狂戦士さんの入浴タイム
町の中央部まで着いた私は宿へと帰還した。
店員も慣れたのか血まみれの私を見ても対して驚かない。
手慣れた言動で湯浴みの準備をされ、浴場に案内されたので、素直に従う。
鎧は着けずに放って置くと何故か汚れが落ちるので洗わないでいい。
肩部の穴もとっくに塞がっており、本当に謎の多い装備だ。
私は桶へとお湯を汲むと、先ずは髪にこびりついた血液を溶かす。
少しずつこぼして髪をすくと、白い湯が鮮血に染まり、流れに従って足元が真っ赤になる。
これを何度も、お湯に色が付かなくなるまで繰り返す。
その後湯浴みをし、体の表面の汚れを軽く流してから浴槽に浸かった。
……やはりお風呂はいいな、荒れた心にまでお湯が染みこみ癒やされるようだ。
こちらに来たばかりの頃は体が十歳近く若返って、当然それなりの稼ぎが前提になる風呂になんて入れなかった。
そもそも冒険者としてやっていく自信もなくて、それどころではなかったが。
初めてこちらの世界に来た時……あれは何故だっただろうか、流石に昔過ぎて細かな事は忘れてしまった。
確か、いつもどおりベッドで就寝して……気づいたら、町の裏路地の片隅に倒れていたのだったか。
初めは夢だと思った。
だってそうだろう? いつもより低い視線、小さな手。明らかに日本には無い町、では外国かというと、あまりにも道行く人の服飾が時代錯誤だった。
鎧を来た集団が我が物顔で歩いて、周りが気にも留めないでいる国などありはしないだろう。
とはいえ私も成人した大人、いつまでもその場で呆然とはしていなかった。
足で集められる情報を集め、そこで私はこの世界が"異世界"であると気づいた。
魔物……怪物と呼ばれるそれが存在し、それに対する冒険者、魔法が存在する異なる世界なのだと。
わくわくした気持ちが無かったとは言えないだろう。
男なら剣と冒険のファンタジーに憧れるのは正常な反応だ。大人になるに連れてそんなものはありはしないと気づくが、それが目の前に広がっているのなら――少年の頃の気持ちを思い出してしまうのも仕方ない。
更には、素質もありそうだという。私の身体能力は大人だった頃と比べて少し低いくらいだったのだ。元がインドアで低いというのもあるが。
それになりより、身元の保証もない子供が働ける口などそうありはしないだろう、思ったのもある。
日本ほど法律などが整備されているわけではないだろう。
私は冒険者になった。
こんな子供の外見でなることができるのかと思ったが、年齢制限は無いらしい。
……だが、それから一月もせずに、私は現実を思い知らされた。
例えば現代日本に、子犬が噛み付いてくるからといってハンマーを渡されてさぁ殺せ、頭に叩きつけろと言われた時、どれだけの人間がそれを実行できるだろうか。
少なくとも私は無理だった。なんせ、生き物を殺した経験などほとんど無い。
子供の頃に近所の草むらにいたカマキリの腕をむしったことがあるが、今考えるとなんと残酷だったのだと思ってしまう程度には私は日本の価値観に染まっていた。
成り立ての冒険者が狩るのは、大抵子犬のように見える二足歩行するコボルトと言う怪物だ。
子供でも武器さえあれば倒せ、最も怪物の中でも生息数が多く、迷宮が無くても結構そこら中にいるので、初心者のお供といってもいい。
私は最初の頃、そのコボルトすら倒せなかった。
別に身体能力が足りていないわけではない。むしろ動きは遅く見えたし、偶に転ぶし、手に持った棍棒が重いようでまともに振れていなかった。正直隙だらけだった、隙しかなかった。
ちょっと可愛かった。
だが、隙を見ても切りかかれなかった。手にもったナイフが相手を切りつけその生命を奪う所を想像してしまうと、腕が鉛のように固くなった。
結局私はコボルトを倒せなかった、倒せるはずの相手だったのに。
半年ほどだろうか。採取などの底辺向けの仕事をして食いつないでいた頃だ。
全てが変わったのは、初めて魔法を覚えた時だろう。"フレンジ"。狂乱。
私が初めて覚えた魔法だ。今もこの魔法に頼っている。
どういう魔法かというと、発狂する。
言葉が足りなかったが、そのままの意味だ。
要するに、バーサーク状態のようなものだ。
痛覚の麻痺などもこれのおかげである。頭の中が焼け付いた様に攻撃的になる。
要するに最後まで私は素面で生き物を殺せなかったということだ。
まだ克服できていないのかもしれない。流石に敵に剣を振るうのを躊躇するということは無いが。
これでも五年以上、これでご飯を食べているのだ。
巷では"黒髪の狂戦士"だの"レッドミキサー"だの"死の暴虐"だの"美髪狂"だの"吸血鬼より血を好む鬼"だの……ほんと色々言われている私だが、流石にそこまで言われることはないと思う。
……というかなんだこのラインナップ、色々言われ過ぎじゃないだろうか、今は更に増えているみたいだが。
なんだか虚しくなってきた。
……いっそ拠点を変えるか。
別に冒険者はギルドに所属していると行ってもその地方で活動しているというだけで、厳密には全国のギルドを利用できるし、仕事をするギルドを変えるのに許可もいらない。
ついた先で書類を少し書くだけでそこのギルドで活動できる、ランクなどはギルドによって違いがあるので軽く試験を受けさせられるかもしれないが。
子供の頃からお世話になっていたギルドではあるが、特別楽な仕事を回してもらったりといった恩恵を受けたわけでもないし、その分は仕事で返している。
これがどこが似たような、地方のギルドにいくだけならただの逃げだが、アルバといえばこの辺りでも最大のギルドがある所だ。
正直、この辺りの迷宮ではそろそろ温くなってきた。成長も半年前と比べてもあまり感じられない。
このまま田舎でそこそこの収入で生きていくのもありといえばありだが、冒険者という仕事上いつ不幸があるか分からないので、引退前にある程度は貯金を作っておきたいというのもある。
うん、悪くない。考えておこう。
手で水面を軽く押すと、ちゃぷりとお湯が揺れて波立つ。じわじわと広がっていくそれを見ながら、そんなことを考えていた。
ふと、自分の体を見下ろす。こちらに来る前の体とは似ても似つかない。
……相変わらず異様に筋肉が付かない体だな。
アレだけ鎧を来て剣を振り回しているのだから腹筋くらい割れてもいいと思うのだが。
見かけによらず力はあるのであまり問題はないが、なんというか、丸い。昔はそんなこと無かったと思うのだが。
なんだか本格的に不気味になってきたぞ。
性能を考えれば風評被害だけならなんとか耐えれないこともないが、冗談抜きで呪いとかかかってるんじゃ無いだろうか。
でも、呪いは見受けられないって行ってたしな……。武器屋の親父が節穴だっただけかもしれないが。
アルバほどの大きさの都市になれば、腕のいい武器屋もいるだろう。一度見なおしてもらうのもありだな。
……じっくり考え事をしていたら、いつの間にか結構な時間が経っている。
のぼせてしまいそうだ、そろそろ上がるか。