狂戦士さんと後始末
「やりましたね! クルスお兄さん! ……あの、ところで、お腹、大丈夫ですか?」
「いやぁ、もう何度死んだかと思ったかっすよ。見てください、最後の方柱砕けきっちゃって脇腹を掠っていったんすよ」
元気な二人組がはしゃいでいる。
お腹に関しては痣になったくらいでもうとっくに治ってるから大丈夫だぞ。
「うーん、あんまり活躍出来なくて残念だったなぁ。しかし、異様な再生力だったね」
いや、ソールは多分再生が無ければあっさり倒している程活躍していたぞ。
うん、それはいいんだけどね……。
「あれ? だ、大丈夫っすか? クルスさん」
「じ、実は動けないんだ……助けて」
背中が冷たい……。
「……申し訳ない」
「気にしないでいいよ」
身体が動かないのでソールに背負ってもらっている。流石に他の二人に背負ってもらう訳にはいかない。
特に腕がひどい、プルプルしている。
ちなみにこの体勢ももの凄く恥ずかしいので羞恥で全身プルプルしている。
年下二人に見られるとか、今直ぐ宿に戻って布団を被りたい。
あぁ、アム、お兄ちゃんは今回で少し大事な物を失ってしまった気がする。羞恥とか正気とか色々。
「……あの、俺が変わりましょうか? 俺がクルスお兄さんを攻撃しちゃったのも原因ですし……」
「いいよ、役得だし」
「むぅ……」
もじもじしながら耳をピクピクさせたマルコがソールと何か話しているが、早くこの時間が終わらないかという思いで頭の中はいっぱいである。
「おーい! こっちこっちー! こっちっすー!」
いつのまにやら倒したタコもどきの周りをぐるぐる回っていたラタトスクが大きな尻尾を揺らしながら呼びかけてくる。
「どうしたの?」
「何かあったんですか?」
「なんか落ちてたんすけど、なんなんすかね、これ」
二人が近寄ると、ラタトスクが手に持った物を見せてくる、これは……。
「……なんだこれ、球体なのは分かるけど……水晶球?」
「……ですかね?」
「水晶、じゃなさそうだね。宝石って感じでもないけど……そもそもこんな材質見たこともないかも」
「落としたのが落としたのだから、なんだかオドロオドロしいっすねぇ……」
何やら中でぐるぐると背筋がぞわっとする感覚のする物が渦巻いている、水晶玉のような何かだった。球体なのだが、偶にぐにぐにと動いては不気味に形を変えていた。
よく触っていられるな、ラタトスク。私なら床に叩きつけ……いや、中の何かが出てきそうだな。
「……あー、クルスさん、いります?」
その動きを見ながら、ラタトスクが尻尾をピーンと張りながら、こっちに差し出そうとしてくる。
「何故私!」
「いやぁ、功労者ですしぃ……正直、あんまり持ってたくないというか……」
「そりゃあそうだろうけど……ほ、他の皆は、欲しくないかな? こう、敵に投げたら、いい感じにダメージが入りそうだけど」
「呪われそうだからいらない」
「俺もちょっと……」
あ、はい。確かに、見かけだけでも嫌なのに、アレが落としたのだと考えると……。
というか、私もあんまり欲しくない……。でもなんだかやばそうだし、他の人に持たせるのもなぁ。
「……うぅ、分かった、ラタトスク、私が持っている。とりあえず、帰ったら鑑定してもらおうか」
「ラジャっす、はいどうぞ」
「……その、腕がピクピクしてうまく動かせないから、握力は戻ってるから、手のひらに置いて……?」
ちなみに剣はマルコに持ってもらっている。
……帰ったらどうしよう? これと剣。
腰に佩びるか、もしくは背中に背負えるだろうか……身長的にはギリギリな感じなんだけど。
そんな事を考えていると、後ろに立っていたマルコが騒ぎ出した。
「……ん? あ、あれ? 引っ張られて……わ、わぁ!?」
「うわっちゃあ!?」
「ひっ!」
……冷や汗が出た。私の手に水晶玉の様な物が置かれようとした瞬間、目の前にいきなり愛剣が飛び出てきた。愛剣を突き出すようにしてマルコが引きずられるように突っ込んできたのだ。
実はここまでで恨みを買っててここぞとばかりに亡き者にされそうになったのかと思ったぞ。
「って、マルコ君何するんすか! 喧嘩売ってるんすか!?」
「ご、ごめんなさい! そんな気は無いんですけど、急に引っ張られたような……」
当然直前まで持っていたのはラタトスクだったので、少し前に手があった場所に刃が突き抜けたラタトスクも当然怒る。
……心なしか、ソールも怒ってる気がする。こう、私の腰にまわしている腕に込められた力が強まったような。
マルコがそんな事をするとは思えないので、となると下手人は私の……うん?
手のひらを見ると、刀身によって見事に謎の球体が破損していた。
割れ方が水が散らばるような感じで、やはり物質ではないような気がする。
「……割れちゃったな、いや、砕けたというか……切れたというか……なんなんだこれ本当に」
「そうみたいだねぇ……」
「こーらー! マルコ君!」
「わ、わーん、俺じゃないんですよぅ! 信じてくださいー!」
ラタトスクにマルコがぽかぽかと叩かれている。無論、ダメージになるほど強くではなく、じゃれるような感じだが。
しかし、この謎の球体を狙ったということになるのだろうか? だとしたら、直前でラタトスクが手を離してよかった。
持ったままだったら貫いていたのでは……。
「……ん?」
割れた球体の欠片が黒い霧と共にマルコの持っていた愛剣に吸い込まれていく。
……もう何がなんだか分からない。私もマルコもラタトスクも唖然として、ニコニコしているのはいつも通りソールだけだ。いや、ソールですら僅かに笑顔が引きつって困惑している気がする。
髪飾りと鎧ばかり気にしていたけど、この子もこの子で謎だらけである。
「……そういえば、何なんですか? この剣。戦闘前はもっと細身だったような……」
「……実は私もよく分からないんだ。出土品なんだけど、さっきの邪神を切りまくっていたらいつのまにやら……」
「……もしかして、その剣が原因で神様とやらに狙われてるんじゃないんすか?」
つんつんと危険物を確かめるようにつつきながらマルコとラタトスクが言う。
いや、それは違うんだけどな、ラタトスク。でも、女神が原因とか言うよりはマシな気がする……。
「……正直さっきの水晶よりこの剣のほうがよっぽど呪われてる気がします。こんな禍々しい刀身、初めて見ましたよ」
「偶に似たようなの持ってる人がいるのは知ってるけど、大抵魔剣とか見かけで威圧目当てとかそういう感じだね」
「狂戦士の剣、って感じでその辺受け入れれば悪い感じじゃないっすけど」
「……やっぱりそんなイメージなのか。あぁ、噂が加速しそうだなぁ」
今回の戦闘で狂戦士である事をどこか自覚してしまったのでそれ自体は構わないのだが、それでも積極的に噂されたいとは思わない。
少なくとも戦闘時以外は常識人であるつもりなのだが、こんな剣を背負って常識人を名乗っても失笑ものだろう。
「……まぁ、ソレに関しては返ってから考えるよ。とりあえず、この部屋を出たいんだが……さっきの邪神の死骸の向こうに祭壇があるはずだから、奥に行こうか」
「おや、意外と詳しく知ってるんだね? 似たような経験があるのかな?」
「うーん、あの時は番人が動かなかったんだが、こういう迷宮の番人の様な奴の後ろに大抵扉があって……」
……そういえば、どうやって迷宮を制圧するんだろうか。
前回は祭壇の上の装備を取った途端に迷宮が崩れて弾き出され、気付いたら地面に飲み込まれた場所に戻されていたが。
「お、ここに奥に続く穴があるっすね。この奥じゃないっすかね」
「うーん、先がいまいち見えないです。暗いですねぇ」
「多分それだと思う。とは言え詳しくは私も知らないから、敵が居ないかと罠が無いか気をつけてくれ」
「ラジャーっす!」
ラタトスクとマルコが先行して探索してくれる。
メイン戦力の私とソールが動けないからな、敵が出た時は放り出して戦ってくれとは言ってあるし、そのあたりの判断を間違える男じゃないだろうが。
とは言えマルコも優秀な前衛だ、剣なんて放り出してくれればいいし、相性さえ悪くなければ十分にラタトスクの護衛になるだろう。
「……おぉ? 急に明るく……あ、松明がついてる。ここが祭壇っすか」
「松明って……一体いつからついてるんでしょう」
「これ自体が何らかの不思議なアイテムなのかもしれないね。持っていこうか?」
そういえば私が初めて言った所も似たような感じだったな。ずっと余裕がなかったので松明を持ち帰ろうなんて考え、全く浮かばなかったが。
「あ、あれ、外れないっす……ふんっ!」
「どれどれ……んんん……おおぉぉぉぉ! ……あれれ、ダメです、取れないです」
……どうやら外れないらしい。惜しいな、一つあったら便利そうだから欲しいんだが。
「はぁ!」
マルコが壁毎外して持って行こうとしているが、そもそも壁が罅一つ入っていない。
……諦めたほうが良さそうだな。
「……しゃーないっすね、メインディッシュの祭壇の上の宝箱に手を着けるとしますか」
「……いつ見ても怪しいってレベルじゃないな、なんで迷宮の途中にこんな箱がぽんと置いてあるのか」
「気にし過ぎじゃないっすか? 普通にあるものと思えば疑問に思わないっすよ」
……そういうものか。私からすれば宝箱なんて違和感の塊でしかないが、あるのが当たり前の彼女達からすれば、わざわざ疑問に思うものでも無いのかもしれない。
「んー、と。罠は……お、かかってない。ラッキー。さぁ、中身はなーにかなっ、とぉ!」
ウキウキとしながらラタトスクが宝箱を開けている。いつもよりあからさまにテンションが高いが、こうしたトレジャーハンター系統の技能持ちは、こうした瞬間がたまらないらしい。
弓使いに打ちたがりが多いのと同じだと聞いたことがある。
「えーと、これは……」
ラタトスクが箱の中から持ち上げたものを調べようとしている。
……その直後。
ぐらり、と足元が……否、祭壇全体が大きく揺れ動いた。
「わわわ! なんすかこれ! なんすか!」
「ひゃぁ! あ、足元が揺れてる……!?」
「あー、地震ってやつかな? この辺では無いけど、地方によってはあるらしいね」
「……いや、宝箱の中身を取った結果、迷宮が崩れているんだろう。……前はこのまま、迷宮の外に追い出されたが……」
地震を経験したことが無いのだろうマルコとラタトスクが大騒ぎしている。私は地震を知っているし、この原因が迷宮の崩落だと予想できるから落ち着いているが、ソールは平然とした顔だ。
「あわわわ! てことは、だ、大丈夫なんっすよね? これ!」
「ひぃ、揺れが凄くて動けないです……こ、このまま生き埋めになったりしませんよね……?」
「……多分な!」
多分としか言えない。すまん。
「ぎゃー! やっぱり死ぬんだー!」
「せ、せめて魔物とかと戦ってかっこよく死にたかったです……!」
抱き合って不安から少しでも逃れようとしてる二人には悪いが、多分大丈夫だと思う。言わないけど。
そのままグラグラと揺れ続け、そして――。
「あ、やばい、これ死んだんじゃ……」
「ぎゃー!」「わぅー!」
ちょっと面白い。
「ここは……」
「迷宮の入り口……っすね」
あれから数秒後、一瞬意識が暗転したと思ったら、全員迷宮の入り口があった場所に放り出されていた。
ここはこの間壊滅した村よりアルバにほど近く、川沿いの少し高所にある場所だ。それなりに木が生い茂っており、川を上から眺める光景は中々の絶景である。
付近には入ってきた時にはあった迷宮の入り口の姿はない。
どうやら、制圧したことになるのかな。
「助かったー!」「死んだかと思ったっすー!」
再び泣きながら抱き合う二人。
どうやら二人的には邪神より地震のほうが怖かったようだな、なんとなく語感も似てるし。
「ふぅ、ただのお試しパーティーのつもりが、中々の大冒険になってしまったね」
「……すまない、私のせいで……」
「気にしないでよ、言っただろ、面白かったって」
そういえば、あのタコもどきを見て面白いとか言い出してたな。それまでいまいちキャラが掴めなかったけど、あんなキャラだったとは思わなかったぞ。
「さて、入り口に戻ってきただけで特に問題なさそうだね。帰るとしようか」
「……とりあえず、死人が出ずに無事に終わってよかった。早く休みたい……」
「おや、ボクはこれから君が動けるようになるまで、或いは町まで背負っていかなければならないんだけど?」
「……ごめんなさい、世話になります」
……せめて町に付く前には治っていて欲しい、背負われたまま町に入るなんて一生の恥だよぅ……。




