳥の鳴き声がまばらに聞こえて私には何が来ているのか分からない。……いや、一つ妙な声が混じっている気がする。だが、その音のする方角は視界を遮るように地面が盛り上がっていて、何がいるのか分からない。

 シスは異常に気付いたらしく音のする方角に顔を向けると、怪訝そうな顔つきから一気に不機嫌そうな顔つきになり、小さく舌打ちをして言う。


「……離れるぞ。進行方向から退くんだ。そこの大木の影まで走れ!」

「おうっ」

「分かった!」


 説明が足りないので意図は分からなかったが、この場で最も未開地に詳しいのはシスである。先ほどの戦闘で多少は実力を把握されているだろうし、そのシスが逃走一択と考えた以上即座に退くことを優先する。

 シスが指し示した木の裏に急いで駆け寄る。


 移動の完了と共に、いつの間にかかなり接近されていたソレに、あまり音を出さずに近づいてくるソレに気付くことが出来た。その巨体に反して鳴き声程度しか音を出していない。群れや巨大な生き物が近づいてくる時に起こる地鳴りの類があまり無い。


「な、なんなんだアレは……?」


 木陰よりあまり身体を晒さないように覗きながら、小さく呟く。

 無数の黒い粘性の生き物がぐねぐねと身体を蠢かせながら、見かけ以上の速度で転がるようにして眼前を通り過ぎていく。正直に言おう、気味が悪い。粘液が意思を持ったように動き回るのがこうも気色悪い物だとは知らなかった。

 同時に私には一つだけ心当たりがあった。あの手の粘性生物の代名詞と言えば、"アレ"しかないだろう。


「スライ……」

「ウーズだな。気をつけろ、黒色のウーズは飲み込まれれば抵抗出来ずに溶かされて喰われるぞ。足音も殆どしないし静かに近づいてくるから気づきにくいんだ、しかしでかい群れだな……」

「統率してる個体がいるみてぇだな。とはいえ、この距離で気づかない以上然程頭はよくなさそうだけどな」


 そっちでしたか。まぁ認識は間違っていないだろう。

 あまりにも著名度の高すぎるゲームのお陰で雑魚の代名詞的な扱いを受けているが、実際に目の当たりにしてみると厄介この上なさそうな生き物だな。そういえば迷宮では見かけたことがなかった。

 ここまで近いとよく聞こえるが、何やら鳴き声を発しているのが分かる。


「ゥ゛ゥゥゥゥ……リリ…………テ……」


 井戸の底から響くような不気味な掠れた唸り声をあげながら、黒い川は湖畔に紛れるように去っていった。その道中、湖に沈んだ小屋の一部を削りとっていく。

 殆どのウーズは意思を持ったゼリーのようにぐねぐねと蠢くだけだが、よく見ると一部ポコポコと複数の目玉や口を浮かべた様な個体がおり、その外見が飲まれれば喰われるのだという事実を強調してきて、一層不気味さを際立たせる。よく見ると粘体の身体の中から動物の一部と思われる部分……食べ残しが生えているかの如く浮かんでいる。


 そのまま一分近く、その場から動かずに待機する。


「……行ったか」


 シスの言葉に緊張を解く。


「基本的には樹海の奥地で苔や食べ残しなどを喰らう森の掃除屋なのだが……他の未開地でも良く見かけるが……こんな浅い層であの規模の軍勢に会うなんて、運が無かったな。流石にあの数ではまともな戦闘なぞできん」

「見れば見るほど不気味な奴らだが、物理的な攻撃は通用するのか?」


 炎のなどの分かりやすい弱点があっても、私ではそれを使うことが出来ない。コアの様な明確な弱点か何かがあるといいんだが。


「真っ二つにしてやっても直ぐに戻っちまうが、どうやら再生できる限界が決まってるみてーで、何度も斬りつけて行くとやがて身体を構成できなくなって黒い粘液になって死ぬな。ただ、終わった後に武器の手入れが大変だし、攻撃する面積が狭いとかなり時間がかかる。お陰で俺みてーに突きをメインの攻撃手段にしてる奴には、下手に体力使うより逃げの一手が正解なわけだが、足もそれなりに早い」

「あくまでそれなりだが、身体能力が低い者がいるパーティーだと、逃げきれずに捕まることがある。今回は大丈夫だがな。何より、奴らは切りつけられても一切怯まん。それでいて黒いウーズは粘液の一部が身体に触れれば溶けたようになって喰われるのだから、厄介極まりない。まぁ他の色の奴らも面倒な特徴があるが、黒い奴が一番危険だ。火の魔法が使えるならむしろカモなんだが……」


 物理的な手段で倒せないこともないようだが、中々に面倒な相手のようだ。間近で見て改めて思うが、あそこまでの不思議生物はそうそう居ないだろうな。


「基本的に知能が低いので、目の前の食料を一体で貪っているだけなんだが……。一部あの目玉やら口やらが生えた奴らはそれなりに知恵が回るらしく、今のように仲間を集めて群れになって暴れていることがある」


 あの妙な鳴き声をしていた個体だろうか。周囲がどこか複数の色が混ざり合ったような黒い体色をしているのに対して、より黒く、漆黒と言える様な光沢のある深い色合いをしている為目立っていた。


「それと……様々な未開地にいるんだが、あの個体、及び群れを見かけたら避けたほうがいい。周囲のウーズとは桁違いに強力で、火もイマイチ効きが悪い。群れの場合あまり小回りがきかない上にそこまで視野も広くないので、隠れる事自体はそう難しくもない」


 私としても生きたまま喰われるというのは勘弁願いたいので、できるだけ会いたくはないな。丸呑みではこの身の不死性も効果が薄いだろう。むしろ苦しみが長引くだけとかそういう結果になりそうで怖い。


「オレの場合は武器の損傷がな……迷宮探索をあまり行わない弊害で、自分に合う迷宮産出の武器を持っていないのだ。これは純粋に未開地のレアな素材で作った斧でな……破壊力はともかく、純粋な耐久性ではどうにも劣るのだ。まぁ、その分妙なデメリットもないし、愛着もあるがな」


 そういってシスは握り心地を確かめるように斧の持ち手を擦りだす。細かなメンテナンスが必要になるらしく、探索後は手入れは勿論できるだけ鍛冶屋で見てもらっているとか。


「そういや俺が前に迷宮で手に入れたレアな槍をくれてやらなかったっけ」

「兄様の様にじわじわと削るのはどうにも性に合わないので、部屋に転がしてあります」

「お前……槍も使えるくせに」

「ハルバートだったらありだったんですけどねぇ」


 



 

「もし依頼された者たちがアレに喰われていたとすれば、最早捜索は不可能だな」

「そいつぁ勘弁してほしいなぁ。それにあれがこの辺走り回ってたとすると、別の原因でやられても遺品を喰われちまってるかもしれねぇな」


 それによって依頼の達成の困難さがまるで変わってくる。道理で苦虫を噛み潰した様な顔をしていたはずだ。先ほど言っていた装備を丸呑みにする、という魔獣の一体が今通り過ぎていった奴らなのだろう。あんな規模の群れは想定していなかっただろうが。


「とりあえず引き続き目的地まで行こうか。あれがこの辺りをうろついていると分かった以上、あまり長居はしたくない。幸い今回のパーティーなら逃げ切ることは容易なので、そこまで深刻ではない。或いはここで依頼は諦めて探索を打ち切るのもありだが」


 シスが改めて今後の方針を決める。


「今まで黒色のウーズが浅層まで出てきた、しかも群れで、なんて話殆ど聞いたことがねーなぁ。一体くらい偶に入り込んでくることはあったらしいけどよ」

「先ほどの鹿もあれから逃げてきたんだろうか? 」


 あんなのに住処を荒らされたら恐慌状態にもなるだろう。未開地探索……思っていたよりもずっとハードだな。


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