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狂戦士さんと良き出会い

 早朝、アムに見送られながら宿を出る。

 最近アムはギルドに出入りしているらしく、心配で傍についていてあげたいのだが、何分依頼は早くこなす主義である為にタイミングが悪い。

 できるだけ早く終わらせて、少し時間を取ろうかな。


 あ、ちなみにまだ副作用から身体が戻っていない。そうなると今日もマントで胸元を隠しつつ歩くことになるのだが、控え目に見ても不審者である。

 それが嫌だったので昨日服飾店で買っておいたサラシを巻くことにしたのだが、これが凄く息苦しい。サラシでこれでは、コルセットとか地獄なんじゃないだろうか。

 一人だとうまく巻けなくて、アムに手伝ってもらったのだが、まぁ気にされなければ気にならない程度、か? 流石にマントに包まりながら戦闘行動は取れないからな。


 町の北口へと歩く。

 欧州風の木造の家々が建ち並ぶ一角は、日が昇るまでは熱が篭もらずひんやりとした感じだ。

 周りから殆ど音が聞こえないため、足元の石造りの地面を歩く度に硬質な音が周囲に反響する。とは言え、ぽつりぽつりと朝の準備を始めている家もあるみたいだな。

 早朝の町は人影が少なく、昼頃の喧騒と打って変わって、静寂に包まれどこか物悲しい雰囲気を醸し出している。後一、ニ刻もすれば辺りの家から人々が溢れ返し、いつも通りの活気に包まれたアルバになるのだろう。


 気候はイニテウムとさして変わらないはずだが、大きな川の側の為か少し肌寒く感じる。冷たい空気が肌を刺激してきて、程よく眠気覚ましになって助かる。

 水気を多く含んだ大気は、独特の臭いを感じて嫌いではない。日本でも川辺には他にはない魅力が確かにあった。

 ただ、夏場に臭うのは勘弁して欲しい。ここは然程水が汚れていないので気にする程でもないだろうが。

 

 徒然と内容の乏しい事を思い浮かべつつ歩いていると、町の北口に辿り着いたので思考を打ち切る。

 最近見慣れた人影が一つと、その後ろに大きな武器を手にした少し小さな人影が見える。冒険者であることは間違いないだろう。

 ジオ達は既に来ていたようだな。遅れたわけではないが、こちらの方が遅くなってしまった。何も問題はないのだが、昨日あんな事を言った身としては少し気恥ずかしい。


 しかし、後ろの人は誰だろう。樹海探索に一人連れてくると入っていたが。

 見たところ、私と同じか少し年下に見える、ジオと同じく赤い髪をした少女だ。ただ、この子の髪はジオの燃えるようなはっきりとした赤ではなく、ほんの少し淡く、赤がメインだが桃色に近い髪色をしている。

 最近見た近い色の髪で言えばソールだろうが、彼の髪が優しげな桃色と表現できるのに対して、彼女のそれは多少似た色彩でありながらどこか苛烈な印象を受ける。


 ぱっちりとしている目はそれでいて目力が強く、幼い風貌に合わない貫禄があり多少距離があるのにどこか威圧感を感じて少し圧迫されてしまう。外見は大層可愛らしいのだけど。

 そんな彼女は、近寄りつつある私を視界に入れると、愉しげに少し口の端を歪めた。


「ほう、その黒髪、お前が噂の……」


 どすんっ、と轟音と共に肩口に構えていた身の丈程もある巨大な大斧の尖った石突を地面に突き刺す。朝から迷惑だと思うぞ。

 さて、その斧だが。半月型の刃が片面に集中しており、すっきりとしたフォルムだ。その刃の巨大さを無視すればだが。

 バルディッシュ、と呼ばれる長柄の斧だと思われる。同じ長柄の斧のハルバートに比べると反対側の突起などが無い分器用さに欠けるが、代わりに純粋で圧倒的なまでの破壊力が魅力の武器だ。牛を両断しただの人を真っ二つにしただのと、とんでもない逸話の残る武器でもある。


 人間相手に使用するにはオーバーキルに過ぎるが、怪物や魔獣が相手ならこうした過剰なまでの破壊力が生きてくる。ただし、防御面は貧弱になるが。

 そもそも対人戦闘なら弓や槍がベストだしな。私みたいなのだとそれじゃ中々止まらないが。……自分が怪物に近いカテゴリーだと思うと少し虚しくなるな。


 私と似たタイプの胸部などを守る鎧を身に着けている。武器も重いだろうに相当に力があるみたいだな。私のように前線に突出して、大暴れするタイプの戦士だろう。それでいて意外と細部の装飾が凝っているのが女の子らしさを感じさせる。私の鎧は黒が強い。


 左手で斧を杖のように固定したまま、右手を掲げるようにして少女は続ける。


「まずは自己紹介と行こうか。オレはシス・フラッテロ。いずれ全ての未開地を踏破し、この名を世界に刻み込む者だ」


 声質は可愛らしいのに、妙によく通るというか、無視できない何かがある。凄く得意そうな顔をしているが、ドヤ顔って言うのだろうか、コレ。


 それにしても、なんというか、物凄く態度のでかい少女だな……。

 こんな世界だから男勝りな女性も多いので、決して居ないわけではないが、ここまでの相手はそうそう見ないぞ。後、自分のことをオレと言っている女性も久々に見た。田舎では割りといたんだがな。まぁアレは方言みたいなものだが。


「あ、あぁ、よろしく頼むよ。クルスだ」


 少し呆気に取られてしまった。顔の筋肉が固くなっているのがよく分かるが、うまく笑えただろうか。朝だからどこか思考が鈍いのかもしれない。


 しかし未開地の踏破とは……随分と大きな目標を豪語したが、年齢を考えれば夢が大きいのはいい事だな。中二病でない事を祈ろう。アレはキツイからな、私が年を取ってからどれだけ身悶えたことか。……身体が若返った時、再び発病してしまったのもあるけど。

 羽織っているマントとかも……あ、私のは身体を隠す用だから。決してそういうのではないから。昔は格好良くて着けてたけど、今は意味があるから。違うから。


「ちなみに俺の妹な。六歳離れてっけど」


 ほうほう、二人は血縁関係があったのか。道理である程度信頼関係が無ければ共に入り込みたくない未開地にまで連れて行くと……。

 ……ん? 待てよ。ジオの年齢が確か二十五。そこから六歳となると……。


「……年上?」


 無論、肉体年齢の。


「そうだが?」


 なんと、十九歳だった。


「なんだ?」


 準備運動でもするかのように片手で斧を持ち上げてゆっくりと確かめるように宙に滑らせているシスさんを見る。

 まぁ成長は人それぞれだからな。小柄な体躯でありながらあれだけの重そうな装備を身に着ける事ができるのを考えると、見かけによらない典型的なパターンだ。いや、私服ならまだしもあんな威圧感のある装備をしていたら勘違いする奴もでないだろうが。


 というか、そんな物を町中で振り回したら危ないぞ。衛兵に通報されかねない。他に人が居ないからいいが。


「あー、シスさんと呼んだほうが?」


 年上なら一応確認しておこう。


「いらん。冒険者なのだから、実力が全てだ。私もクルスと呼ばせてもらおうか」

「そうか、改めてよろしく、シス」

「あぁ」


 互いに空いた手で握手をしつつ、改めて自己紹介を済ませた。


「今日は世話になる。未開地自体に入ったことはあるのだが、樹海に潜るのは初めてなので、少々不安があるんだ」


 実を言うと少し緊張している。とは言え未開地を避けて通り続けるのも冒険者としてはどこか違う判断であると思っているので、強い味方がいるのは心強い。

 

「なに、兄様だけでは多少不安が残るからちょうどよかったさ。腕は十二分に立つのだが、どうにも不測の事態に鈍い所があってな……」

「あぁ、そう言えばそんな感じだな」


 手合わせの時も私に槍を弾かれての接近にはしっかり対応していたのに、怪我を無視した前進には動きが僅かに硬直していたし。槍さばきは見事の一言なのだが。

 しかし兄様呼ばわりとか少しジオが羨ましい。


「いや、そんなことないぞ?」


 ジオが否定する。が、それをシスはとんでもないカウンターで返してきた。


「この間も私の着替えに遭遇した時に、簡素な謝罪とともに階段を大慌てで駆けた結果、足をもつれさせて転がっていったしな。年の離れた妹の裸に何を興奮していたのやら」

「ちょ! お前! 人前で何言ってんの!?」


 つーか興奮なんてしてねーよ! とジオが大騒ぎしているが、そろそろ周りの人も起きだしてもおかしくない時間なのであまり騒ぐと聞こえるぞ。

 というか、兄とは言え裸体を見られて物怖じしないのはむしろ彼女が男前過ぎるのではないだろうか。


「なんだ、ジオ。お前身内からもそんな感じなのか」

「もう一人いる姉からもこんな感じだな。母が強いので父とともに少し家族内での地位が低いのだ」

「おかしくね!? 俺これでもかなりの凄腕だし、むしろ敬われて然るべきだろ!?」


 自分で凄腕というのはちょっとアレだが、まぁ言っても問題ない腕なのは間違いないな。


「何故だろうな……兄様の実績を聞いても敬う気が待ったくせず、むしろこう、弄り回したくなるのは……ふっ、これも人徳というやつだな」

「そんな徳いるかっ!」


 サラリと受け流しつつもいい笑顔でジオをからかうシスと、少しオーバーに身振り手振りの反応を返すジオを見て、こう思った。


「兄妹コントか何かかな?」

「ちげーよ!」


 あ、天然ものか。


「冗談だ、そう怒らないでくれ。ただ、急に兄様の傷ついた顔が見たくなって……な」

「あ、あぁ、次からは気をつけろよ…………ん? あれ? 謝ってなくね?」


 なんて言って急に真面目な顔つきに変えて目を瞑ったシスさんだが、その直後に目を細めてとんでもないことを言い出した。その顔には隠し切れない愉悦が浮かんでいる。

 あぁ、なんか分かるな。弄られて輝く人間って確かに居るんだよな。イジメは好まないが、それとは別にして。こう……天然の芸人のような?


「なるほど、分からんでもない」


 うん。ジオはリアクションがオーバーだから一々弄りたくなるのだ。つまり疼かせるジオが悪いということだな。


「お前ら妙に相性いいなっ! 二人揃って年上で遊ぶんじゃねぇよっ!」


 そう、何故かは分からないが、彼女とは妙に親しみを感じる。

 武器は違えど戦闘スタイルが似ているからだろうか? こう……類友的な何かを。


「ふむ、中々の嗜虐力……嗜虐道二段といったところか。無意識に高めていたようだな」

「え、なにそれ」


 知らんぞ。





「しかし、未開地の踏破と言ったか。まさか、未開地の攻略を専門として居るのか?」


 未開地の攻略を専門とした場合、年毎の瘴石の納付義務がある程度免除される。ただし、その代わりギルド側で実際に未開地を攻略しているかどうか調査されたり、未開地関連の依頼が優先的に回されるようになる。

 実力に見合う程度で構わないし、勿論、迷宮に挑むのが制限される訳ではないので自由に潜ってもいいが。


 未開地の攻略は冒険者の本来の目的であるので優遇を受けているわけだが、では免除程度でその危険度に見合うかと言うととても頷けない。せいぜいが実績次第では未開地攻略の専門家であるという名声が得られる程度だ。その為、申請をしている者は本当に少ないのだが……。


「あぁ、オレは未開地を主に探索している。今確認されている数多の未開地の深層を更新し、未だ人のテリトリーに無い何者も足を踏み入れていない美しき景観を見た最初の一人となる為、その為にオレは冒険者となった」


 胸元に手を当て目を瞑り、子供の頃からの夢を語るかのようにどこか熱の篭った言葉を口にするシス。

 深層と言うのは未開地の最奥というわけではなく、現在確認されている中で最も奥と言うだけだ。つまり、その先は未だ人類からすれば前人未到の未知の領域となる。

 更新ということは当然更に奥に突き進むということだが、上位の冒険者ですら探索を断念している事を考えれば、並大抵のことではない。

 しかし、いかにも戦闘重視といった雰囲気だったから、景観が目的というのは意外だな。とはいえ、人の手の及んでいない自然は本当に美しいらしいからな。心奪われるのも分からないでもない。


「無論、魔獣も興味の対象だがな。面白いぞ? 人と話が通じる魔獣もいるし、歴史書にのっていないような事実を知っている者もいるらしい。発音できるかは別だが。まぁ、どいつもこいつも人間が嫌いな奴らばかりなので、話を聞くには一度組み敷く必要があるがな」


くくく、と緩んだ口元から笑い声を漏らす様は先程の景観云々を口にした少女と同一人物とは思えないが、まぁ人は単一の視点で図れるほど単純ではないということなんだろうな。


「元々武の傾向の強い家だったんだが、何が影響したのか、いつのまにやらこんな性格に……」


 一人称も昔は私だったのになー、母さんが冒険者だったのがいかんかったのかなー、とどこか遠い所を見ながら小声で語るジオ。おそらくシスに聞こえないようにという配慮なのだろうが、残念ながら丸聞こえだと思うぞ。そっち横目で見てるし。

 ふん、と軽く鼻を鳴らすと再びこちらに話かけてくる。


「まぁ言うまでもないと思うが、あまり固くなるなよ。初めて入る未開地ともなれば無理も無いことだし、変に余裕を出されて油断されるよりはいいが、オレは一応深層まで探索したことがあるので樹海に関しては多少経験豊富だ。お姉さんを、頼りにしてもいいんだぞ?」


 ふふん、とあまり膨らみのない胸部を強調した姿勢を取るシスさん。

 うーん、お姉さん感が全然無い。どうあがいても背伸びする妹感しかでてない。ジオからすれば普通に妹なんだろうが、私もなんだかんだこの子よりも精神上は年上だし。

 とはいえ、相手の好意には甘えておこう。


「あぁ、頼りにさせてもらおうかな」

「それでいい」


 ニッ、とこちらに笑顔を見せてくるシス。こちらの緊張を解してくれたんだろうか。なるほど、経験豊富というのも別の意味でも嘘ではなさそうだな。人生的な意味で。



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