狂戦士さんと先達
「ふぅむ、なるほどな」
流石に迷宮を一つ制圧したとなると、そのまま放っておく訳にはいかない。
と、言うわけで私たちはアルバに戻った後、ギルドに説明に来ていた。一応周りに聞かれないように、奥の部屋に通されている。
迷宮から出てきたのが私達だけなことを考えると、一応しらばっくれることはできないでもないが、特に意味も無いしどこかしら情報が漏れるものなので面倒なことはさっさとやっておくに限る。
ちなみに私はまだ副作用から回復していないので、マントで身体を隠して腹部から口元まで腕を出すことで、胸を隠しつつ自分で歩いて来た。
変な噂が立ったら敵わない。
体の方はまだきつかったが、ソールが悪ふざけで町が近づいたらお姫様抱っこに移行しようとしたので、気合と羞恥心でキリキリ痛む身体を無理矢理動かしたのだ。巫山戯んな。
おかげで吸血鬼が町に侵入したとか噂になってたな、失礼な。別の変な噂が立ってしまったではないか。
「事情は分かった、災難だったな。まぁ、そもそも普通は制圧できっこ無いからな。別に罰則があるわけじゃないんだ」
こちらの都市に来てから色々とお世話になっているギルドの職員――ヘズナル氏は、そう言うと豪快に笑った。ちなみにジオとの試験を受けた時の職員とは別の人である。
彼はベテランの冒険者から結婚を機に引退してギルドに就職した方だ。高位の冒険者や歴戦の冒険者は経験や技術を欲してギルドや学校などに就職を求められる事が多い。
アルバを中心に活動していた人で、元ランク八ということもあり、引退した今でもこの辺りでは高名……いや、有名な元冒険者である。
ツルリとよく磨かれた髪が一切無い頭部が燦然と輝いて、逆に後光のようで神々しい。
邪魔にならない程度に整えられた顎鬚、鍛え上げられた胸板、逞しい二の腕にあるいくつもの傷の痕がワイルドで……うん、格好いいな。
「いつ見ても男らしい……おじさんな年齢になったらああいうのもありかもな……」
うん、後二、三十年くらいだろうか。覚えておこう。
「え、お兄さんってああいうの好きなんですか……? そういえば、俺の腹筋をじっと見てたし……」
マルコがぼそぼそと呟いた後ヘズナルさんをじっと見、拳を握りしめて決意に秘めた目をしているが、何かヘズナルさんから学び取る事でもあったのだろうか。
鍛えてる男からすると、憧れるものがあるのかな。髪は正直悩むけど。
「まぁ、そういうわけだ。迷宮が制圧出来たってことは、活性化していたことになる。むしろ付近への被害を考えれば、未然に防いだことを褒められこそすれ問題にはならんだろう」
「そうですか、それはよかった」
「……活性化してたかはよくわかんないっすけど、まぁあんな変なのが奥地にいた事を考えると事前に潰せてよかったっすねぇ」
ラタトスクがヘズナルさんに聞こえないくらいの声で呟く。
実際活性化していたかは謎だな、していた可能性も無くはないけど、私……いやさ女神が原因のような気もするし。
「報告は明日上にまとめとく。今日は流石にもう遅いからな、お前らほどの冒険者に余計なお世話かもしれんが、帰り道は気をつけて帰れよ」
町についた時点でほとんど日が暮れていた。そのお陰で人目に着かなかったのは個人的には助かったが、流石にアムは帰る時には寝ていそうだな。
元々今日帰れるかはわからないと言ってあったが、心配していないといいが。
「ふぅ……」
ヘズナルさんが深い溜息を吐く。なんだか相当疲労が溜まっているように見える。
「お疲れですか?」
心配したのかマルコが声をかける。
「……あぁ、最近ちょっとどこもきな臭くてなぁ。迷宮から帰ってこない冒険者の数も増えてるしなぁ」
そのような話があったのか。
冒険者が迷宮で死ぬ事自体は普通にあることなので驚くには値しないが、態々こうした言い方をするということは多少の変動を超えた範囲で明確に被害が出ているのだろうか。
「……そんなに増えているんですか?」
私が問いかける。身近に奇妙な事だらけで少しでも情報が欲しいのだ。
「数自体も多少増えちゃぁいるが、奇妙なのは高位の冒険者に被害が増えてるってとこだな」
……確かにそれはおかしい。高位の冒険者が迷宮に死ぬパターンは主に罠が原因で、よほど迷宮の難度や宝箱で欲張ったりしなければそうそう死にはしない。経験が彼等を生かすからだ。
実際迷宮の死者の殆どは駆け出しや慣れ始めたランク二、三あたりの低位の冒険者であり、高位の冒険者の死因は迷宮よりも未開地のほうが多い。
迷宮探索は慣れ始めた頃が危ないが、未開地は慣れても危ないという違いだな。
「……殺し、とかっすかねぇ?」
ラタトスクがそう推測する。
急に迷宮で死者が増えた時、最も可能性が高いのは迷宮が活性化段階に入り変化し始めている場合と、冒険者が下位の冒険者を狩っているというパターンだ。気分が悪いが、そういう話も当然ある。
しかし、高位の冒険者も犠牲になっていることを考えるとあまりしっくりこない。高位冒険者は同業者を狙うよりも適性の迷宮で狩っていたほうが危険も少ないし稼ぎも安定する。危険や殺しが大好きなどという変態だったら分からないが。
「……どうだろうな。幾人か素行の怪しい高位の冒険者を調査したが、特に妙な行動はとってない」
「そこーの悪い冒険者、ですか?」
「あぁ、悪い噂とかが絶えない奴らが居るんだよ、まぁ、妬みとか、変人への風評被害みたいなのが主だったりするんだがな。誤解だったので二つ名をかるーく挙げてくと……"黄泉路歩き"、"フルスケイル"、"ワーカーホリィ"、"拘束ラヴ"、"裸一貫"、"レッドミキ……おっと、こんなもんだな」
……今何か聞き覚えがある二つ名が混ざっていたような気がする。というか、いかにも色物二人の後に並べられたのは私も同じカテゴリーということじゃないだろうな?
「あの、今最後に……」
「とにかく! ギルドが調べた限りだと冒険者が裏で暗躍しているってことはなさそうだ。だからこそ原因が謎で困ってるわけだが……」
「……」
勢いで誤魔化された。
仕方ないので水に流すとするが、かなり気になる話だったな。なまじ女神から贄だのなんだのという話を聞いたせいで気になって仕方がない。
「……あぁ、それと、クルス」
「なんでしょうか」
ヘズナルさんに呼ばれたので、すわ何かやらかしたのかと姿勢を正す。
……別に積極的に問題ごとを犯したことは無いんだぞ? ただ、イニテウムだと町を歩いていただけで子供のトラウマになるとかで色々と親御さんから文句が……。
最終的には触れられすらしなくなったが。それはそれで悲しい。ちなみに幾人かの子供は好奇心旺盛に近寄ってきたことを考えると子供って無敵だなぁと考えさせられたものだ。
「ミール村……お前たちがアルバに来る前に立ち寄った村のことだが……」
「あの村……! 何か、分かったのですか」
豚共に壊滅させられた、アムの育った村の事だ。
「どうやら奴ら、いつの間にか村の傍まで着ていて、囲うように村を奇襲したらしい」
「奇襲ですか……ですが、あの人口の村ならそれなりの冒険者を雇うか、自警団を構築していそうですが」
「みたいだな、五位以上の高位の冒険者も二人、低位だが四人、それに加えて自警団が十数人と村にしては中々の規模だ」
それだけの数と質がいて、いくらオークの数が多く、あのオークウォリアーが強敵だからといって一方的やられ、村人の殆どが犠牲になったのは少々おかしいと言わざるをえない。
まさか、逃げ出したのだろうか。
「どうにも生き残りの村人の話によると、オーク達が攻め入ってきた時に、村の中央に何かが投げ入れられたしいんだ」
「何かとは……?」
「冒険者達のバラバラになった死体、さ」
……倒れていたアムを罠に利用したオークの狡猾さを考えれば、そうして残った戦闘員の士気を下げようとした可能性はある。
だが、根本的な問題として、どうやって村人に気づかれずに高位も含まれた冒険者たちを皆殺しにしたのか、それを考えると何か大きな裏があるように思えてならない。
残りの戦闘員ではまともな抵抗は難しかっただろう。
オークは私が軽く薙ぎ払ったので印象に薄いかもしれないが、ランク三の近接メインの冒険者ともいい勝負をする怪力を持つ怪物だ。
少し戦闘をかじった様な実力では下位冒険者に劣る自警団と、戦闘経験のほとんどない村人が相手にできる怪物ではない。
「最近のアルバ付近は……いや、違うな、国中、或いはその外すらもこんな感じでやばい雰囲気がするぜ。まるで裏で動いてる奴らが居るみてーな、な」
ヘズナルさんが腕を組んで鼻を鳴らすと、そこで話を切った。
「さて、そろそろマジで帰らねーと明日に響くぞ」
とはいっても、マルコやラタトスクの顔色が少々暗い。……実は私も少し。最近難敵ばかりだったし。
他の皆も先ほどまで迷宮最奥で、訳の分からない生き物と戦ってきたばかりなのだ。不安が少々大きく感じられるのも仕方がない。
冒険中は命知らずでも、態々散らしに行きたいわけではないのだ。
「まぁ、あんま不安になるなよ。いざとなったら俺たちだって戦ってこの町も守るからな。こう見えて、この町のギルド員は大抵の奴が冒険者上がりで頼りになるんだぜ?」
ちょっと素行は悪いかもしんねーがな、と笑いながら私とラタトスクの頭をグリグリと撫でてくる。
「や、やめてくれ、この歳でそれは流石に恥ずかしい」
そう、精神的には二十六にもなって頭を撫でられるなど布団に包まってゴロゴロと寝転がる案件である。
「うぉぉ! か、髪が崩れるっす! いや、もう寝るだけだからあんま関係ないっすけど!」
「そもそもラタトスクは対してセットをしているようには見えないんだけど? クルスお兄さんのほうがむしろしてるような……」
「はははは、悪いな、まぁ、何かあったら俺にどんどん相談してくれよ。んじゃ、ここは開けとくからそのうち帰るんだぞ」
そう言って手を軽く振りながらヘズナルさんは職員専用の出入口に引っ込んでいった。
「ところでソール、全然喋らなかったけど、どうしたんだ?」
「……実はボク、人が多い所とか、初対面の人と話すの苦手なんだ」
あぁ、同類だったんだ、私はこの町に来て多少克服してきたけど。
「でも、ああいうの、格好いい大人って感じでちょっと憧れますよね」
「あぁ、全くだ」
「あー、好きな子もたまにいるっすね。私は趣味じゃないっすけど、人としてはまぁまぁ好きかなーって感じっす」
個人的この町の一番男らしい大人ランキングの一位に君臨しているだけあるな、ちなみに残りはジオとソールしか入ってないので、全員表彰台に立っている。致命的に知り合いが少ない。
ソールは散々助けられたので実は町に着く直前まで一位だったのだが、最後の意地悪が余計だったのでヘズナルさんに奪還されている。巫山戯んな。大事な事なので二回言っておく。
「現役時代はランク八まで行った冒険者だったんですよね? 凄いなぁ、きっと格好いい二つ名とかついてたんだろうなぁ」
「へぇー、凄いっすねぇ。正直現状でも伸び悩んできてるんで未知の世界っすよ」
「そうだね。でも、信じられないよね。まさか、あの人の現役時代の二つ名が……」
ソールがそこまで言いかけたのを聞いた瞬間、私は慌てて止めに入ろうとした。
だが、間に合わなかった。
「"ピンクサイクロン"だなんて」
「ぴんく……」「さいくろん?」
マルコとラタトスクが混乱している。
「なんでも、迷宮で手に入れたショッキングピンクの丈の短いドレスを身に纏いながら、大鉞を振り回す雄々しい姿と周囲に飛び散る血煙からそう恐れられたんだって」
二人のテンションゲージがどんどん落ちているのが目に見えるようだ。
「勿論下は男物だし、上にも色々羽織って戦ってたらしいけど、前線に突っ込むスタイルだったからどんどん破けて中身が……」
「……なんだか、あんまり想像したくない絵面ですね。残虐というかなんというか」
「目に痛そうっすね、あんまりいっちゃダメなんでしょうけど」
装備に関して暗黙の了解はあれど、似合う似合わないは別の判断基準として存在する。
「クルスみたいに突撃戦闘がメインだと、防具に関しては妥協できないからねぇ」
一緒に例に出すのはやめてくれ、いや、傍から見ればやってることは変わらんのだろうけどさぁ!
「……あー、そろそろお暇しますね、今日は。お疲れさまでした、皆さん」
「あ、私も帰るっす。お疲れさまでした、またお会いしましょう、皆さん」
「あ、あぁ、お疲れ様、二人とも」
「お疲れ様」
ペコリと二人して礼儀正しくお辞儀をしてギルドを後にした。
後には私とソールが残される。
「……そういえば、ヘズナルさんは現役時代一緒に組んでいたヒーラーの女性と結婚したんだったか」
「らしいねぇ」
「必然的に旦那のチラチラを一番見ていたのは彼女になるわけだが……」
「あー……格好よさが勝ったんじゃない? こう、前衛で敵に切り込む姿が」
「そうかぁ……凄まじいなぁ、愛の力という奴は」
「恋は盲目、の方な気もするけど、まぁ案外一緒にやってると欠片も気にならなくなるのかもしれないよ」
「そっかぁ……少し憧れるな」
「そう?」
私は一人で回復もできるので、そういった出会いとは無縁そうだ。
そんな風に二人で特に意味のない話をしつつぼんやりしていたら、何やら騒がしい。
まぁ、現役は引退したし、彼のそんな姿を見ることももうあるまい。
ソールと二人だけになってしまったので、そろそろ我々も帰ろうとマントで体を再び覆うと、二人揃って表に出てきた。
「おい、見ろよ、レッドミキサーだぜ」
「誰だ? それ」
「知らないのか? 二重の意味でピンクサイクロンと似たようなスタイルで迷宮を血の海に染める……」
周りで酔っぱらい共のざわめきが聞こえる。
気のせいでなければ、何やら我が忌まわしい二つ名であるレッドミキサーが、ピンクサイクロンを継ぐモノ的なニュアンスになっている様な。
……。
「少し用ができた、席をはずさせてもらう」
ふらりとそいつらに近寄っていく。まだ本調子ではない。
「あぁ、いってらっしゃい」
さて――久しぶりだな、本気で人を殴るのは。
少しシチュ変更




