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狂戦士さんと不注意

「さて、今日の手順を確認しておこう」


 シスが樹海に向けて足を進めながら、話を振ってくる。


「基本的に樹海には馬で行っても中には乗り込めず、樹海の入り口に繋げておいても魔獣へのいい餌となり確実に喰われるので、ある程度資金力のあるパーティーが馬用の護衛や飼料、水の用意でもしない限り、徒歩で行くことになる」


 水場は近くにあるのでやってやれないことはないがな、と言ってそこで一度言葉を区切るシス。

 いくらそれなりに稼いでいると言っても流石に馬を使い捨てにするのは辛い。そもそも手間がとんでもなくかかる生き物なので、個人で飼うのは相当敷居が高い。世話役が確実に必要になる。

 故に馬を使用して迷宮や未開地に出かけるような冒険者はかなり稀だ。


 要するにわざわざ言うという事はこれは馬の選択肢は無いと言っているのだろう。もしくは実際にそれを行っているパーティーでもいるのだろうか。


「とは言え、ここから樹海までは早朝から町を出ても昼近くまでかかる距離がある。で、今回の我々の場合、浅層部と僅かに中層部に入る可能性がある程度。日帰りにするには少々キツイくらいだ。徒歩ではおそらく花畑に着く辺りには日が落ちてしまう。となれば、夜の暗闇の中樹海を移動することを避け、そこで泊まることになる。だが樹海内部での寝泊まりはできるだけ避けたい」


 長い説明内容を一気に話すと、シスがここまでの結論を口にする。


「そこで、走る。樹海の入り口までな」

「なるほど、道理で今正に走っているわけだな」


 そう、我々は先程からそれなりの速度で道を走り続けていた。全力という訳ではないが、身体能力の高い冒険者の駆け足は一般人の割りと本気の走りに勝るとも劣らぬ程度には早い。

 道中であった人々は高速で駆け抜けていく三人組にすわ何事かと鳩が豆鉄砲を食ったような不思議そうな顔をしていた。


「高位の冒険者の足ならそれなりの連中でも馬とそこまで変わらない速度で駆けられる。幸い今回のパーティーは後衛や支援職はおらず、スタミナのある前衛職のみで構成されている。無論、馬と同じ距離を走り続けるのは流石に到着後動けなくなるので不可能だが、休息を挟みつつ行っても夕刻までには目的の花畑で用を済ませられる。日が落ちきる前に樹海さえ出てしまえば、町への帰還も可能だし比較的安全な入り口付近で泊まることもできる」


 クルスのタフさについては兄様から聞いていたので問題はないだろう、とシスが言う。ということは二人も問題なく走り抜けれるのだろう。アレだけ重そうな斧を背負い、鎧を着ながら走り続けているのだから、中々のタフさである。

 私は今回武器が鞭と、鍛冶屋で予備代わりに一応買った廉価な片手剣だけなので割りと身軽だ。ジオは槍くらいだし防具も軽装なのであまり私と変わらないだろう。


「本来未開地にバテた状態や急いで、などという心構えで入るのは論外なのだが、内部で泊まることと天秤にかけるとどちらが危険とも言えない。夜行性の魔獣なんかの危険も多くなるのでな。ある程度安全圏を見極められる迷宮より危険だから、寝泊まりする時間はできるだけ減らしたほうがいい」


 夜行性の魔獣か。夜を得意としている奴らは得てして面倒な相手が多い。特に我々人間はどうあがいても夜の闇の中の行動を苦手としているからな。夜目が聞く亜人種の冒険者でも連れていればその限りでもないんだろうが。


「浅層なら問題ないとは思うが、迷宮と違ってここにはどういう魔獣が出る、と決まっているわけではないからな。中層や深層辺りの魔獣がひょっこりと顔を出しに来ているというのもまぁ、ない話ではない。当然滞在時間が伸びれば伸びるほど不測の事態に合いやすくなる。……兄様が苦手としている様な、な」

「俺を引き合いに出す必要あったか?」

「定期的に兄様を弄らないと、身体が震えだしてしまうんだ……ほら、見てくれ、口元がひくひくしているだろう?」

「嘘つけぇ! それ笑ってるだけだろうが! 大体互いに冒険に出てる間は基本離れ離れだろ!」


 ここまで走るだけで特に話に入ってこなかったジオがツッコミを入れる。まぁジオは既に知っているだろうから、この説明も私向けのものなのだろう。

 一通りジオを構ったシスは満足した笑みを浮かべていたが、ふと、その笑みが鎮まる。説明が続くようだ。


「……勿論夜営の準備もしているが、特に樹海の場合は他の未開地よりも夜はあまり入らないほうがいいんだ。あそこは……出るからなぁ…」


 ジオをからかった時とは一転した口調で、シスが言葉少なに語り出す。


「出る? 夜に出るとなると、アンデッド辺りか?」

「アンデッドと言えばアンデッドだが、そこらのアンデッド共とは格が違うからな……流石に浅層まで出てくることはないと思うが」


 そこで俯くと、意味深に言葉を区切る。よく見るとふるふると身体を震わせている。

 意外な姿だ。この自信に満ち溢れた少女が口に出すのも恐れるような相手が樹海の闇に潜んでいるというのだろうか。

 その正体を知りたいところだが、ここまでして避けている相手だ。或いはトラウマということもあるかもしれない。本人がやめている以上下手に話をほじくり返すのは考えものだろう。


 ジオがなんだか後ろから呆れた目付きでシスを見つめている。

 むぅ、そういうのは良くないと思うぞ。例えジオにとっては呆れるような理由でも、人によってはトラウマ染みた酷い経験があるかもしれないのだから。

 心の問題はデリケートなのだ。私の身体の傷が簡単に治っても、中二病時代の古傷が癒えないように……あ、これはちょっと違うな。

 すすすっ、歩幅を縮めて走る速度を少し緩める。


「やめなさい」

「あでっ!」


 少し後ろを走っていたジオに速度を合わせて、真横からピシっと頭を軽く叩く。

 コキ、と硬質の何かが擦れるような妙に小気味いい音がした。


「おおぉ……あたた、お前な、なんか俺に恨みでもあんの?」


 カランと槍を側に落し悶えるようにしてジオがその場に座り込む。

 あ、あれ? その反応は予想外。

 

 あぁっ、そういえば今の私は女性形態だからいつもより力が強いのだった。少し加減を間違えてしまったらしい、本当に軽く当てる程度のつもりだったのだが。


「ご、ごめん……い、痛かったか? 撫でようか?」


 自分の不注意がもたらした惨劇にあわあわと思考が混乱し、変な事を口走ってしまう。


 ジオの前にしゃがみ込み、よしよしとジオの頭を手をどけて優しく撫で擦る。


 こぶになってないかな? 大丈夫かな?


 ふーふーと息を吐きかけ、背中を撫で付け、胸元にジオの顔を収めながら、少しでも痛みが収まるように手伝う。あぁ、音からすると首も痛めてしまっただろうか? 背中に回した手をつつっと首筋に添える。


 最近だとセルフィ君に似たような事をした気がするな。彼は元気だろうか。

 とはいえどちらも私が原因ではあるが、今回の場合不注意から起こした事故である為完全に私が悪い。より力を入れて、少しでも早く治るように願う。


「よしよし……ごめんな……」

「ま、まった……確実にあいつにネタにされる。もう大丈夫だから、痛みも直ぐ引いたから」


 あぁ、こら、逃げようとしないで。

 あんまり動かないでくれ。やった私が言うことじゃないだろうが、頭の怪我は繊細なんだ。

 逃げられないようにぎゅっと胸元で固定する。

 

「おやおや、兄様。九つも年下の相手に頭をなでなでされて悦ぶとは、中々に高尚な趣味をお持ちで」


 ニマニマとした愉快そうな笑みを浮かべながら、先を走っていたはずのシスがいつのまにやら戻っていて、近距離にしゃがみ込みながらジオを見ていた。さぞや面白い玩具を見つけたと言わんばかりの顔だ。


「し、シス、これは私が完全に悪いから……」

「あーもう治った! 痛みも引いたからもう結構! ほーら、全然平気だもんねー! だからクルス、もう気にしなくていいからな!」


 私がシスの方を向いて注意がそれた途端、逃げ出したジオが勢い良く立ち上がりその場から退くと、ブンブンと槍を縦横無尽に振り回して元気アピールをしていた。


 ……あれだけ元気なら大丈夫だろうか。


 よかった。何分大岩くらいなら容易く砕けるパワーが出る身体なので不安だったのだ。

 シスはなんだか物足りなさそうにしているが、兄が心配で戻ってきたのを素直に表現できないとかそんな感じだろうか。素直じゃないなぁ。


「そういえば、ジオは今日はいつもと槍が違うんだな」


 未だにぶんぶんと振り回しているジオを見て気付く。

 私と戦った時は直槍と言うのが正しいのか、割りとシンプルな造形の槍を使用していたが、今日見るそれは薙刀に近い……いや、グレイヴというのだろうか?


「破壊力を考えればシスの斧で十分だし、魔獣相手だと刺しただけじゃ倒せない敵もいるからな、手軽に斬りつける手段があったほうがいいんだよ。俺、薙ぐのも得意だしな」


 そう言うとヒュンヒュンと槍を回すようにして振り始める。なるほど、いくつかの型を披露してくれているのか、光る刀身が輝きを増してどこか美しさを感じるな。歴戦の技というものだろうか。

 ジオはしばらく続けると、一段落したのか槍を動かす手を止めた。


「っと、こんなもんか」

「おぉー」


 ぱちぱちと両手を叩いてうるさくならない程度に拍手を送る。純粋に感心した。私には出来ないタイプの技だな。赤い絵の具を戦場に撒き散らす無骨な前衛芸術なら得意なのだが、好きでやっているわけではない。

 ジオもまんざらではないようで自慢気に胸を逸らしている。この間のシスとなんだか被る動作だな。やはり兄妹か。


「そうやって槍を振っている姿はそれなりに様になるのだがなぁ……。ふむ、姉に伝えるネタが出来て中々に有意義な時間だったか、あまり休み過ぎると予定通りに行かなくなる。不測の事態に備えて少しは時間に余裕が欲しいからな。そろそろ再び走るとしようか」

「やめてくれよ……」


 ジオがげっそりとした顔をしている。そんなに走るのが嫌だったのだろうか。

 とは言えジオを負傷させて無駄に時間を取らせてしまった原因は私である。いきなりの失態だ。これ以上迷惑を駆けないようにもう一走りと行こうか。


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